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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
一章:男装令嬢と「ピンクのドレスにご用心」
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☆2.令嬢の選択

 





 ユリウス=セクト。


 男爵家の三人目の子供であり、長男……は、表向きで、本当は三女。

 どうしても男の子が欲しかった父上が自分を男の子として育てた事により、長男という肩書を持っている。


 父上の、男の子が欲しいという気持ちは分からなくはない。

 分からなくはないが、それは子供の時までだと思う。

 

 子供の頃、花よ蝶よと可愛がられる姉達を余所(よそ)に、木の棒で剣術の真似ごとや、父上と馬で遠乗りをしたりと、それはもう活動的に過ごしていた。


 姉達を(うらや)ましいとも思った事もなければ、その自由きままな生活を堪能(たんのう)していたと言って良いと思う。



 そして、忘れもしない六歳の誕生日。



『ユリウス、今日の服は気に入ったくれたかな?』

 


 父上が用意してくれたのは、ある童話の王子様の衣装。

 当時自分はその童話を気に入っており、そしてヒーローである王子にとても憧れていた。

 颯爽(さっそう)と馬を乗りこなす王子様。

 騎士の衣装も格好が良かった。


 そんな王子の衣装が着られる事にご機嫌だった事を覚えている。


『これ、すきー!』


 多分満面の笑みを浮かべていたと思う。

 すると、父上はニコニコしながら言った。


『馬の遠乗りは?』

『すきー!』

『剣術の稽古は?』

『スキー!』


 どれも好きな事だったので、素直に答えた。


 しかし、突然話の方向が変わる。


『ドレスは?』

『……きらい』

『刺繍は?』

『きらい』


 途端に嫌いな事ばかり言ってくる父上に口をとがらせて、抗議した。



『じゃあ、ユリウスはこれからどうしたい?』



 問いかけは好き嫌いの二択ではなくなっていた。

 ただ、自分はその意味を深く考える事はなく、「明日も剣術と馬の稽古がしたい!」と、答えたのだった。


 こんな他愛もないお転婆な娘の一言は、他愛もない事で終わらなかった。



 父上はどこまでも本気だった。



 この日を境に、女の子に戻る機会はなくなる。

 長男として、剣術、馬術の訓練はもちろん、ダンスも男性パートを練習した。

 十五になった時には屋敷の執務を執り行えるようにと、元々領地に(こも)りがちだった両親はますます王都の屋敷に来なくなった。


 そして、現在に至る……。




 ……というか。これで娘の人生を決めるってありえないと思う。


 我が父上ながら怖ろしい。

 そして、この事に何も突っ込まない母上はなお怖ろしい。



(執務室に戻って言うべきだろうか?)



『今日から娘として暮らします!』と。


 今まで何度か考えた事はある。

 それを実行するなら今のような気がした。


 ……いや。落ち着け私。

 今さら令嬢に戻ったところでどうする?

 刺繍やダンスなど令嬢としての基本スキルのない、18歳(いい歳)の自分が戻ったらどうなる?


 今からダンスの猛特訓?

――それより、馬で遠乗りしたい。


 下の布が見えなくなるほど刺繍する?

――いや、それは手がタダでは済まない。


 その他諸々、令嬢の基本的なスキルを思い出し身震いした。


 今まで娘に戻ると言えなかったのはこの事も影響している。


 自由きままに好きな馬に乗り、仕事はあこがれの騎士。

 基本夜会に出る必要がないのでダンスも男性パートを最低限。当然、刺繍なんてここ何年もした事はない。


 ユリウスは閉め切っていたカーテンを開け、外を見る。

 眼下に広がるのは屋敷から門扉までの小さな庭。

 庭師などいないセクト家の庭では、黄色や赤色の花々が自由気ままに咲き誇っている。

 そんな草花を時折吹く風が優しくなでるように揺らしていき、きっと辺りは甘い花の香りで満たされている事だろう。



(ヴァーレイ子爵家のご令嬢……か)

 


 姿絵をチラリと見たが、金髪碧眼の可愛らしい容姿だった。

 まさにお姫様。

 そんな見目美しい姫の相手が、男装女とは気の毒すぎる。

  

 だが、幸いな事に自分を求めたのはヴァーレイ子爵。

 令嬢が自分を望んだわけではない。

 と、いう事は、この縁談話をなかった事に出来る可能性は十分にあった。



(令嬢に気に入られなければいい)



 いくら両親が望んでも、娘が首を横に振れば考え直すだろう。

 しかも相手は格下の男爵家。断りを入れる場合も問題がない。



「…………よし」



 自分が『娘に戻ります』と言わない以上、取るべき行動は決まっていた。

 


(令嬢にうまい事断ってもらおう!)



