☆12. いたずらの後遺症と
手直ししました!11/10
「どうかなさいましたか? ユリウス様?」
男爵家ダイニング。
先ほど帰宅したユリウスは食事をしていた。
いつもなら屋敷の皆と囲む大きなテーブルに今日は一人きり。
それは帰宅が遅くなると分かっていた為、先に食べてもらったからだ。
温めなおされたスープに匙を入れ、くるりと回す。
すると重みで沈んでいた具がふわりと上がってきては、また沈んでいく。
それはまるで今の自分のようだと考えると、また顔が火照ってきそうなので慌てて心を鎮める。
「ユリウス様?」
名を呼ぶ声にハッと気づき、声の聞こえた方へと視線を移す。
するといつの間にか傍に来ていたマリーが怪訝な顔つきでこちらを見ており。
「……ひょっとして、恋い煩いですか?」
どんがらがっしゃん。
まるで絵本よろしくのコミカルな音を上げ、ユリウスはイスから落っこちた。
不意打ちで食らうには耐性のない言葉に「マ、マリー!!」と上ずった声を出すと、マリーは「図星ですか? ユリウス様!」と、きゃあと言わんばかりに嬉々とした表情を浮かべる。
「やっぱり、フィリップ殿下ですよね? それとも、第二殿下? もちろん第二王子様?」
どれも同じである。
「…………」
「え? いつもと反応が違うじゃありませんか!! 今度こそほ……」
「……違う」
「え? じ、じゃあ、まさか、ヴァーレイ子爵令嬢……」
「ちがうって!!」
話が怖ろしい方向に飛び火しかけたので、慌てて消火する。
(全く、なんでそうなるかなぁ……)
相変わらずのぶっ飛んだマリーの思考に思わず溜息が出る。
彼女は何かと自分とフィリップをくっつけたがる。
理由は幼馴染みだからとか。
その根源は彼女の持つ大量の文庫本の影響だったりするのだが、それだけの理由でそういう事になるのなら国際結婚とか絶対存在しないと思うんだけど。
しかもその通りなら、人口密集地はどうするんだよ。
幼馴染みが沢山いたら、それこそ泥沼ではないか。
(幼いころから泥沼って、怖すぎるんだけど)
「ユリウス様、何震えているのですか?」
「誰のせいだよ……」
どうでもいい想像の原因に視線を送る。
しかし、マリー自体は気にした様子もなく。
「じゃあ、どうされたんですか? ユリウス様」
どうやら振り出しに戻っただけのようだった。
「任務の事を考えてた」
ユリウスはぼんやりしていた理由を言った。
完全な嘘ではないが本当でもない。
自身の任務内容については秘密が義務付けられており、それはマリーも知っているのでこれ以上は詮索される事もない。
ただ。
(恋煩い。ね……)
自分のぼんやりがそうとは思わない。
マリーからみれば、『最近フィリップと何度も仮面舞踏会に参加している。しかも女装で』と、いう事が事実としてあって。
そんな事があったからこそ、恋い煩いに見えたのかもしれない。
ユリウスは右手を見る。
マリーが何かと世話を焼いてくれるおかげもあり、辛うじて白さは保たれている自分の手。
ただ剣を握ったり馬の手綱を取る為、その手のひらは堅い。
そんな右手に何が残っている訳でもないが、思い出すと体温が上がってくるのを感じた。
任務中に起こった事であるが、任務とは直接関係ない『ぼんやりの理由』。
「ユリウス様! 右手がなにか!?」
(目ざとい!)
