番外編2:リリアとはちみつ飴
リリアの回想と現在のお話です。
青春……? かもしれません?
柔らかな陽の光が差し込む森の中。
小鳥がさえずり、ゆったりと流れる風が木々を揺らす。
葉の擦れる音を聞きながら手を伸ばすと、青みを帯びた銀の粉が舞った。
指先から流れた銀粉を眺め、ここが自分の故郷だと実感する。
リリアは大木の枝に腰掛けていた。
クーウェルと妖精の森に帰って半月。
リリアは久しく満たされる事のなかった力を感じつつも、充足感とは別の気持ちに囚われたいた。
外の世界にいた時とは違う時間の流れに身を任せ、回復しつつある魔力の源をただぼんやり眺める。
そのせいか、意味を持たされなかった銀粉はさらりと森へと消えた。
(はあ。結局帰ってきちゃった)
リリアは小さく溜息をついた。
森を出て行ったのは五年ほど前。
願いを叶える方法だと言って教えてもらった、祝福を受ける為に。
今思えばなんで、そんな事を信じてしまったのだろう?
冷静に考えれば五十人の祝福なんて多すぎる。
条件だって、金髪碧眼の姫と赤銅色と翡翠を持つ王子に限定されていたし。
(ああ、でも)
性別は限定されていなかったわ。
そう思って、頭の中にはユリウスを思い出していた。
(最初に見かけた時は笑ったなー)
女の子なのに王子様。
その条件を満たしているだけならまだしも、本当に王子様の格好 ―― 男装っていうのよね ―― をしているから。
しかも、ちょっとピントがズレているところが、クーウェルに似てた。
瞳の色も綺麗な翡翠色で、やっぱりクーウェルを思い出した。
(だからつい声かけちゃったのよね)
『お姫様の時間は戻ったのね』
魔女になりきっていたあたしはそんな風に声をかけた。
だって、その時ユリスさんは金髪碧眼の姿だったから。
思えばそこから、ユリスさんをターゲットにしたのだ。
この王子様から最後の祝福をもらおうって。
幸い、連れ歩いていた金髪碧眼の男にも魔法をかけてあったので、丁度よかったのもある。
(と、いうか人間って面白い)
ユリスさんは王子様なのに、女の子。
相手のノアはお姫様なのに、男の子。
なんで、そんな格好をしているのか聞いてみればよかった。
そんな事を思う。
「リリア、こんなところにいたのかい?」
背後からキザッたらしい声がした。
この声は、仲間のティーニだ。
「帰ってきたばかりなんだから、家でゆっくりしていたらどうだい?」
そう言うティーニに、気付かれないよう息をつく。
「そうね、もう少し散歩したら帰るわ」
リリアはそう言い残して大木から飛び立つ。
後ろでティーニが何か言っていたが無視することにした。
(家になんかに居たら、休まるものも休まらない)
あたしが森に帰って以来、自宅にはひっきりなしに仲間がお見舞いにきた。
ありがたい。とは、思う。
だけど、その大半は次期妖精女王に覚えてもらおうと必死になる男どもばかりだった。
それはあたし個人ではなく、『妖精女王』という、肩書きをもつ女にだ。
ティーニだってそうだ。
魔力が多いとわかる前は話した事もない。
突然降って湧いたように、親しい人面をする。
迷惑この上ない奴だ。
(だから嫌なのに)
女王の地位なんてロクでもない。
なのに、クーウェルときたら……
***
『リリア! 何を迷っているんだ?』
『ウェル……あたし、女王になんてなりたくない』
『? なんで?』
『なんでって……それは』
言えなかった。
女王になって、たくさん男を侍らせて暮らすのが嫌だなんて。
そうなったら、クーウェルといられなくなるからだなんて。
『リリア、女王になったらいい事もあるぞ?』
諭すように言うクーウェルに『……いい事?』と、あたしは反射的に聞き返した。
するとクーウェルが自信満々に言い放つ。
『そうだ、女王になればリリアの好きな、はちみつ飴だってたくさんもらえるぞ!!』
……バカなのか。こいつは。
あたしを何だと思っている?
