21.リリアとクーウェル
「ユウリィ、大丈夫か?」
ユリウスは頷く。
リリアの拘束が解け、すでに黒蝶の痺れも取れてきていた。
フィリップの症状も概ねよくなったようで肩を回している。
その様子を見て安心した。
自分が動けない間、無理をさせたと思う。
フィリップを守るのは自分の役目なのに。そう思うと、少し情けなくなった。
守るといえば、今日はもう一人。
ユリウスは視線を動かす。
視線の先は大木の根元。
大きな幹にもたれかかるようにして、ノアがまだ眠っていた。
「大丈夫かな……」
「……たしかに心配だ」
お互い顔を見合わせる。
なんの説明もせず巻き込んでしまった令嬢。
幸い外傷はなく、今は眠っているだけ。
ただ、自分達は回復しているのに、一向に目を覚まさないのは心配だった。
「心配するな、ユリス、フィル」
背後から、声がした。
振り返るとクーウェル、そしてリリアがいた。
「みなさん、すみませんでした……」
リリアはフードを取り、青白い顔を見せ謝罪を口にした。
ただでさえ青白い顔が一層蒼白になり、倒れてしまうのではないかと心配になる。
「お姫様の件ですが、少しだけ長く眠っているだけです」
話によると、リリアの魔法を二重に浴びた為との事。
原因が分かっているなら、とりあえず安心してもいいだろう。
ならば、するべき事がある。
「リリア、どうしてこんなことを……?」
ユリウスは申し訳なさそうに立っているリリアに訊ねた。
子供の成長を止める魔法をかけたリリア。
それは魔法が解ける瞬間の祝福を浴びる為。
では何故そんな事をしていたのか。
事情があるにしろ、それは確認しなくてはいけない。
「……願いが、あったのです」
リリアは視線を落としたまま、ぽつりと呟く。
「あの日、森に迷い込んだ一人の魔女から聞いたのです」
魔女はリリアの願いを叶える方法と引き換えに魔力を要求した。
リリアはその要求を聞き入れ、願いを叶える為に人間の国へ向かう。
「妖精の森に伝わる伝承通りに、魔法をかけ祝福をうけなさい。と」
その数五十人。
リリアは魔女の姿となり、金髪碧眼の子供へと魔法をかけた。
「リリア聞いてくれ」
今まで沈黙を保っていたクーウェルが口を開いた。
クーウェルはうつむきがちに、でもしっかりとした口調で言う。
「願いを叶える話は、ウソなんだ」
それは事実を告げるタイミングを見計らっていたように。
「魔女は魔力が欲しかっただけ。祝福を五十人なんて出来ないと思って、たかをくくっていた」
「そ、んな……わ、わたし、なんて事を……」
リリアの顔色がますます白くなる。
血の気が引いたその表情はショックと後悔がにじみ出ているように見えた。
ここまでして叶えたかった願い。
一体なんだったんだろうか?
「リリア、そんなにまでして叶えたかった願いって……」
ユリウスの問いにリリアは口をつぐんだ。
言いににくい事なのだろうと予想がつく。
しかし、人間側に僅かでも被害が出ている以上、このまま聞き流すわけにはいかない。
ユリウスはチラリとフィリップをみる。
フィリップも訊ねにくいと思っているのか、前髪をかきあげた。
しばらく沈黙が流れ、
「リリアはどうして妖精女王になりたくなかったんだ?」
話題を変え、フィリップは会話を繋いだ。
リリアも何も答えない訳にはいかないと思ったのか、顔を上げ、しかし伏せ目がちに答える。
「妖精王や妖精女王はその力を後の代まで残さねばなりません」
ユリウスはリリアの言葉通りに理解した。
妖精なら魔力の強い者。
人間でいうなら王族。
これらを後世に残そうというのは、両者とも発想としては同じ。と。
しかし。
「そうか。そういう事か」
フィリップが声を上げた。
明らかに得心したと言わんばかりの声色。
ただそれは自分の理解とは違うような気がした。
「リリア。確認だが、妖精女王は一婦多夫制……だな?」
フィリップの問いにリリアはコクンと頷く。
その様子を見て納得したようにフィリップも頷いた。
また、沈黙が流れる。
(え? これで終わり?)
