☆13.真夜中の珍客
手直ししました!12/2
優しくシーツをあけると、手乗り人形ほどの大きさをした小人が胡坐をかいていた。
およそ人を小さくしたような姿は、チョコレート色の髪に飴玉みたいな澄んだ緑の瞳。
背中には薄い羽根があり、ランプの明かりのせいか、ほんのりとオレンジ色に染まって見えた。
「お前、乱暴だぞ」
可愛らしい見た目とは裏腹に、結構粗野な言葉遣い。
自身の何倍もの大きさがある自分に対して怯える様子もなく、むしろエラそうな態度だった。
「部屋に不法侵入しといて、何言ってるの」
こちらとしては至極当然な返答をする。
問答無用で追加攻撃しなかっただけ感謝してほしい。
クーウェルは「ふん」とでも言いたいのかそっぽを向いた。
「ちゃんと話さないと売るわよ。人語を話す虫……」
「この姿を見てまだ虫というか!!」
「だって、蝶みたいな羽根あるし」
蝶は虫だしと言うとクーウェルは頭を振った。
「こんなアホにつかまった挙句、名前まで晒すとは……」
暴言は聞き捨てならないが、素直な反応は好感が持てる。
「だから聞いてるでしょ、クーウェル。貴方は、なに?」
「…………」
「虫じゃないんでしょ?」
クーウェルはコクリと頷き、「俺は」と、言いかけて一瞬ためらう。
本人の中では葛藤が起きているのか、視線をそらしたまま難しい顔をしている。
しかし、意を決したようにこちらを向き――
「俺は、妖精だ!」
「うん。知ってる」
クーウェルの口が、顎が外れたみたいに開き切った。
(なにこの反応!!)
ユリウスは緩み切りそうな頬を無理やり手で押さえた。
童話に描かれている妖精は小さくて、可愛くて、ほのぼのした感じ。
それなのに、クーウェルときたら……
「前に、感じた、気配に、似ていた、から」
笑っては、いけない。
それだけを肝に銘じて言葉を発する。
実際のところ、『妖精の姿絵を見た事あるから。』なんて、答えたら、へそを曲げてしまうかもしれないし、もちろんその姿絵だけで決めつけるわけにもいかなかった。
それに、クーウェルの正体について知っていると言ったのはウソだが、そう思った根拠はウソじゃない。
「前に、似た、気配……?」
先程までのコミカルな雰囲気がサッと隠れた。
感情表現が真っすぐなせいか、漏れ出した心の空気感は重い。
何か、思う事があったようだ。
ユリウスも堪えていた笑いがすっと消えた。
そして、クーウェルが独り言のように「似た気配……」と、呟き、こちらへと身を乗り出して来る。
「前に似た気配! それは、どんな姿をしていた!?」
クーウェルの切羽詰まった質問に、ユリウスは自分の見たあの姿を説明する。すると、彼の顔が悲しそうに歪んだ。
「リリアだ……」
息がつまりそうな声で呟き、頭を垂れる。
しかし、次の瞬間には弾かれたように顔を上げた。
「教えてくれ、ユリウス! リリアは、リリアは何処にいる!?」
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「妖精は本来、姿を晒さない。それなのに何度もやってくるという事は、ユリウスを気に入っているのだと思う」
ユリウスが妖精に遭遇した時の話をすると、クーウェルはそう自分の考えを口にした。
自分としても珍しい妖精から二回も接触があった事を考えると、そうなのか。と、納得してしまうが、ただ、なんで気に入られたのかと言われれば、首をかしげてしまう。
「して、ユリウス。気になるのだが、お前は男か? それとも、女装好きの男か?」
ユリウスは無言で小さな頬っぺたをつまんだ。
「いてててて、折檻だぞ! ユリウス!!」
「クーウェルが失礼だからじゃない」
さっきの暴言は見逃したが、二度目はない。
「じゃあなんだ。お前は男か? 女か?」
「……生物学的には女」
「マジか」
「はたくわよ」
「じゃあなんで、金髪令嬢とデートしている? そっちの……」
ユリウスは不穏な空気を察知して、クーウェルを叩いた。
「いたい。乱暴だユリウス! 本当に女か!」
「人間には人間の事情があるのよ」
(もっともこの事情は私のみだけど)
そんな事を思いつつ、ユリウスはピンときた。
今の会話で出てきた金髪碧眼の女性。それは、フィリップから聞いた話と合致する事があった。
「私がリリアに気に入られた理由。ひょっとして、金髪碧眼の令嬢に変装していたから?」
クーウェルは頭を振った。
「リリアは金髪令嬢に変装したユリウスも、男装したユリウスも同一人物だとわかっている」