食い気だけの女だと思っているのだろうか?
そう思い、落胆と怒りを覚えた。
しかし、当のクーウェルは何も感じていないようで、
『リリア、ほら今日も持って来たぞ』
そう言って、はちみつの飴玉をくれた。
琥珀色の小さな飴玉。
怒っていたので投げつける事も出来た。
でも、飴には何の罪もない。
あたしはもらった飴を口に放り込む。
口の中に広がる濃厚な蜜の味がたまらない。
しかも、クーウェルが作ってくれた飴。
美味しいに決まっていた。
『……………』
あたしは口をもごもごさせながらクーウェルを睨む。
たしかに好きよ。大好きよ。
だけど、ねえ。
『な? リリア。女王になればいろんな奴からもらえるぞ』
その一言で、キレた。
いろんな奴から、貰える!?
それが、何だと言うのだ!!
あたしは……
あたしは!!
『クーウェルのバカ!!』
はちみつ飴は大好きだ。
でも、その大好きな飴は一人しか作れないのに。
どうして分かってくれないのか。
***
(はあ……)
リリアは思い出し溜息をつく。
あの後、森を出た。
でも、結果はどうだ?
結局なんにも得られないまま戻ってきてしまった。
これでは何も変わらない。
(クーウェルが願いを叶えてくれたら)
あたしの願いはクーウェルにしか叶えられない。
だから。
『リリアの願いは俺が叶えてやる。だから、大丈夫だ』
願いを叶えてくれると言ったクーウェル。
想いが通じたと思った。
『して、リリア』
『リリアの願いはなんなのだ?』
(…………)
どこまでいってもクーウェルはクーウェルだった。
なにを願ったかもわからず、叶えるだなんて。
リリアはなんだかバカらしくなってきた。
こんなのに振りまわされて五年という月日を無駄にした。
挙句に、人間 ―― 主にユリスさん ―― に迷惑をかけてしまった。
(また、謝りに行こう)
帰り際にクーウェルが「後はフィルにまかせればいい」と、言ったので、あんな別れ方になってしまったが。
なにをフィルさんに任せたのかもわからないし。
(あーあ。ほんと、何してるんだか、あたし)
リリアは大木の葉っぱに寝転がる。
森のざわめきと、木々の隙間から差す微光が身体を満たす。
――――もう十分だ。
そういう気持ちがふわっと上がってきた。
もう五年間も逃げ回ったのだ。
観念して、女王にでもなってやろうじゃないか。
沢山の男を侍らせて、クーウェルに言ってやる。
「はちみつ飴をもってきなさい」
って。
「リリア、こんなところにいた」
「きゃっ!」
茂みから突然顔がニョキッと出てきた。
「? どうしたんだ? リリア?」
「なんでもない……」
濃い茶色の髪に葉っぱを付けたまま、首をかしげるクーウェル。
ちょうど微妙な妄想をしていたから顔をそむけた。
「ならいいが。 リリア、願いを叶えにきたぞ」
(え?)
今なんて……?
