3.時は金なり
『自分の時間を売ってお金を得る』
いわゆる働きたい。と、いう場合はどうすればいいのだろう?
「そりゃあ、求職所にいくしかないでしょう」
そうあっさり回答するマリーにユリウスは首を振った。
マリーの言う通り求職所に行くのが通常だとわかるが、騎士が副業禁止である以上その選択肢は初めからなかった。
もちろん女装して行くことも考えたが、万が一、面の割れる様な事があれば一大事である。
そう考えれば公の機関、つまり、求職所系で仕事は探せない。
「ユリウス様、女性の格好で働くつもりなんですよね?」
「……まあ、ね」
ユリウスは半ば諦めたような口調で言った。
正直イヤだというのが本音で。
しかし、自分が第二王子の仮面護衛騎士だとバレない為には、それも止むを得ない。と、いうのも一方ではわかっていた。
それでも、やっぱり面倒だな……そう考えていたら。
マリーがエプロンのポケットから、一通の封筒を取りだした。
封筒はピンクだった。
ユリウスは何か引っかかるような思いをしながらその封筒を見る。その間にマリーは、ペーパーナイフを取り出し封筒と一緒に手渡してきた。
自分宛の手紙なのか。
そう思い当たり、封筒を裏返すと……その封緘はバラだった。
既視感を覚える組み合わせ……
それを感じた瞬間、ユリウスは差し出し人を見るまでもなくその人物が誰なのか的確に理解した。
「なんで手紙が……?」
「さあ? そればっかりは開けてみないとわかりませんが……」
ユリウスは受け取った手紙を開封する。
すると封筒の中からほのかにバラの甘い香りがした。
『やあ、ユリウス嬢元気かい?
季節のあいさつやそういったものは苦手と聞いているから、すっ飛ばして書いてるけど不快な思いをさせたらごめんよ。
それにしても、あの日からちっとも君が調査に来なくて正直うんざりなんだけど、どうして来ないのかな?
別に殿下が手配したミラー殿が嫌な訳じゃなくて、君との方が話が早いと思うのだけど、忙しいのかな?
できれば君と落ち着いて話をしたいと思っているので、いつでも遊びに来てくれ。
そうそう、くれぐれも殿下には内緒で来ておくれよ。ははは、冗談だよ。伝えてもいいけど、それが理由で来られないなんて言わないでくれるなら……』
ユリウスはここまで読んでなんとなく手紙を閉じた。
なぜと聞かれれば困るのだが、閉じねばならない。そんな気がした。
だって、このまま読み進めたら本人が手紙から出てき……いや、そんな事はないのだが。
「……なんて書いてあったかは聞かない事にしますユリウス様」
「……ありがと、マリー」
決して大した内容ではないのだが、なんだか活力を奪われた気がした。
便箋は全部で三枚。全部を読み終えるころには……このテンションになれればいいのだけど。
そんな事を思いながらも、目についた一文があった。
『いつでも遊びに来てくれ』
こう書いてくれているなら、自分が伺っても良いはず。
ユリウスには気になっている事があった。
それは彼が妖精の魔法から解き放たれた今、どのような状態になっているのか。
解術した時すぐに変化はなかったが、その後どうなったのか自分の目で確かめたかった。
一応その時は自分と彼はお付き合いをしていた訳だし……ただ、結局のところうやむやになって、今自分達がどういう状態かわからない。まあ、そう言っても『隠れ蓑の為のお付き合いだった』と、白状されているので、これは流れた話で間違いないのだろう。
それに。
ユリウスは手紙を開き視線を落とす。
変わらずのテンションで書きつづられている文章は、どう見たって。
(これは恋人に送る内容……ではないよな)
恐らく真面目に書けばうっとりするような文章を書く事が出来るだろう。しかし、このハイテンションな文章からはもはや……。
そう考えるとこれはもう、秘密を共有した仲間に対して送っているとしか考えられなかった。
