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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
二章:男装令嬢と「新緑と陽だまりのロンド」
33/79

4.その日の二人






 翌朝。

 ユリウスは眠い目をこすりながらラフィーネ侯爵家の元へ行く準備をしていた。

 朝一で愛犬ラッシュとの別れの挨拶――と、いっても遊んだだけ――をして、それから支度を整えて。


「よし、こんなもんか」


 ユリウスは自分の姿を確認し頷く。

 髪は亜麻色のカツラを被り、瞳は薄い紫色に細工を、服はシンプルなワンピースに薄手のカーディガンを羽織る。


 条件通り、且つ、変装も兼ねてラフィーネ家へは女性の姿で向かう。


 往生際が悪いとは思うがやっぱり面倒で。

 スースーする足元がなんとも心許(こころもと)ない。

 今日はまだワンピースだからスカートが足にまとわりつくぐらいで済むが、ドレスだと裾を踏みそうになったりして、その度に「もう!」と、叫びたくなる。それに……。


(似合わないんだよね)


 ユリウスは鏡に映る自分を見て、短く溜息をついた。

 普段の格好から想像できない姿に違和感を覚える。

 なんかもう少し、こう、女性として自信が持てるようになるといいのだけど。


 そう考えて、ふと先日の事を思い出した。

 鏡台の上に手を伸ばし、木製の小物入れを手に取ってみる。


 先日まで空っぽだった小物入れには一つだけアクセサリーが入っていた。


 ユリウスはアクセサリーを手に取り、首からさげてみる。

 胸元に目新しい飾りができ、それだけで女性の姿が何割か様になった気がした。

 ほんの少し今の格好に自信がつく。


 コンコンコン。

 部屋をノックする音が聞こえ、続いて聞こえたのはマリーの声。


「ユリウス様、迎えの馬車が来ております」


 ユリウスはマリーに返事をし、もう一度鏡を見る。

 朝日を浴びてキラリと光るネックレスはとても綺麗だった。






 迎えの馬車はヴァーレイ家から出してもらっていた。

 セクト家の馬車より一回り大きいし、外装は、派手……と、いう訳ではないが、さりげなく使われている素材が良い品ばかり。

 なんだか至れり尽くせりで、セシルに申し訳ない気がする…………。


 と、思ったのは初めだけで。



「さあ、着きましたよユリー(・・・)

「…………はい、お嬢様(・・・)



 ラフィーネ侯爵家に到着し、御者が扉を開けた。

 ユリウスは先に降り、その後に降りてくる彼女(・・)を見る。



 ふわりと風に舞う金髪と、湖を閉じ込めた様な瞳。

 日差しの当たり具合では碧眼といっても、どちらかというと緑に近い。

 その瞳は何か面白いものを見たように嬉々としている。



 そう。ラフィーネ家へ向かう馬車には、女装したセシルも同乗していたのだ。



 彼はこう言った。

 『ひきこもりは飽きましたわ』と。

 セシルはユリウスと一緒にラフィーネ家へ行くと言いだしたのだ。


 仕事を紹介してもらった手前、断るという選択肢はなかった。


 途中、ユリウスが身分を隠して行くのだから偽名が必要だとかいう話になり、ユリーという名前に決めた。……ひねりがないとか、そういった事は気にしない事にする。

 だって、聞きなれない名前じゃあ多分、返事できない気がするし。


 ついでに、身分はヴァーレイ家の侍女見習いという事にした。

 この歳で見習いというのも何だが、侍女と伝えて出来が悪いとマズイからだ。

 見習いなら……多少の粗相(そそう)は許されるだろうと、そういう算段である。


 とまあ、馬車の中ではこういったやり取りをして目的地であるラフィーネ家へと到着したわけだが。


「変わらずお庭は賑やかね」


 出迎えてくれた執事と挨拶をかわし、セシルが馬車で通り抜けた道を振り返る。

 ユリウスもつられて振り返った。


 馬車で通り抜けた時には気にしていなかった庭に、可愛らしい小動物の姿が見える。


 一匹は何かを追いかけているのか走りまわり、また一匹は丸まって動かない。

 草丈の短い芝生の上でじゃれあう子達もいるし、地面の匂いを嗅いでいる子もいる。


 目の前で繰り広げられる夢のような光景に見惚れていると、「遊び相手が増えて、皆喜んでいますよ」と、執事のシュナイダーが微笑む。


(むしろ喜んでいるのはこっち!!)


