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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
一章:男装令嬢と「ピンクのドレスにご用心」
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☆1.お気楽男爵夫妻の登場

 





「……父上、もう一度仰っていただけますか?」



 大きめの執務机に革張りの黒椅子。

 壁際には書類などを入れるガラス戸の棚と、古ぼけた時計があるだけの小ざっぱりとした内装。

 さして広くもないこの部屋は、セクト家執務室。


 屋敷本来の主は使い慣れた黒椅子に腰をおろし、両肘を付いて微笑んでいる。

 対する自分は、他に座るモノがないこの執務室に椅子持参で訪れたのだが。

 

 腰かけて開口一番に言われた言葉が理解できず、聞き返していた。



「ユリウス、お前に縁談の申し込みがあった」



 父上がニコニコ顔でこちらを見る。



 え・ん・だ・ん?


 

 頭の中で文字を一つずつ噛みしめるように復唱し、同時に青ざめた。

 何を言い出すのかと思っていたら、まさか、こんな話だなんて。

 話を持ち出した当の本人は、こちらの胸の内など察する事なくご自慢の髭を撫でている。



「まあ、最終的に決めるのはお前だが……」

「お断りします!」

「まあ、最後まで聞け」

「お断りします!」

「だから……」

「無理です!」



 いくら父親と言えど男爵の話を全く聞かない。という事は貴族社会ではあり得なかった。

 しかし、この家ではそんな常識は存在しない。



「あら、可愛らしい方でしたよ」



 ふわふわとしたやわらかい声で口を挟んできたのは母上。どうやら自室から椅子を持ってきたようだ。

 背もたれに施されたウサギと同じように小首を傾げながら、こちらを見る穏やかな表情。見た目通り、全く緊張が感じられない。


 三者三様の椅子に腰かける男爵夫妻と自分。


 まるでその椅子と同じように気持ちがかみ合わない事に、なんだか力が抜ける。

 焦っているのは自分だけで、この二人は何にも考えていない気がした。



「可愛らしいって……そもそもどなたですか?」

「ん? ヴァーレイ子爵家からだ」

「……ではなく。誰ですか?」

「子爵家長女、ノア嬢だ」

「アホですか……」


 

 さらりととんでもない事をいってのける父上に、思わず暴言を吐いた。

 この人は重要な事を忘れている気がしてならない。



「俺に縁談は無理でしょう! それはお二人がよく知っているはずです!」

「でも……」

「ねぇ……」



 両親が顔を見合わせて首を傾げる。

 父上は手元にある立派な装丁の本を開き、視線を落とす。

 その動作につられてユリウスも開かれた本に視線を向けると、そこには金髪碧眼の美しい女性が描かれていた。



「相手は子爵様のご令嬢。男爵の立場で、いきなりお断りするのは……」

「……父上から愚息だと言って、なかった事にして頂いたら?」

「子爵様はユリウスの事を気に入っているようだよ」


 

言外に「無理だ」と言う。

 


「『気に入る』って、俺は会った覚えがありませんが」

「ユリウスがいくら大人しくしていようとも目に留まる事もあるんだよ」



 そんなこちらではどうしようもない事を言われ、思わずため息が出た。



「話しの続きだが、まずは今度お茶会に来てくれとのお誘いだ」

「……そこで、令嬢とお話しすると?」

「そういう事だ。まあ、ユリウスは若いころの私にそっくりだ。きっと気に入ってもらえるぞ」

 


 はっはっはと笑う父上に、もう開いた口が塞がらない。

 


 ――――だめだ。



 このまま居たら大喧嘩になる。

 喧嘩になっても最終的にはいう事を聞かねばならない自分の立場。


 喧嘩に勝って勝負に負ける。


 そう、最終的に父上の決定には逆らえない。



「……失礼します」 



 そう言って席を立つ。

 去り際に冷めた視線を送ってみたが、父上はニコリと笑っただけ。

 せめてもの反撃は全く効いていない。


 そんな地味な攻撃は不発に終わり、ユリウスは執務室を後にした。






 自室に戻る廊下を歩きながら、(せわ)しく頭を働かせる。


 子爵が縁談を持ってきた。


 うちみたいな貧乏男爵家に。

 しかも、うちには姉が二人いて絶賛婚活中……のハズだ。

 だからお金だってまだまだかかる。


 そんな貧乏な家に何故、格上の子爵から縁談がくるのか。

 理由はさっぱり分からない……が。


(いや、問題はそこじゃない)

 

 廊下で一人、頭を振った。

 疑問は残るが、その事が些末(さまつ)に感じるほどの重大な事がある。


 ユリウスは自室に入った。

 後ろ手に扉を閉めた後、鍵をかけ、そして一番にカーテンを閉め切る。

 隙間も許さないぐらい閉め切った部屋で、着替えの為、服のボタンへと手を伸ばす。そこで両親のニコニコ顔を思い出し、再度腹が立った。

 

 どう考えてもおかしい。

 

 あそこは笑うところじゃなくて、一緒に困るシーンのハズだった。


 だって。



(二人は縁談を受けられない事を一番よく知っているのに!)



 ユリウスはシャツを乱暴に脱ぎ捨て、衣装棚を思いっきり開けた。

 

 引き戸に備えられた鏡に映るのは、自分の姿。


 普段、肌を露出しないのでその色は白い。

 剣を振るう為、それなりに引き締まっている身体。


 しかし、筋肉隆々に成りえないその身体には胸のあたりをしっかり隠す布当てが巻きつけられている。



(私が、令嬢となんて、最初っから無理!)

 


 ユリウス=セクト。

 男爵家の長男……ではなく。

 三女だった。







お読みいただきまして、ありがとうございます!


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