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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
一章:男装令嬢と「ピンクのドレスにご用心」
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番外編3:約束の続きと先へと繋がる今日

25話『約束』の続きをフィリップ視点で。

甘いのかフィリップの独白なのかよくわからない事に……。

タイトル通り二章に続く為の話にしています!?






 今日は待ちに待ったユリウスの休暇日。

 先日の約束通り女性姿の彼女と郊外の散策、そして馬で駆けまわってから城下へと戻る。

 それは夢のような時間。と、言って良かった。


 キスをして一緒に馬に乗った。


 ここだけ聞けば恋人のような関係だ。このまま甘い雰囲気で……なんて、思っていた俺はやっぱりバカなのかもしれない。

 そんなにうまくいけば、もっと前からうまくやれている。

 相手はユリウスだ。

 ダンスや刺繍といった令嬢が嗜むモノを苦手とし、馬術と剣術を愛する男装令嬢。

 当然、俺の機微(きび)なんて気付く様な女じゃなかった。



「ねえねえフィー! アレ良くない!?」

「……そうかー? お前には重いんじゃないか?」

「そうかなあ……じゃあ、あっちは?」

「あれは長すぎるだろう? 背負って持ち運ぶ気か?」

「うーん……たしかに……」



 ワンピース姿で腕組をし唸るユリウス。

 それを心の中で溜息をつく俺。

 場所は…………露店の武器屋。


 城下に戻り馬を返した後、俺はデート後半戦のつもりで城下を歩いていた。

 前半の功績を考えれば、後半はもう少し……とか、考えていたのだが、それは呆気なく霧散した。


 そう、目の前の露店のせいで。


 露店というのは常設で開けている店と、日によってコロコロかわる店と二種類がある。

 今、ユリウスが釘付けになっているのは日替わりの店であった。

 日替わりという事は目新しい商品が並ぶ事があり、まさに今珍しい武器を見ていたのだ。



「同じ獲物もいいけど、違うのも使いこなせた方がいいと思うんだよね」



 男とのデート中に愛剣を獲物と呼ぶ女がいるのか。


 少し気が遠くなる思いをしつつも、目の前に存在するその女(・・・)を見る。


 武器を眺めるユリウスは真剣だった。


 その姿を見て、やはり溜息をつきそうになる。

 彼女は俺と出かけている事をデートだとは考えていないのだろう。

 いや、もしデートだと思っていても興味のあるものが目の前にあれば……――?


 俺は答えが出ないとわかっていて自問自答する。

 答えを出すにはそう、訊ねればいいのだがその勇気はなかった。

 これを(ちまた)ではヘタレと、呼ぶらしいが。



(なんとでも言え。……俺は、慎重派なんだ)



 誰に聞かせるわけでもなく心の中で言い訳をする。


 ……といっても、勢いに乗ってさえいれば多少無茶なことはするのだが。

 そう、散策の時のように不意打ちでキスしたりするぐらいは。

 今だって、本当は手でも握ってもっと、こう、デートっぽく、もっていきたかったところだが、日替わり露店というライバル(?)の出現により、敢え無く撃沈。

 勢いをそがれた今、俺にそんな事できるハズもなかった。



「……まあ、他の武器を持つのもいいが、とりあえず今日はいいだろう?」



 俺はユリウスの髪を(カツラだが)一房持ち上げて彼女の視界に入れてみる。

 すると、本人も自分の服装に気がついてか、「たしかに」と、納得したようだった。






 とりあえず俺は軌道修正すべく、武器店や馬具店などの近くを通る事を止めた。

 

 折角のチャンスを彼女の脳筋に邪魔されるわけにはいかないからだ。

 ユリウスは騎士として優秀で事件などについての察し能力は鋭い。しかしながら、こういった事(・・・・・・)には本当に鈍く、苦労させられる。

 そもそもこうやって外に連れ出すのだから、何か感づいてもいいと思う。

 気付いてさえくれれば、反応を見て作戦も立てられるというものだが。



(ほんと、お前が何考えてるかわからない)



 抱きしめてキスしても怒らないお前に期待していいのか?

 それもと、そういった事に頓着がないだけなのか?


