1.長期休暇
お待たせいたしました!
二章の連載を再開させていただきます(*^_^*)
「あはははは!」
「ワンワン!」
「そーら、取っておいで!!」
「ワン!」
草花の生い茂る草原で、愉快な声を合図に犬が走る。
獲物を空中キャッチしたのは、明るい茶色と白い毛の大型犬。
名前はラッシュ。
我がセクト家の番犬、もとい、愛犬である。
円盤状の獲物を取ってきたラッシュは誇らしげに主の元へ戻ってくる。
「よし、いい子だ!!」
「ワン!!」
ラッシュから獲物を受け取り、大きな体を撫でまわす主――ユリウスの頬は緩みっぱなしだ。
その様子は侍女マリーから犬バカと評されるほど。
屋敷の令嬢、――今は長男のフリをして屋敷の管理をしている――に対して酷い呼び名だが、本人は気にしていない。
むしろ、ラッシュと一番の仲良しを自負しているユリウスは褒め言葉だと受け取っている。
「さあ、ラッシュ、もう一度行くか!」
「ワン!」
ユリウスはラッシュに呼びかけ、再度獲物を投げる。
ラッシュも慣れたように獲物を追いかけ、そして戻ってくる。
そんな遊びを繰り返していると、フッとラッシュが消えた。
「……え?」
突然消えた愛犬の姿に目を疑う。
ここはだだっ広い草原で、ラッシュが消える理由などは……?
……って、ここはどこ?
唐突にユリウスは我に返った。
目の前は一面、短い草丈の草原が広がっている。
しかし、今は初夏から夏に入ろうとしている季節だ。
手入れのされていない草原の草丈がこんな長さである筈がない。
そう考えた瞬間だった。
突然空には暗雲が立ち込め、稲妻が走る。
眩い光が現れたと同時に、ドォオンと雷鳴がすぐ傍で聞こえた。
近い!
ユリウスは反射的に身をかがめる。
すると、別の方向からガサリと草を踏む音が聞こえた。
「……フィー?」
音が聞こえた方を見ると何故かフィリップがいた。
しかも、正装だ。
青みがかった銀髪と肩章の黄金色がなんとも豪華な組み合わせ。
銀と金は黒いジャケットにもよく映え、フィリップによく似合っていた。
「ユウリィ」
名を呼ばれて、スッと手を差し出された。
優雅に、そして、さりげない仕草は様になっていて思わず見惚れる。
ユリウスは差し出された手を取ろうとして――止めた。
さっきまでラッシュと遊んでいたし、しかも男装のまま。
これじゃあ、手を取れない。
フィリップがニヤリと笑った。
イタズラを思いついた時のような笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らす。
突然、辺りの色が変わった。
暗雲が立ち込めていた空は、眩しいシャンデリアの光に。
一面の草原は光を跳ね返すほど磨かれた大理石の床に。
そして、何もなかった周囲には着飾った女性とタキシードの男性達に。
料理の置かれたテーブル。
壁に飾られた肖像。
曲を弾く演奏家達……
身体がふわりと浮いた。
いつの間にかフィリップに手を取られ、ダンスを踊る時のように腰を抱き寄せられる。
ふと肩にかかるのは赤銅色の髪。
驚いて掴むとそれは間違いなく自分の髪だった。
いつの間にか髪を結われている自分に驚き、続いて目に映った物に言葉を失った。
先程まで男装していたハズなのに、目に映るのは青いドレス。
刺繍をあしらった光沢のあるレースは首周りからデコルテを覆い、胸元のマリンブルーの布地へと続く。
スパンコールや刺繍が施されている布は、腰回りより少し上から切り返されていた。
少しだけふくらみのあるパニエに沿って流れるドレスは後ろが少し長くなっており、シャンデリアに照らされる飾りはキラキラと雫のように輝く。
ドレスのデザインは、陸に上がったばかりの人魚をイメージさせた。
(これは初めてフィーと踊ったドレスだ)
脱着可能なドレスの裾を取った記憶がある。
(でも、なんでこれを着てるの?)
「さあ、踊るぞ」
フィリップの声にユリウスは考えを中断させられる。
手を取られたまま、振りまわされるようにダンスが始まった。
「大分うまくなったな、ユウリィ」
「……連日夜会に引っ張り回されればうまくもなるよ」
いつか話したような会話をする。
そんな事を考えながらも、フィリップの足を踏まない様に細心の注意を払い踊った。
腰から手が離れ、ユリウスはクルリと一回転する。
ポンっと音がした。
すぐ近くでした音に驚くと、自分のドレスが青からクリーム色に変わっている。
理由を考えようとする間に、また、クルリと一回転。
ポンっ!
また一回転。
ポポンっ!
黄緑、赤、紫……そしてピンク。
一回転するたびに変わるドレスは、先日の任務中に用意した物ばかり。
混乱したまま顔を上げると、一緒にダンスを踊っていたフィリップがニヤリと笑う。
そのまま顔を近づけ耳元で囁く。
「このドレスは国のモンだからな。たっぷり使うぞ、ユウリィ」
フィリップの言葉に目を見開くと、そのまま身体が後ろに倒れた。
・
・
・
「……いったぁ………」
後頭部を摩りながら片目を開けると、見慣れた木製の天井が見えた。
床に手をつくと、これまた見慣れたウォールナットの床。
自分が跨っているのは、いつも腰かけている執務室のイス。
ここはセクト家執務室……のようだ。
「……夢、か……」
ユリウスは身体とイスを起こし呟く。
窓辺から差す光が部屋の奥まで差しこんでおり、壁掛けの時計は夕方の五時を示していた。
「はあ……最初はいい夢だったのに」
記憶にある夢の始めは愛犬ラッシュと遊んでいた。
最近忙しくて遊べなかったからすごく楽しかった。と、夢と分かった今もそう感じている。
あの夢だけならいつまでも見てたかったな。でも。
(後半は勘弁)
何故か舞踏会に参加してるし。
しかも、ドレスはとっかえひっかえで大変だし。
そして何よりも。
『このドレスは国のモンだからな。たっぷり使うぞ、ユウリィ』
思い出したら眩暈がした。
フィリップの言葉を直訳すると、『女装ドレス任務増やすぞ』だと思う。
「…………」
ほんと、夢でよかった。
ユリウスは窓辺に立ち、窓枠に腕を乗せる。
日を追うごとに長くなる日差し。
窓から入る、少し、湿った風。
薫風の舞う季節は終わりを迎え、汗ばむ陽気が続くのも時間の問題であろう。
――王都も本格的な夏を迎える。
そんな中、ユリウスは。
長期休暇をもらっていたのだ。
今回もお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)
またお時間がありましたら、よろしくお願いします!