仲間。つまり、友人。
それなら、今回の事を相談したって良い気がする。
ユリウスは外を見た。
相変わらず良い天気で、暑いのを除けば絶好のお出かけ日和だ。
「マリー、ちょっと出かけてくるよ」
ユリウスは手紙をポケットにしまい、部屋を出た。
「ユリウス嬢!」
「お久しぶりです…………って」
ヴァーレイ子爵家客間にて。
思い立ったが吉日で、すぐ行動に移したユリウスは一瞬止まっていた。
自分に対してなれない敬称を付けてを呼ぶのは、金髪碧眼の女性。
甘いお菓子のようなふわふわのドレスを身に纏い、可愛らしい笑顔を浮かべている。
「…………セシル様、ですよね?」
ユリウスは念のため尋ねた。
目の前の令嬢は自分に対して『ノア』と名乗っていた。
ただその時の『ノア』は、諸事情があり自身の妹に変装していた実兄のセシルだったのだが。
こうも完璧に変装されると本物の『ノア』を見た事ないユリウスにとって見分けはつかない。
「ああ! 君は俺の変装なんてすぐに見破ってしまうんだね! そこに愛を感じるよ!!」
「……なんでまだ女装しているんですか?」
ユリウスは敢えて愛だのという事には触れない。
セシルのハイテンションぶりは手紙で十分予習済みだったから。
「つれないね! ユリウス嬢! 今は女装の方が、君とつり合うと思うんだけど?」
「つり合う必要ないじゃないですか。それに、『嬢』だなんてつけないでください。ユリウスと呼び捨てか、セシル様の格好に合わせて、『様』の方がいいのでは」
「呼び捨てか!! それもいいね!」
「……やっぱり、止めてもらっていいですか?」
「ホントにつれないな! じゃあ、今まで通り、ユリウス様と呼ばせてもらうよ」
「それなら、俺もノア嬢と呼びますね」
「ああ! そこはセシルでいいのだけど!」
「姿と名前が合わないですって」
予習済み……と、いってもやはり実物のテンションに当てられると消耗が激しかった。
ノア嬢、もとい、セシルは周りにいなかったタイプの人間なので不慣れなせいもある。
ただ、嫌いではない。と、改めて思った。
しかしながら、令嬢姿でこのテンションだけは……やはり違和感がある。
「手紙を出したばかりなのに、こんなに早く来てもらえるなんて……!」
「ちょうど、休みだったんですよ」
「それでも貴重な休みに来てくれてうれしいよ」
そう言ってニコニコ笑うセシルは可愛い。
これで、男だというのだから世の中不公平だと思う。
「そういえばいつでも来て良いとありましたが、ノア嬢は屋敷に残って何を?
大概この時期は領地に戻ったり、避暑に出かけたりと王都の貴族は慌しい気がするのですが」
自分の問いにセシルが一瞬言い淀んだ。
しかし、次の瞬間にはニッコリ笑い「引きこもり中ですわ」と、言った。
ユリウスは話の振り方を悔やんだ。
「……調子はどうですか?」
あまりに普通すぎたので本来の目的を忘れていた。
今はまだ、魔法が解けてから一カ月しか経っていない。
しかし逆にいえばもう一カ月だ。
それなのに今見た限りでは変化があるように感じないのが気になった。
「んー。特に変化なし。かなあ? でも最近、節々が痛くって」
老人みたいなセリフだ。でも、それを聞いて成長痛だと思い至り、一安心する。
「……じゃあ、順調に回復ってことですよね」
そう言うとセシルがヘラっと顔を崩した。
その表情は少年のように見えた。
やっぱり、元の状態に戻れるのが嬉しいのだろう。
ユリウスがそんな気持ちで温かく見守っていると、セシルはフフフと笑った。
「この格好でいられるのもあと少し。そう思うと、なんとなくこの姿になってしまうんだよねー」
……爆弾発言。
思わず、『気に入ってるの!?』と、突っ込みかけた言葉は、微笑みながら髪を指に絡めて遊んでいる女装男には届かない。
「女性の姿っていうのは何かと便利なんだよ? ユリウス様」
