17.親密の立ち位置
今日は郊外の散策を予定していた。
馬車で揺れられる事、半刻。
城下から離れ辿り着いたのは巨大庭園である。
こちらの庭園は国が民衆のくつろぎ場所として整備している公共施設だ。
程良く手入れのされた芝生では子供が走りまわり、所々に設けられた休憩スペースでは家族や恋人達が談笑している。
もう少し足を延ばせば森が広がっており、今の時期なら涼しくて心地よいであろう。
ユリウスは乗ってきた馬車を降り、礼を告げる。
迎えの時間を伝えると、御者はすぐに二人から離れていった。
まるで、デートのお邪魔はいたしませんよ。私は。とでも、言いたそうだったのが心に痛い。
「ユリウス様、今日はどうしてこちらを?」
ノアは今日の場所を気にしているようだ。
二回目のデートで城下から連れ出すというのは、早すぎるって事?
ユリウスはもっともらしい言葉を探し紡ぐ。
「前回は人が多くて疲れてしまったのではないかなと思いまして」
「……お気遣いありがとうございます。ユリウス様」
実際のところ前回、ノアはよく人ごみに飲まれそうになっていた。
その度にうまく人を避けさせエスコートしていたのだが、結構それが大変だった事を思い出す。
ユリウス自身も、女性の中では大きい方に入るかもしれないが、元が女性なのでどうしてもそういったエスコートはうまくできなかった。
ノアはニコリと微笑んだ。
ユリウスも笑顔を返し、歩みを促す。
二人は隣り合ってゆっくりと歩き出した。
傍から見れば仲睦ましいデートの始まりである。
(この後、どうしよう)
歩き出してすぐの事。
ユリウスは早速、困っていた。
作戦では、ノアと親密にならねばならない。
今日も彼女は日傘を差していた。
白いレースがあしらわれた傘から見えるのは、日よけの為にしてる長い手袋。
ユリウスの視線はノアの様子を窺う事ができずにいる。
嫌われてはいない。
とは、思うものの、では親密かと、聞かれればそれも違う。
友達というにも当てはまらないし、恋人かといわれれば、そう見えなくもないらしい。
それは御者の態度で分かった事だ。
ユリウスはだんだん自分の立ち位置がわからなくなる。
そもそも、女性相手にこういった策を巡らせるには、荷が重すぎたのだ。
ユリウスはクーウェルの言葉を思い出す。
『ユリス、ノアを口説け。キスさせてもらえるぐらい』
キスという単語に身悶えしそうになる。
もちろん本当にする訳ではないが、させてもらえるぐらい親密になれという事だった。
だからこそ余計にわからない。
どう親密になれば、そうさせてもらえるのか。
誰か方法を教えてほしい。
「ユリス! ユリス!」
耳元で小さな声がした。
クーウェルだ。
その姿は見えないが確かに気配がする。
なにか用事があるのか?
それとも何かアドバイスをくれるのかもしれない。
そんな事を思いユリウスは耳を傾け、声に集中する。
「ユリス、手を握れ!」
「ゴフッ」
直球すぎる指示に咳き込んだ。
「ユリウス様?」
ノアが日傘を傾け見上げてきた。
キョトンとしている彼女に「何でもないです」と、答える。
ノアは不思議そうな顔をしたが、ニコリと笑うとまた日傘を元にもどした。
その姿が日傘に隠れるとユリウスは心の中で短く溜息をつく。
(助けてって思ったけど、クーはダメ)
あの何にも包まない物言いは、心に悪い時がある。
こういった場面には不向きだ。
ユリウスは意識を少し背後へと向ける。
近づきすぎず、離れ過ぎず、ちょうどよい間隔を保ちながらついてくる気配。
(フィーに聞いても無駄よね)
見事な尾行術を発揮する王子殿下だか、こういった話は苦手なはずだ。
今までも、恋愛技? の話などフィリップとした事はない。
いや、そもそも男同士でそんな会話をするのが普通なのかユリウスには分からなかった。
いずれにしろ、この窮地を乗り越えるような技?を、初心な殿下から伝授してもらえるとは思えない。
そんな事を考え歩いていると、いつのまにか景色が変わっていた。
遊んでいる子供はおらず、休憩場所にも誰もいない。
よくみれば芝生の合間からは雑草が伸び放題になっている。
明らかに手入れが間に合っていないのだとわかった。
正面を見やれば、遠くにあった森はいつの間にか大きくなり、すぐそばまで迫っている。
近づいた森は遠くで見た印象とは異なり、気味が悪かった。
入口こそ多少の光が差し込んでいたが、その奥は薄暗く見通しが悪い。
まだ初夏だというのにうっそうと生い茂った森は、とても入って見ようとは思わない場所だった。
「ユリウス様、このまま森へ?」
ノアは少し不安をにじませる様な声を出した。
令嬢が人気のない森に入る事をためらうのは当然である。
もちろんこの作戦を思えば人目が少ないのは助かるのだが、そうも言ってられない。
ユリウスは「引き返しましょう」と、提案する。
と、その時。
ガサリ。
森がざわめいた。
ガサガサガサガサガサ……
今度はもっと激しくざわめく。
(なにか、いる)
表現しがたい気持ちが、心を震わせる。
直接、心を鷲掴みにされて揺さぶられているようだ。
これは決して獣の類ではない。
「ユリウス……様」
ノアも何かを感じ取った様で、キュッとユリウスの袖をつかむ。
森の中にリリアが、いる。
そう直感的に感じた瞬間、思わぬ方向から殺気をあてられる。
「ノア嬢!!」
ユリウスは反射的にノアを抱きしめ、右へ飛ぶ。
自分を下敷きにし、ノアが地面に触れないよう抱きかかえる。
ガササッと地面とこすれる音がし、草の香りが鼻についた。
「ユリウス様、あり……」
「掴まって!」
素早く自分の体を起こし、鞘をベルトから引きちぎった。
ガキンッツ!!
鈍い金属音。
剣を抜く暇がなく、鞘で剣を受け止める。
ユリウスは片足にありったけの力を込めて地を蹴る。
後ろに飛ぶ形から体勢を立て直し、抱えていたノアを腕から離す。
「ノア嬢、走れますか」
ノアはコクリと頷く。
その姿を確認し、彼女に背を向ける。
駆ける音を聞き、目の前を見据える。
ユリウスの前にはゴロツキと思しき風体の輩が三人。
「この間の礼をしたくてな。『もやし』」
言葉を発した男には、たしかに見覚えがあった。
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