視線を少し右手に移しただけで気づくなんて。
マリーの素質は侍女以外にも役立ちそうな気がした。
しかしながらユリウスだって仮面騎士のはしくれ。
これ以上マリーに踏み込まれるわけにはいかない。
「ん? 右手がなに?」
平然とユリウスはとぼける。
感情を表に出さず、さも何事もないように。
マリーは不満げな表情をしたが、言葉自体は出てこない。
これ以上詮索しても何も出てこないと分かったのだろう。
ユリウスは席を立ち手をひらひら振った。
マリーには悪いけど、この事は秘密にしておこうと思う。
(これは、フィーが悪いんだ)
冗談だとわかっている筈なのに、乗っかってくるから。
こちらがからかったつもりだったのに逆にからかわれて腑に落ちない。
なのに、思い出すとまた身体が火照ってくる。
そうこれは恋煩いなんかじゃない。
ただされた事のない挨拶にびっくりして心が追いついていないだけ。
そう思っても火照ってくる身体がマリーに見つかってしまうのではないかと思い、ユリウスはこっそりと右手を包み込んだ。
その夜、ユリウスはかすかにうごめく何かを感じた。
最初は当てもなく動き回っているように思えたが、次第に見当をつけて動くようなそぶりを見せ、まるで物色しているかのようだった。
……物取りか。
一瞬そんな事が頭をかすめたが、それにしてはいろいろと足りない気がした。
罪人が持つ特有な悪意はもちろん、悪事を働く事やその結末に怯えるような不安、そして、物音すらなにもない。
そんな一切の気配を感じる事はないのに、ただそこに何かがいる事だけが分かる不思議な感覚。
「……ア」
微かな声が聞こえた。
ユリウスはまどろみの中、声が響く場所を探し始める。
「……リア」
もう一度、声。
「リリア」
ハッキリと聞こえた声にユリウスは目をカッと見開き、そして腕を思い切り振った。
「ぎゃふんっ!」
可愛くない悲鳴が傍で聞こえる。
腕には殆ど感触がなかったが、どうやらそれに直撃したようだ。
暗がりの中、ユリウスはベッドの上をジッと見つめる。
すると徐々に目が慣れてきて、そしてモゾリとなにかが動いたのを見た。
瞬間、背中がゾワワっとして慌ててシーツをひっぺがし、それを包んだ。
モゾモゾ動いているが姿を暗がりで確認する勇気もなく、ユリウスは枕元のランプを付けた。
しばらくの間、シーツを巾着のように持ち上げて、中にいるそれを眺める。
中のそれは手のひらサイズ程だろう。
手足と思われるものが、八本……。
「って、デカイ虫!?」
「ちがうわ!!」
どうやら、虫? は人語を話すらしい。
「人語を話す虫……売れそうね」
「いやいやいや人の話聞こうよ」
「私、虫嫌いなの」
「虫じゃないと言ってるだろ!!」
虫(仮)はシーツをドンドンと叩き、(見た目ではふわりと揺れるだけ)こちらへと抗議しているようだが、さすがにそれだけでシーツを開く気にはならない。
「ほんとに?」
「ああ。ホントだ」
テンポよく返される言葉に「じゃあ、何?」と、問えば、急に黙り込んでしまった。
「ふぅん。話したくないのね」
「…………」
ユリウスはニヤリと笑う。
こういう分かりやすい相手は得意だ。
「『リリア』」
「!!」
シーツの中身が強張ったのが分かった。
「あなたが、話をしてくれたら、力になれるかもよ」
「……人間が?」
こちらの言葉に少し心を動かしたようだ。
その様子にユリウスは虫(仮)にとって、良い条件である事を示す。
「私、これでも偉い人と知り合いなの。それに、私自身も腕に覚えがあるわ」
「…………」
「どうする?」
一拍した後、「話す」と返事があった。
「……ただ、その前に」
「その前に?」
「顔をしっかり見せてくれ」
「シーツを開いたら逃げるじゃない」
「逃げない」
「どう証明する?」
「……俺が力を借りたいと思ったから」
「それじゃあ証明にならないわ」
ユリウスの言葉に虫(仮)は、沈黙した。
(さあ、どうする?)
ユリウスはこの虫(仮)の正体に思い当たることがあった。
ならば欲しい証明は一つ。
「……クーウェルだ」
シーツの中から静かに声が聞こえた。
人ならざる者が、自ら名前を明かす――――
それは、相手を信用した時のみ。と伝え聞く。
ユリウスはニッと笑う。
「私はユリウス。ユリウス=セクト」
今回もお読みいただきましてありがとうございました!(*^_^*)