ユリウスは拍子抜けした。
フィリップは続きをしゃべらない。
投げかけた問いに対して解答が得られた。という事なのだろうか。
ならば、今の会話でフィリップと同じ理解ができるはずなのだが……。
「…………」
残念な事に、ユリウスには今一つピンとこなかった。
「えっと……」
ユリウスは控えめに声を上げた。
終わった話を蒸し返す。
そんな罪悪感が沸き起こった。
「ユウリィ、まさかとは思うが……話が読めてないのか?」
「悪かったな、そのまさかだよ」
フィリップは仕方ないなという顔をして、ユリウスに耳打ちした。
「一婦多夫制の地位をクーウェルに勧められて、妖精の森を飛び出した。って言えばわかるか?」
ヒントなんだろう。これは。
直接答えを言わないところが憎らしい。
ユリウスはフィリップの言葉と、クーウェルから聞いている情報を合わせてみる。
妖精女王になる事に気が進まなかったリリア。
リリアはクーウェルに女王の座を勧められて、森を飛び出した。
そして、妖精女王は一婦多夫制。
(……あ)
そういう事か。
ユリウスは合点がいった。
リリアはクーウェルが好きなのだ。
さっきだって、クーウェルの呼びかけにこたえて大人しくなったわけだし。
そう考えれば、話がつながる。
クーウェルに一婦多夫制を勧められたから、森を出た。
たしかにリリアの気持ちを考えると出て行きたくもなる。
と、なると自ずとして、願い事というのも。
チラリとリリアへ視線を向けると、蒼白の顔がほんのり赤くなった気がした。
なんていうか。
魔女の姿じゃなければもっと早くに気がついたかもしれない。
しかしながら、今のリリアは顔色の悪い魔女。
そういった事を連想しにくい見た目ではあった。
「わかったか? ユウリィ?」
フィリップがニヤッと笑う。
その顔つきが「鈍いなお前」と書いてある気がする。
ユリウス的には癪だったが、何も言い返せない。
現にフィリップからヒントをもらうまでわからなかったのだから。
(でも、なんでフィーはわかったんだ?)
我がアスタシア王国は一夫一婦制。
しかし、王族だけは例外が許されている。
だから気がついたとでも?
それはそれで察しが良すぎるだろう。
ユリウスは横目でフィリップを盗み見た。
なんか負けた気がする。
そんな事を考えていると、「大丈夫だ、リリア」と、クーウェルが胸を張って前に出てきた。
「リリアの願いは俺が叶えてやる。だから、大丈夫だ」
クーウェルの言葉にリリアは驚き、両手で顔を隠した。
隙間から見える白い肌が桃色に染まっているのが見える。
(よかった……)
ユリウスはクーウェルを見やる。
やるじゃない、クー。
そんな思いでクーウェルを見ていると。
「して、リリア」
クーウェルが、こう切り出した。
リリアも名を呼ばれ、手を顔から離す。
その表情は不思議そうな顔つき。
ユリウスはなんだか嫌な予感がした。
既視感を覚える、その切り出し方に。
「リリアの願いは、なんなのだ?」
クーウェルの言葉にリリアが目を瞠った。
そして次の瞬間、瞳に大粒の涙。
(うわ……)
ユリウスは眉間を押さえた。
リリアとフィリップのやり取りで、分からなかったのは自分だけと思っていたが。
ここにもいたよ。
鈍い男が。
ポロポロと涙をこぼすリリア。
それを見て慌てふためくクーウェル。
二人の様子を見て、首を振るフィリップ。
そして、その三人を見ている自分。
さっきまで、対立していたとは思えない緩んだ空気がそこにあった。
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