☆9. 飴玉デートと再見
軽めの戦闘シーンがあります。
苦手な方はご注意ください。
☆手直ししました!☆
ユリウスは待ち合わせの場所へ向かって歩いていた。
男装しているので日傘や帽子、もちろん手袋もしていない。
持ち物といえばサイフ、ハンカチ、腰に帯びる剣という最小限であり、そして、贈り物も持っていなかった。
『デートなのだから、プレゼントがいるのでは?』
と、言ってみたのだがマリーに『惚れさせてどうするんですか!』と、力説され、今日は何もなしである。
たしかに、万が一にも惚れられたら困るのだが、何もないというのも悲しい。
かと言って、花束を買い求めても、散策の邪魔になる。
宝石類やアクセサリーとなると好みもあるし、なにより子爵令嬢が身につける様な高価な品をポンポン買えるほどユリウスに甲斐性はなかった。
そんなわけで、本当に手ぶらなまま通りを歩いていると、こじんまりとした可愛らしいお菓子屋さんを見つけた。
(新しくできたお店かな)
ユリウスは何気なく立ち寄り、小さなお菓子を買い求めた。
早足で歩みを進め、待ち合わせ場所に到着する。
余裕をもって屋敷を出たのだが、寄り道をした為少し焦っていた。
やっぱり女性を待たせるなど言語道断なので、まだノアが来ていない事にホッと胸を撫で下ろす。
待ち合わせ場所はメインストリートにある噴水広場で、自分たち以外にも多くの人々で賑わっていた。
「ユリウス様」
一息ついていると、声がかかった。
振り返ると薄黄緑色のドレスに身を包んだノアがにっこりと笑っている。
相変わらずフワフワしたお花の様な散策用ドレス。
今日はドレスの色が、緑系なので新緑に囲まれた一輪の華というところだろうか。
「今日も綺麗ですよ、ノア嬢」
正直に伝えると、はにかんだ様に微笑みながら、「ユリウス様も素敵です」と、返された。
これは男だったら身悶えるに違いない。
ユリウスは心の中でノアに謝罪した。男装女でごめんと。
(それにしても)
ユリウスは自分のスカーフを見た。
若草色である。
(なんか、ペアルックみたいなんだけど)
やっぱり、青系にした方がよかっただろうか?
「スカーフ……青だったら嬉しかったです」
「え?」
一瞬、心の中を覗かれたのかと思い驚いてノアを見ると、彼女は恥ずかしそうに目線をそらし、「い、いえ、なんでもないです」と、小さな声で言った。
(スカーフ、自分と違う色がよかったんだよね)
かぶってごめん。
ユリウスは再び心の中で謝罪した。
(ノア嬢もペアルックは恥ずかしいよね)
自分がノアだったら、恥ずかしくて街なんて歩けない。
やっぱり、自分の直感を信じて青にしておけばよかったかも。と、思う。
「ユリウス様、今日はどちらに?」
ノアのクルリとした碧い瞳に問われて、はたと思い出す。
今日は自分がエスコートしないといけない。という事に。
「そ、そうですね。街を散歩して、いいお店があったら、お茶でもと……」
話していて、自分のデートプランが薄い事に涙した。
(だって、エスコートする事なんて今までなかったし!)
女性はどういった場所に連れて行ってあげたら喜ぶのか。
仕立屋、宝飾店、菓子屋……どれもありきたりの物しか思い浮かばない。
自分に当てはめたらどうだ?
遠乗り、武具店、菓子屋……。
(…………)
かろうじて、菓子屋が合致したので良しとする。
「ユリウス様?」
ノアに呼ばれ、意識を彼女へと戻し微笑む。
「で、では、行きましょうか?」
「はい」
とりあえずデート開始である。
「疲れていないですか?」
そう声をかけたのは、人通りの多いマルシェを横切ったあと。
今日も、城下は大勢の人々で賑わっている。
日にちや曜日で若干込み合っている場所や時間帯が変わるものの、城下には常に人々の往来があるからだ。
「大丈夫です。ユリウス様」
ニコリと笑うノアは、閉じていた日傘を優雅にひらいた。
ドレスを着たノアを人ごみの中エスコートするのは、なかなか骨が折れる。
それは自分が令嬢生活を面倒だと思う理由の一つであった。
ユリウスはノアの日傘へと視線を向ける。
この時期から日差しの弱まる秋口まではずっと使用しなくてはならない日傘はどう考えても面倒だと自分は思う。
傘を使うのは雨の日だけで十分。だって、晴れの日まで使っていたら、年中傘とお友達ではないか。
(ええ。わかってますとも)
そんな事を考える自分は令嬢力が低い事を。
ユリウスは自分の令嬢力の低さを再確認しつつ、ノアの日傘を優しく取る。
触れた手が少し冷たかったのは、ずっと日傘を支えていたせいだろうか。
「手が疲れてしまうでしょ? 私が持ちますよ」
スプーンより重たい物を持った事のなさそうな腕を見る。
ほっそりとした白い腕が、ますます儚い印象を与えた。
少なくとも自分は剣を扱い、長時間馬にも乗るので腕力には自信がある。
そんな軽い気持ちで傘を取ったのだが。
「あ、ありがとございます……。やっぱり、お優しいですね」と、真っ赤になって言われてしまった。