(いや、頓着がないのだけは勘弁……)


 頓着がないという事は、他の奴にされても平気だという事になる。

 せめて、平気なのは俺だけにしてほしい。

 そう思ってふと、先日の妖精事件の時、セシルに抱きつかれたと言っていた事を思い出した。


 心配になった。


 不意打ちだったと予想できるが、でも不意打ちならできてしまうのだと。



「隙を突かれないようにしないとな……」

「え? 体術の話?」



 思わず声に出してしまった言葉に、ユリウスが反応した。

 このまま何も言わない訳にもいかず、「あー……俺じゃなくて」と、言うとユリウスは疑問符を浮かべた。



「……ユウリィは最近訓練してるのか?」

「私?」

「そ。たとえば、こんな風に……」



 俺は横を歩くユリウスの腰に手をまわして抱き寄せてみた。

 予想通り……というか、彼女はそのまま俺の方へトンっと身体を寄せる。



(やっぱり怒らないな……)



 こんな風に触れても怒らない。

 そう考えると期待してしまう自分がいる。

 ただ、視線をユリウスに向けるとキョトンとした表情を向けられた。

 その顔が自分を異性として意識していない事を認識させられる。



「??」



 再び疑問符を浮かべるユリウス。

 状況が飲み込めていないのは見たらわかる。

 ただ、折角抱き寄せたのだ。すぐ離してしまうのはもったいない。

 それに、このまま甘い言葉でも囁けば少しは意識してくれるのだろうか?

 そんな事を考え、俺はユリウスの耳元に顔を近づけ、言葉を囁こうとした瞬間――



「あ!! あっちに新しいお菓子屋さんが!!」



 俺の正面に来るように身体をひねり、ユリウスは腕を上げた。

 視界から外れていて見えないが、どうせ指でもさしているのだろうと思う。


(ちっ……)


 武器店、馬具店だけでなく、菓子屋も避ければよかった。と、思ったがすでに時遅しだった。






 当然菓子屋にも入る事になった。

 宝石のように飾られている菓子はどれも美しい。

 ただ、俺としては興味がある訳ではないが。

 隣でディスプレイを眺めるユリウスがうれしそうなので、良しとする。


 ユリウスが飴玉も欲しそうだったので買ってみた。

 でも、彼女は俺が食べると思ったみたいで「フィーも甘いものたべるんだね」と、言ってきたではないか。



 ……鈍感ユウリィ。



 ちょっとは気づけよ。


 お前の為に買ったと言ったら、驚いていたが嬉しそうにお礼を言われた。


 この笑顔が見られるなら菓子一つで安いもんだ。


 俺はもしかしたら見られるかもしれない反応に、飴玉を一つもらう事にした。

 色は翡翠色の飴。

 そう、ユリウスの瞳の色だ。

 まあ、この行為にはいろんな意味が含まれるのだが。とりあえず、好意を示す方法としては結構ポピュラーな方法だったりする。


 …………が。


 なんていうか、案の定。ユリウスは特に気にした様子もなかった。



(やっぱ知らないか……)