 内心そう叫びながらも、ユリウスは平静を装う。

 ……が、その顔がにやけ始めるのも、時間の問題って事を自分が良くわかっていた。






 一方、時間は遡って。


 早朝の執務室。

 日々暑さが厳しくなってゆく中、比較的涼しい朝の時間に仕事をするのが日課になりつつある。

 効率は上がっているハズだ。なんせ、快適な時間に仕事をしているのだから。


 なのに。



「殿下、こちらの決済を先にお願いできますか?」



 執務の補佐をしているミラーから声をかけられ顔を上げる。

 懐に抱えられた書類は、一瞬、伝記のような分厚い書物を思わせる様な重量感があった。

 いや、実際その厚み分の書類があるので、『重い』という表現で間違っていない。

 ……がしかし、一体どこからそんなに書類が出てきたのだろう。と、思う程の量にげんなりした。


「なんか、書類が多くないか? 最近」

「もう夏ですからね」


 ミラーが返事をしながら、無常にも所々付箋がはみでている書類を机に乗せた。

 折角低くなった書類の山が、また高くなる。


 (そび)え立つ書類の山。


 その白き山は夏だというのに全くもって低くなりそうにない。


 フィリップはその一番上に乗っていた書類を一読し、判を押す。


 夏というと何かと動きがあった。

 貴族たちは避暑の為、王都を離れる者も多く、外遊願いも増える。

 また違うところでは、熱気にあてられてか軽犯罪も目立つ。

 人の動きが本格的になる為、外部からの不審人物にも注意が必要だ。


 と、まあそういうわけで。

 頭を悩ませる重要書類ではなく、数だけがやたらと多い書面が増えているのが今の状況であった。


「城下の衛兵を二割ほど増やそう。特に夜間。そして、近頃気温差が激しい。各々体調など崩さぬよう自己管理を徹底するように伝えよ」

「はっ」


 ミラーに対夏季用配置を伝え、次の書類にも判を押す。


 フィリップはサイドテーブルに手を伸ばし、冷やしておいた茶を飲んだ。

 入れてしばらく経っていた為、少しぬるかったが一息つくには何の問題ない。


「……そういえば、ユリウスは長期休暇中でしたね」

「ああ。そうだな」


 思い出したようなミラーの発言に相づちを打った。

 ミラーもユリウスが先の妖精事件の功労者である事を知っている。

 よって、休みをうらやんでいる訳でもなさそうだが。


「ユリウスはしっかりしてますが、どこか変なモノを引き当てますよね」

「……たしかに」


 当然、縁談相手が妖精の魔法を受けた者であった事もミラーは知っている。

 ついでに言うなら、その相手が女装男だった事も。


「大丈夫ですかね?」

「俺に言われてもな……」


 世間話のように振られる話題だが、フィリップは解答に困った。

 そもそも長期休暇を出した事を、違う意味で少し後悔している自分にその安否を聞かれてもな。と。



(もっと短い休みにしておけばよかったか?)



 でも、休暇の話をしている時「野草園が」とか「帳簿が」とか、なんだか悲痛――コミカルな意味合いで――な事を言っていたから。

 気持ちばかり多めに出しておいたが。


 フィリップは見なれた書類止めに視線を向け目元を細めた。

 垂れ目な犬はまるでユリウスの困り顔のようにも見える。


「ひょっとして、休み明けなのに疲労困憊(ひろうこんぱい)で登城してくるかもしれないですね」


 くすくす笑うミラーにつられ、笑みがこぼれる。


 たしかに。ありえそうだ。


 そんな予想を立てたミラーも、大分ユリウスの性格を理解し始めているのかもしれない。

 彼女の理解者がここにまた増えつつある事を嬉しく思うが、同時に真に理解できているのは自分だけと思いたい。


「まあ、仮にヘンなもん引き当てようとも、あいつならタダでは終わらせないだろうな」

「そこは殿下の騎士ですからね」


 ちがう。

 ユリウスはユリウスだからそこ、タダでは起きない。


(たとえ何かに巻き込まれても。な。)


あと十日は会えない彼女を想い、フィリップは書面に向き合う。






いつもありがとうございます!(*^_^*)

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