 それしかない。

 あとは考えても仕方のない事だ。



(茶会は一週間後だったかな)



 ユリウスはそう考えて、次の瞬間にはもう違う事を考え始めていた。






 王城のとある一室。

 ユリウスは部屋に詰めていた。

 

 コンコン……


 決められたリズム、回数のノックが壁から聞こえる。

 


「お呼びですか?」



 いつもより早い時間に聞こえたその合図に答えると、聞きなれた低い声で「ああ、ちょっと話がしたくてな」と、返事がある。

 

 対面せず、壁を挟んで向こう側。会話の相手は自分の仕える主。


 ユリウスは「お話しはなんでしょうか?」と、立場上、丁寧な口調を崩さない。

 しかし続く言葉は分かり切っており。

 


「他人行儀な話し方をするな、ユウリィ」

「一応だよ、フィー」


 

 いつもの返事をして、壁にもたれかかる。



 ユリウスの仕事は第二王子フィリップの護衛である。

 護衛といっても公に守る騎士ではなく、その存在は一部の者にしか知られていない。

 その特性から仮面護衛騎士、通称、仮面騎士と呼ばれており、非公式の場での護衛、偵察を担う役柄である。


 そんな自分達の間柄は幼馴染み。


 幼いころから兄弟のように育ち、今では軽口を言い合える親友でもある。

 フィリップには、とあるキッカケで性別を知られているが、彼は以前と変わらない態度で接してくれる。年齢は一つしか変わらないけれど、頼りになる兄貴分。


 そんな幼馴染みとの会話は、雑談から始まる事が多い。


(昨日は護衛騎士ミラーの縁談話。その前は、お気に入りの庭師に子供が生まれた話だったかな)

 

 なにやら春らしい、めでたい話題ばかりで良い事だ。

 さあ、今日は一体誰のおめでた話かとのんびり構えていると、



「なあ、ユウリィ。お前に縁談が来たって…………」

「ゴホッ!!」



 思わず咳き込んだ。

 油断しすぎていて呼吸がつまった。



「なんで、知ってるんだよ!」

「……大事な部下の縁談だ。知ってて当然だろ」


 

 そういう問題ではない。

 

 父上と縁談の話をしたのは昨日の夕方。

 そして今は翌日の午前中。

 いささか情報が早すぎやしないか? この幼馴染みは。



「セクト男爵も何考えてるんだか」

「実子でもわからんよ」



 素直に答えた。

 やっぱり通常ならこの反応だよな。と、思う。

 そう考えると意図せず溜息が出た。



「大丈夫か?」



 フィリップが気遣う様な口調で話しかけてくる。

 溜息が聞こえてしまったのかもしれない。

 

 ユリウスはそれをごまかすように、「うーん……、まだ、令嬢に会っていないから何とも……」と、的外れな事を口にする。もちろんフィリップからは間髪入れず「会う以前の問題だろ」と返事がくる。

 

 たしかにその通りである。

 だが。



「相手は子爵令嬢だからね」

「……大丈夫か?」



 また、気遣うような声が聞こえた。

 

 兄弟のように育ったフィリップは時折こんな風に心配してくれる。

 やはり、歳の近い弟分なので気にしてくれているのだろう。

 

 自分の秘密を知っているのは、男爵家以外ではフィリップだけ。

 だからこそ、そんな幼馴染みに心配をかけたくはない。



「大丈夫だよ、フィー。ありがとう」

「……そうか」



 少し引っ掛かるような物言いだったが、フィリップはそれ以上言及(げんきゅう)してこなかった。

 



 時はあっという間に過ぎ去り、一週間後――――

 

 ついに約束の日がきた。







今回もお読みいただきましてありがとうございました!(^^)

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