 密かに俺が残念に思っていると、今度はユリウスが飴を取りだした。

 色は青。

 俺の色だ。

 そう思った瞬間にユリウスは嬉しそうに飴を口に放り込んだ。



「!!」



 俺は口元を押さえて目線を逸らした。

 わかっている。

 ユリウスは知らないんだ。

 だけど、俺の目の前で青を選んだ事に嬉しさが込み上げる。



「? あれ……? フィーもその反応??」



 驚いたようなセリフと、その後に続いた『フィー()』という言葉が気になった。

 理由を聞いたら、なんとセシルの前でも青い飴を食べたというじゃないか。

 セシルは金髪碧眼。碧眼は青系だ。だから、セシルもビックリしたに違いない。

 俺はとりあえず、人前で飴を食べるなと言っておいた。

 ユリウスは不服そうにしたが、理由まで教えると今、俺が困る。だから、言えなかった。






 日も暮れかけて、そろそろ戻る時間になってきた。

 今日は前半戦に運を使い果たしたのか、後半はなんだか肩透かしばかり食らっている気がする。

 ただ、これだけはどうしてもやっておきたかった。



「ユウリィ、あそこの雑貨屋に寄ろう」



 俺が指差したのは、以前下見をしておいた雑貨屋。

 入り口へと続く道はレンガを埋め込んで作られており、両脇には花や木々と一緒に犬や小鳥、妖精などの置物が出迎えるように飾られている。

 茶色系で統一された建物には緑の草木が絡んでおり、森の中にある秘密の小屋のようだ。


「へぇー……おもしろい店を知ってるんだね」


 興味津津と言った風にユリウスが口を開いた。

 店の外装は十分彼女の気を引いたようだ。

 童話好きなユリウスだから、きっと気に入る。

 そう思って選んだ店だったので、彼女の反応は嬉しかった。



 店内は外装のイメージを崩さず茶色系で統一されており、部屋全体が外から入る弱めの日の光とそれを補助するようなオレンジの光で満たされていた。


 手を後ろで結び、一定のリズムを刻みながら歩くユリウス。


 雑貨を眺める薄い紫色の瞳(今日は変装しているからな)は可愛いものを愛でるように優しく細められていた。

 時折その瞳にオレンジ色の光が入り込む。

 すると、潤んだ様に揺れるオレンジが何とも言えない色香を漂わせていた。


 うっかり見惚れていた俺は、暫くして自分のするべき事を思い出した。

 店内を見回り、目的のコーナーへと向かう。

 元々下見をしていたので、目的の品物はすぐに見つかった。

 購入する事がバレないようにユリウスから一番離れた場所で代金を支払う。


 店員は俺の買った品物と俺の顔を見て微笑んだ。

 微笑むだけで余計な詮索をしない店員には好感が持てる。

 頼んでもないのに綺麗にラッピングされた品物を受け取ると、「きっとよく似合うと思います」と、後押しされた。


 この店員にはいろいろバレているんだな。


 そう思うと、目を合わせてお礼を言えなかった。

 俺は「ありがとう」とだけ伝え、ユリウスのいる方へと戻る。

 どうやら彼女も気に入ったものがあったのか、丁度代金を支払っているところだった。


「何を買ったんだ?」

「内緒」


 なんとなく恋人同士のようなやり取りに俺は勝手に満足した。




 その後、二人で店内を見回ってから店を出る。

 俺自身も目的の品以外はあまり見ていなかったので、十分に楽しめた。

 店内は癒し系雑貨からアイデア雑貨までいろいろあり、また来てもいいと思った。


(さてと)


 俺は、一呼吸おいて隣を歩くユリウスを見た。


 亜麻色の髪を揺らしながら前を見て歩くユリウス。

 少し前は同じ目線だった彼女をいつの間にか頭一つ分追い越し、今は上から見下ろす様になっている。


 小さい頃は俺の方が年上なのにチビだった事で悔しい思いをし、ユリウスが女だとわかった時からその悔しさは倍増した。

 その後、数年間はお互い同じように成長したせいで目線はほとんど変わらず。だから、正直焦った。

 最近はこうして肩を並べて歩く機会がなく、これだけ身長差がついた事に気がついたのも先日の仮面舞踏会でエスコートした時。


 悔しい思いを晴らした。


 というより、やっと格好がついたという気持ちの方が大きい。


 たったこれだけで気が大きくなったといえば現金なヤツだと自分でも思うが、実際のところ本当にそうだから仕方がない。

 兄弟のように、そして親友の様な間柄でアプローチするのは何かの踏ん切りがないとできないものだ。



「ユウリィ」



 呼びとめて、俺を見上げるユリウスの額にコツンと包みを当てた。



「ん? 何??」

「プレゼントだ」



 そう言うとユリウスは驚いた顔をしたまま、額にぶつかっている包みを受けとった。

 そして、まじまじと眺めてから開けていいか確認してきたので、俺は頷く。

 包みを開けるユリウスの首元を見ながら、自分の贈った物がそこにあればいいと思った。


 俺が買っておいたのは青い石がついたネックレス。

 今日会った時から気になっていたのだが、ユリウスは装飾品を身につけていない。

 全く持っていない。と、いう事はないだろうに。と、思うが、もし仮に持っていなくてもそれは都合が良かった。



「えっと? これ、私に?」

「お前以外に誰がつけるんだ」



 もっと優しく言えばよかった。

 そう思ったが、つい出た軽口はもう引っ込めようがない。

 ユリウスは少し困った顔をした。



「ありがとう。と、言いたいところだけど、使う機会ないよ?」

「……今日みたいな時に使えばいいだろ」

「あーなるほど。女装任務用ね」



 おい、待て。


(今日のこれ(・・)は任務なのか?)


