☆10.妖精と魔法
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「接触しただと?」
「はい、殿下」
いつもの部屋にて。
ユリウスは昨日の報告をしていた。
ひったくりを取り押さえた後、仮面舞踏会で聞いた同じ声を耳にした事。
その姿が、深い緑のローブを着た者である事。
肌、口、髪の色などの特徴を伝え、最後にその異質な者が周りに認知されていないように感じた事などのすべてを。その上で。
「殿下、そろそろ教えてくれてもいいのでは?」
未だに事の詳細を聞かされていないユリウスは、今日この場ですべてを話してもらうつもりで、フィリップを部屋へと呼んでいた。
舞踏会では姿を見る事さえできなかったが、昨日見たその姿は、異質な者。
今後、関わるなら相手の情報は欲しい。
当然の要望であった。
「たしかに。そろそろ伝えようとは思っていたんだ」
そう言うと、フィリップは少し思い起こす様な間をあけ、おもむろに話を始めた。
「初めて報告が上がったのは、一年ぐらい前になる」
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始めは単なる噂のようなものだった。
「妖精の悪戯?」
フィリップは目を通していた書類から顔を上げ、報告してきた護衛騎士を見やる。
「はい、殿下」
返事をしたのは、護衛騎士ミラー。
自分付き護衛騎士になってから約五年。信頼を置いている騎士の一人だ。
フィリップは反乱、暴動など不穏な動きを早めに掴む為、多方面から情報を集めている。
その中には、民の不安、要望、噂話なども上がってきていた。
「ひとところではなく、様々な場所で怪奇現象が起こっているとか」
「ふむ」
返事をし、先を促した。
「起きている内容は、物がなくなったり、動かされていたり、囁きを聞いたりと、大きな実害を伴っているわけではありません」
「物がなくなるのは物盗りのせいではないのか?」
「たしかに。最初はその様に思われていたようですが、とても人の為せる状況でなかったとか」
「……人が到達不可能とか、痕跡が不自然という事か?」
「はい殿下のおっしゃる通りで、痕跡なくして到達できるとは思えない場所で起きたり、そもそも痕跡がない又は不自然であったりと聞き及んでおります」
(痕跡がない。か)
気味の悪い話である。
「このような状況から、民は『妖精が悪戯をしている』と、噂しているようです」
ミラーは報告を終え、口を閉じた。
妖精自体は世界のどこかに住んでいるらしい事は知っている。
ただ臆病で人見知りである為、人々の前にその姿を現す事は殆どないと言われていた。
ごく稀に妖精と懇意になる者がいて姿絵が残っている。
その為、風貌たる物は想像できるが、どういった性質の者かは解りかねた。
ただ、時折上がる噂や童話などで、悪戯好き、信頼した相手にしか名前を晒さない、懇意に思った者を助けるなど、随分好き勝手な性格だとフィリップは思っている。
「その様子だと、妖精自体の姿を見た者はいないんだな?」
確認の為問うと、「はい」と返事があった。
その予想通りである返事に、フィリップは目を閉じ考える。
ただ、今すぐできる事はないと頭の中で決済を下し、そのままを口にした。
こうして妖精の件は引き続き監視をするものの、続報が上がる事はなかったのだが――……。
時は流れ、一か月前――――
「殿下、妖精の件です」
日々の業務に追われ、すっかり頭の隅に追いやられていた単語にフィリップは顔を上げた。
声の主はミラーである。
「今度は妖精に魅入られた者がいるとか」
(悪戯の次は魅了か)
人ならざる者の考えはよくわからない。
「魅入られたとは?」
「はい、どうやら魅入られた者は成長速度が極端に遅くなるようです」
「なに?」
悪戯の域を超えている事態にフィリップは声を上げた。
「まだ、詳細は調べている途中ですが、どうやら気に入った子供に魔法をかけているようです」
「魔法……」
世界には魔術師という不思議な術を操る者がいるらしいが、そんな術を使える者は、この国にはいない。
我がアスタシア王国は剣の国である。
「成長が遅いと、いうのは病などではなく?」
「その可能性も否定できませんが、伝染する事はない様です」
「根拠は?」
「成長が鈍化した子供を育てている、家族、周りにいる者に同じ症状が見られないからです」
「経過年数は?」
「聞いている情報ではおよそ五年。との事です」
五年。
十分とは言えないが、長い時間である事はわかる。
「念のため、隔離か」
「そう、ですね」
フィリップは歯切れの悪いミラーに視線を向けた。
その視線を受けミラーは困ったように笑う。
「やはり、そうされますよね。と、思ったのです」
「……当然だと思うが」
「はい。ただ、私の様に考える者は多くいるという事です」
フィリップにはミラーが何を言いたいのか予想できた。
しかし、口に出すよう視線で促す。
「バレれば隔離。よって、隠す。と」
「なるほど……な」
ミラーは言外に把握していない魅入られた子供がいるといっている。
子供のうちなら年を誤魔化すのは簡単だろう。
女児なら早めに成長が止まってもおかしくはない。
「わかってるな」
秘密裏に探せと言う。
「御意」
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フィリップの話を聞いて、ユリウスは嫌な汗をかいた。
人ならざる者。
昨日見たあの姿はそう感じたからだ。
だからこそ、違和感がある。
「妖精には見えなかったな」
ユリウスはあの人ならざる者を思い出す。
深い深い緑のローブを纏う、不健康にまで白い肌。
その肌の色に合わない程の赤い唇。
(……どちらかというと魔女だ。あれは)
「まあ、不思議な現象を称して『妖精の悪戯』と、しているから」と言う、フィリップの回答に妖精もさぞかし迷惑だろうと思った。
「ただ、妖精にしろ魔女にしろ不思議な術を使うらしい事には変わりがない」
たしかにその通りだ。
ユリウスが見た魔女は周囲から見えていないようだった。
それは人がなせる業ではない。
「まだ内容が不確定すぎて、話せなかった。すまない」
話し終えたフィリップは謝罪を口にした。
ユリウスは「うん、話してくれたからいいよ」と答えつつ、聞いた情報を頭の中に収める。
始めは、物を盗ったり、動かしたり、囁いたりの悪戯。
次に、成長を鈍化させる魔法。
『お姫様の時間は戻ったのね』
これは、舞踏会で聞いた言葉。
『お姫様の時間を戻してあげないの?』
こちらは、昨日聞いた言葉。
人ならざる者から聞いた、二つの言葉はいずれも時の流れに関わる言葉が入っていた。
護衛騎士ミラーからの『気に入った子供の成長速度を鈍化させる』という、報告に関連性を感じる。
ではなぜ、舞踏会では『時間は戻ったのね』なのか。
そして、昨日は『時間を戻してあげないの?』なのか。
さらに忘れていはいけない言葉。
「フィー。『お姫様』って、誰?」
ユリウスの問いを聞き、フィリップは驚いた表情を浮かべる。
そして、片肘をテーブルつき頬を乗せた。
「お前には敵わないよ、ユウリィ」
面白いものを見たように笑うフィリップ。
どうやら、まだ話は終わっていないようだ。
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