「……そう、かなあ……」
自分の感覚では面倒のような気がする。……が、それは人それぞれという事なのだろう。
ユリウスは曖昧な返事をし、笑みを浮かべる。恐らく、苦笑いになっていると思った。
「ところで、ユリウス様。今日は何かお話があって来訪されたのではないですか?」
急に令嬢の口調に戻り、セシルが訊ねてきた。
たしかに、用事は他にもある。ただ、いきなり相談しても良いものか迷った。
「私はこのようにお話が出来て満足しています。……ただ、私の手紙だけですぐ来訪して下さったと思う程、自惚れてもいないのですよ?」
ニコリと笑うセシルは縁談の席でみせた子爵令嬢そのものだった。
「なるほどねぇ……」
細かい事情は省き、休暇を利用して仕事をしたい。と、だけを説明すると、セシルは面白そうに笑った。
綺麗な顔でニィッと口の端を上げるなんて、どっかの悪役のようだ。
「……殿下に相談せず、俺のところに来てくれるなんて、ちょっとは希望あるのかな」
「殿下に相談できる内容じゃなくて……って、希望って? 何?」
「いや、こっちの話」
セシルはニヤニヤ笑いながらテーブルの上に乗っていたベルを鳴らし、執事を呼んだ。
その執事はセシルから指示を受け……しばらくすると書類を何枚か持参し、再び部屋に戻ってきた。
「今、俺から紹介できるのはこの辺りだ」
セシルは執事が退室した後、書類を手渡してくれた。
受け取ったユリウスもその書類に目を落とし内容を確認する。
書類はヴァーレイ家からの紹介で雇ってくれるお屋敷の名前が記入されており、その横には探している職種が書かれていた。
その多くは侍女であり、数日から数カ月のものだ。
恐らく、何らかの原因で一時的に欠員ができたのだろう。
仕事の内容は選ばない……とはいっても、侍女の仕事を自分がこなせるとは思えなかった。
(だって、失敗したら、ヴァーレイ家に泥を塗るわけだし)
紹介というのはその身元はもちろん、器量を保証するようなものだ。
安易にできもしない事を引き受ける訳にはいかない。
ユリウスは書面に目を走らせる。
侍女ではなく、もっと、自分にでも出来そうな仕事を。
……と、そこにひと際目立つヘンな仕事があった。
「セシル様、これは?」
ノア嬢、と呼ぶことも忘れ、素で話しかける。
セシルも特に気にした様子もなく、ユリウスが指差した場所を覗き込むように見た。
「これかあ……」
セシルが少し難しい顔をして頭をかいた。
ユリウスはその姿をチラリと見つつも、今一度内容を確認する。
仕事内容:犬の世話
条件:女性に限る
備考:腕に覚えがある者
場所:ラフィーネ侯爵家
報酬――――……
ユリウスは思わず報酬欄を二度見した。
しかし数字は変わる事なく、そこにはありえない金額が記されている。
しかも、仕事内容が犬の世話。
でも。
「犬の世話をするのに、なんで腕に覚えが……?」
ユリウスは思わず呟いた。
こういう書き方からすると、腕に覚えというのは『戦い慣れている者』と解釈できるが。
(まさか、犬の世話に腕の覚えって意味?)
どんな狂犬の世話だよ。それは。
「気になってるみたいだね」
「……だって、コレすごく良い内容」
セシルが「へえ、ユリウス嬢は犬好きなの?」と、聞いてきたので、ユリウスも軽く頷いた。
普段なら『女性に限る』という条件が出ているので躊躇う。しかし、今回は元々女装するつもりなので何の問題もなかった。
「それなら、是非この仕事を引き受けてほしいな。ユリウス嬢なら安心して頼める」
そう言われると俄然やる気が出た。
侍女の仕事はできなさそうだが、犬の世話ならできる。腕に覚えって文言は気になるが、それよりも、まだ見ぬわんこの方が気になるじゃないか。
熱心に書面をみる自分にセシルが「決まりだな」と、言った。
いつもありがとうございます!