 デートとまでは思っていなくても、まさか仕事だと思っているのかと思うとさすがに落胆した。



「……でも、使わないよー……って! え? 不機嫌?」

「……贈り物を使わないと切って捨てられて機嫌がいい奴がいるのか?」

「ご、ごめん! そういう意味じゃあ……」

「…………まあいい。お前の好きな色にしといたから、気が向いたら使え」

「う、うっ……多分使わないかと……」

「そこは正直に言わなくていい」



 俺は深く溜息をついた。

 デートのつもりは仕事になってるし、贈り物は喜ばない。

 一体どうすれば俺の気持ちに気付いてくれるのだろうか。



「あーもう! ごめん!! これで機嫌直して?」



 いきなりユリウスがボスっと俺の身体に何かを押しつけてきた。

 それは先程立ち寄った雑貨屋の包み。



「今日のお礼。多分フィーなら使うんじゃないかと思って」



 今度は自分が驚く番だった。

 包みを開けると、犬の形をした書類止めがいくつか入っていた。


「毎日山盛りの書類と戦ってるでしょ? わんこのクリップがあれば、和むんじゃないかと思って……」


 犬のクリップで和むのはお前だろう。


 と、言いかけたが止めた。

 自分の為に選んでくれた物だとわかれば十分だったからだ。

 俺が書類止めをしげしげと眺めていると、ユリウスは身を乗り出して解説を始めた。


「このわんこの表情可愛くない? もう、ギュってしたくなるような……」


 ギュっとしたくなるのはお前の方だ。

 緩んだ顔で犬の書類止めを見る姿は可愛くて、同時にその表情の対象が犬である事に嫉妬した。


 どうせならその(とろ)ける様な顔で俺を見てくれればいいのに。

 そう思って、腰に手をまわそうとしたらユリウスの表情が険しくなった。

 抱きしめようとしているのを気付かれたのかと思い、慌てて手を引っ込めると、「………しまった」と、呟くのが聞こえた。



「フィーにはこれ、可愛すぎたかも。やっぱ、ドーベルマンクリップの方が……」

「それじゃあ、癒されんだろう」



 もう、馬鹿なのか天然なのか俺でもわからない。

 俺は結構本気で悩んでいるユリウスの頭を撫でた。


「ありがとう、仕事もはかどる」


 と、言ったら、「わんこの癒し効果だね」と、ニッと笑った。

 本当はその笑みじゃなくて、さっきの蕩ける様な顔で見てほしい。


 ……が。そんなこと、言えるわけなかった。






 さあ、帰ろうとユリウスが歩き出した。

 俺も離れず後ろをついて行く。

 日の光はいつの間にかオレンジ色に変わり、その姿を地平線の彼方へ隠そうとしていた。


 あっという間の一日だった。


 本当は次の約束も取り付けたいところだが、任務と思われているならそれもできない。


(とりあえず、作戦を練るか)


 今日と同じ方法では鈍感な彼女に気付いてもらえない。

 もっと、積極的に……。

 ただ、今の関係を壊さず尚且つ積極的に。と、いうとすぐに案は浮かばなかった。


 ふわっと風が流れる。


 薫風よりは少し重たくて生温かい。

 夏の訪れを伝える。そんな風だった。

 風になびく髪を押さえながら、ユリウスが振り返る。夕陽を背にふわりとワンピースが舞い、華のようだった。



「今日はありがとう! 楽しかったよ、フィー!」



 ユリウスはニッコリと笑顔を見せてくれた。



 見惚れた。



 夕日で眩しいのにも関わらず、瞬きをするのも忘れるぐらいに、ずっと。


 ユリウスがまたクルリと前を向きゆっくりと歩き出した。


 見つめる者がいなくなり、ハッと我に返る。

 そして先程の笑顔を思い出し、ニヤける口元を手で隠した。


 いつかこの笑顔を自分だけのものにしたい。


 そんな事を俺が考えているなどと知ったら、お前はどんな顔をするのだろう?

 いつか来る瞬間が、笑顔で返されるよう願わずにはいられなかった。






お読みいただきましてありがとうございます!

本編がどうしても恋愛成分薄めだったので、番外編ではがんばって甘め?にしてみたのですが、いかがでしょう?

二章以降は本編でも恋愛カテゴリーに恥じないよう?甘くがんばります!?

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