ユリウスが「どうして?」と、問う前にその解答が言い連ねられた。
曰く、妖精は香りで個人を特定できるらしい。
その為、見た目をいくら変えようとも誤魔化せないそうだ。
ユリウスは当てが外れてしまい、首を傾げる。
予想が当たっていたら接触しやすいと考えていたのだが。
しかし、それは思わぬ言葉で解消された。
「ユリウスにリリアの香りが強く残っていた。きっとまた会いに来る」
なぜか気に入られて、また相手から会いに来てくれる。
理由はやっぱり分からない。
ただ、この際考えても分からない理由は置いておくしかないだろう。
「……その時に俺もリリアに会う。だから、ユリウスのそばにいる」
クーウェルは言いたい事を言い終えたのか、コロンと寝転がった。
胡坐をかいたまま、ころころする姿はなんだか愛らしい。
身体が小さいだけで、殆ど人間と変わらないのになんだかズルイ気もする。
ただそれでも。
この素直すぎる性格はからかい甲斐がある。
ユリウスはニタリと意地悪な笑みを浮かべた。
「ねえ、クーウェル」
「なんだ、ユリウス」
「リリアってクーウェルの何? 恋人?」
いきなりの質問にクーウェルが飛び起きた。
「バ、バカ! 人間は恥じらいがないのか!」
慌てて言葉を紡ぐ姿が可愛らしい。
少し、マリーの気持ちが分かった気がする。
「かなりご執心じゃない? 人間のそばまでやって来て探すぐらいだから」
からかいのスイッチが入ったユリウスはニヤニヤと笑いながら尋ねる。
そんなユリウスの顔を見て、クーウェルは露骨に嫌そうな顔をするが。
「リリアは……幼馴染みだ」
と、律義に答える。
(おっと、でた。幼馴染み)
これをマリーに話したら、幼馴染み恋人論にますます拍車がかかる気がする。
「ただの幼馴染みにしては一生懸命さがすごいんですけど」
「…………」
クーウェルの表情が沈んだ。
「クーウェル?」
「リリアは大事な人だ。でも……」
ぎゅうっと拳を握るクーウェルに、からかってはいけない事情がある事が窺えた。
ユリウスはそっと、クーウェルの頭をなでる。
「ごめん、クーウェル。ちゃんと協力するから」
ユリウスは枕元にフワフワのタオルを敷いて、クーウェルを降ろす。
今にも泣きそうな顔をしているその姿を見ない様に、自分も眠りについた。
「ユリウス。朝だ。起きろ」
小さな声だがハッキリと聞こえる。
その声は昨日出会った妖精クーウェルの声。
(夢、じゃなかったんだ)
寝惚けていたつもりはないけれど、現実味を帯びた夢を見た時だってある。
だから昨夜の不思議な出会いが、夢であってもおかしくはなかった。
そんな事を考えながらユリウスはうっすらと目をあけてみる。
すると、クーウェルが手の平で足踏みをしていた。
僅かにかかる重さがなんとも心地よい。
まるで、マッサージしてもらっているみたいだった。
「ユリウス、協力すると言っただろ? 起きろ」
今度は、こちらに背を向けて指を引っ張っている。
引っ張られているの小指だったが、それでも重いのか時々よろめいていた。
(それで起こしているつもり?)
そう思うと、ワザと寝たふりをしたくなるのは自分だけではあるまい。
そんなイタズラ心の芽生えたまま、しばらくクーウェルを放置していると、
「ユリウス」
耳元で名前を呼ばれ、背中がぞわぞわっと来た。
慌てて身を起こすとクーウェルがニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「なんだ、耳元で囁くと起きるのか。いい事を知った」
「次やったら反射ではたくかもよ」
「相変わらず乱暴だ」
「クーウェルが私を怒らせるからよ」
ユリウスは朝から反応がいいクーウェルを見た。
その姿はまるで、当の昔から起きてます。お前は寝過ぎだ。とでも、言わんばかりに、エラそうに踏ん反り返っていた。
「ところで、ユリウス。お前の名前は長い。ユリスでいいか?」
「一文字しか変わらないじゃない」
「大きな違いだ」
「なら、クーウェルのことはクーでいい?」
「いいぞ、ユリス」
「しょうがないな、クー」
ユリウスはクーウェルの相手をしつつ、手早く身支度を済ませた。
今日は、早く登城しようと思って。
「どこいくんだ?」
「ん? 偉い人のとこ」
ユリウスはこの小柄な珍客を早く紹介したくてたまらなかった。
今回もお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