「リリア。どうぞ」
クーウェルが笑って差し出したのは小瓶。
その中には琥珀色のはちみつ飴がぎっしり入っていた。
「…………」
いや、うん。
やっぱりクーウェルはあたしの事、食い意地の張った奴だと思っている。
少しばかり予想をしていたが、こうも期待を裏切らないのも……
そんな複雑な思いをしながらも、クーウェルが差し出した小瓶を見る。
琥珀色の飴玉は小瓶の中で光り輝いていた。
(こんなに、たくさん……)
はちみつ飴はハチから蜜を分けてもらって作る。
でもハチだってせっかく集めた蜜をそう簡単には分けてはくれない。
リリアは知っていた。
クーウェルが、沢山のハチにお願いして蜜を分けてもらっている事を。
傍から見れば、女(女じゃないけど)の尻を追いかけているように見える行動。
それが、自分の為にしてくれていることだと知っていた。
でも、怒っていたから。
あたしからユリスさんを庇った時、「今度は人間なの?」だなんて、嫌味を言った。
知ってたくせに。
「リリア? どうした?」
飴を受け取らないあたしを不思議に思ってか、クーウェルが首をかしげた。
クーウェルは多分覚えていないだろう。
あたしの嫌味なんて、気にもとめてない。
「リリア?」
涙が出た。
クーウェルは優しいけど、全然あたしの事を見てくれてない。
「どうしたんだ? リリア? 痛いのか? 苦しいのか?」
おろおろするクーウェルには悪いけど、涙が止まらなかった。
痛くて、苦しかったから。
あたしは頷いた。
すると、クーウェルはすぐ隣まで飛んでくる。
そして、ギュっと抱きしめてくれた。
「大丈夫、リリア。俺がいるから、大丈夫」
(ああ、もう)
なんでこんなことするかな。
期待するじゃない。
クーウェルはただ、痛くて苦しいとあたしが言ったからこうしてくれているだけなのに。
クーウェルの優しさは残酷だ。
この優しさは幼馴染みを心配してのこと。
あたしを好きだからじゃない。
「リリア、悪いものがなくなるおまじないをしよう」
クーウェルは突然そんな事を言った。
おまじないだなんて。
あたしたちは魔法が使えるのに。
そう思っていたら。
クーウェルがそっと額にキスをした。
「!!」
息がつまった。
何をされたのか一瞬分からなかった。
「リリア、王子のキスは悪い魔女の魔法を解くからな」
そう言って、あたしの髪を一房掴み、また口づけを落とした。
「ク、クーウェル!!」
慌ててあたしは叫んだ。
な、なんて恥ずかしい事を!!
「リリア、元気になったか?」
クーウェルが笑う。
屈託のない笑みがあたしを元気にするためだけに、してくれたのだとわかる。
「リリア、ほら飴も食べろ元気になるぞ」
そう言ってクーウェルは、はちみつ飴で一杯になっている小瓶を差し出す。
あたしは素直に小瓶を受け取り、フタを開けた。
甘い香りが口角を緩ませる。
「いただきます」
そう言って飴玉を口に入れる。
濃厚な味。それでいて甘すぎない。
クーウェルの飴は五年前より美味しく感じた。
「腕を上げたわね、ウェル」
「そうか?」
クーウェルはクスリと笑った。
なんだかいつもより大人っぽい微笑みにドキドキする。
あたしは恥ずかしくなってクーウェルの視線から顔を逸らした。
だから、見えなかった。
クーウェルがどんな顔をして、そう言ったのか。
「俺の大好きな誰かさんの、好物だからな。がんばってるぞ」
…………?
今、なんて言った……?
あたしが脳内で言葉を再生する前に、クーウェルが「さてと」と、言い隣から飛び立つ。
「ク、クーウェル!?」
慌てて呼びとめたが、クーウェルは振り返らない。
「ねえー!! ウェル!!」
もう一度呼んだら、振り返ってくれた。
「今日はアブトの森まで行ってくるー!!」
「ええ!!」
そんな遠くに!?
と、いうか今のセリフに解説は!?
「あそこのはちみつはうまいからな! 楽しみにしてろー!」
そう言い残してクーウェルは森に消えた。
リリアは呆然として、立ちすくむ。
えっと。
これは、その。
よろこんでいいんだよね?
ストレートな言い回しのクーウェルが敢えて、濁した名前。
どこでそんな技を覚えたのか知らないが、その濁した名前にあたしを入れていいんだよね?
その答えを持った彼は今いない。
リリアは口の中の飴を転がす。
大好きな飴はさっきよりも甘くて優しい味になっていた。
(帰ったら、しっかり聞かなきゃ)
いつもより素早く飛んで行ったクーウェル。
それは照れ隠しとかそういった事なのかな?
そんな風に考えたら。
案外、願いが叶う日は近いのかもしれない――――
そう思ってリリアは、また飴玉をほっぺに入れた。
今回もお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)
番外編はあと1~2話を予定しております☆
お時間がありましたら、またよろしくお願いします!