内心冷や汗が出た。
さすがに自分でも今の反応で好感度が上がった事ぐらいわかる。
(いやいやまずいよ自分)
エスコートするのに必死すぎて、なんだか事があらぬ方向へと進んでいる気がする。
肝心なのは、自分がフラれないといけない事。
これ、重要。
今さら傘をつき返す訳にも行かずフラれプランを考えていると、丁度良いアイデアが頭に浮かんだ。
「ノア嬢。お菓子食べませんか?」
その名も『令嬢に立ち食いを進める男!』作戦である。
ユリウスは待ち合わせ前に買い求めた飴玉を、腰に巻いてあるポーチから取り出した。
赤、青、黄、緑、白、橙などなど。
小粒の宝石のようにキラキラしている飴玉を差し出す。
案の定、ノアは困った顔をした。
(よし。空気の読めない田舎男爵って思ったかな)
困ったノアの様子にしめしめと思いつつ、ユリウスは「召し上がりませんか? では、私は失礼して……」と一声かけ、青い飴玉を取る。そして、そのまま口の中へと放り込んだ。
途端、ノアの顔が爆発したように真っ赤になった。
その変化の意味が分からず唖然としてノアを見つめると、彼女はますます頬を染め、それを隠すように両手で顔を覆い首を振るではないか。
意味はさっぱり分からないが、自分が何かしてしまった。と、いう事だけは分かり、「すみません。なにか、気に障る様な事を……」と、謝罪をする。
するとノアは、「い、いいえ。わ、私の方こそ取り乱してしまってすみません」とピンク色に染まったままの顔で答えた。
微妙な空気のまま、二人で軽く食事をして、また散歩を開始。
結局ノアが何に反応したのか分からないままでモヤモヤしている、そんな時、事は起こった。
程良く人が行き交う場所で女性の悲鳴が聞こえたと同時に「ひったくりだ!!」と、怒声が上がる。
ユリウスはノアを庇うように道の端に寄り気配を探ると、人ごみを割るようにして男が走ってくるのが見えた。
大柄な男で、誰も止められなかったとわかる。
「どけ!! 邪魔だ!!」
大声を上げながら走る大男に住民は慌てて避けるか、突き飛ばされるかどちらかだった。
反射的にユリウスはノアに声をかけ、男の進行方向へと躍り出る。
「もやし! 邪魔だ!!」
ユリウスは『もやし』と呼ばれた事に片眉を動かした。
男装するのに自分が小柄である事はわかっていて。
しかも、こんな大柄な男から見れば余計に小さいと感じる事も分かった上で、カチンときた。
ユリウスはニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる。
(じゃ、その『もやし』に倒されてみよっか)
街中での抜刀は非常時以外、許されない。
が。こんな相手に剣など必要なかった。
走り迫る男の前に立ちはだかるユリウス。
男が太い腕でユリウスを薙ぎ払おうとしたところ、ギリギリの位置でかわす。
大きくあいたその胸に肘を構え、ユリウスは当て身を食らわせる。
走っていた勢いもあり男の鳩尾に深く決まった。
「ぐふっ」っと、言う聞き苦しい声を耳にしながらバランスを崩した男の足を払う。
男は無様に転倒する。
そんな男にユリウスは間髪入れず背中を押さえ、両手をねじり上げた。
(はい、一丁あがり)
殿下の騎士を舐めないでほしい。
「いててててててて!!!」
ユリウスは男のうめき声を無視し、周りの人を見回す。
「どなたか、衛兵を呼んでいただけませんか?」
ユリウスは何事もなかったように伝えた。
周りのどよめきと歓声。
普段薄く生活している為こんな風に目立つ事はないし、本来は避けねばならない。
ただ、自分にだって言われたくない事の一つや二つはあり、その中の一つは『頼りにならなさそう』な表現である。
フィリップの護衛騎士として、頼られる存在になりたいユリウスは『頼りにならなさそう』な表現を嫌う。かといって、こうも怒りの沸点が低いのは反省しなくてはいけないのだが……。
(まあ……どの道、ひったくりは捕まえないといけなかったし……)
内心言い訳をするが、本来はもっと目立たないようにしないと。
という事は十分理解していた。
ユリウスは衛兵に犯人を引き渡しノアを探す。
小柄な彼女を見つけようと辺りを見回すと、人と人の隙間から金色の髪が見えた。
背丈を考えると恐らく本人だと思い、声をかけようとすると――――
「お姫様の時間を戻してあげないの?」
自分の声に囁きが重ねられた。
仮面舞踏会と同じ声。
ユリウスが振り返ると、人ごみの中、異質な姿を見つける。
明るい日の下を歩くには不似合いの、深い深い緑のローブ。
フードの隙間から見えるのは怖ろしいまでの白い肌に、キュッと結ばれた赤い唇。そして、黒よりも暗い漆黒の髪。
何よりも違和感を覚えるのは、周りの人がその存在を気にしていないところ。
(見えて、いないのか?)
得体のしれない相手を見つけ、冷や汗が背中を伝う。
ユリウスは一歩足を前に出す。しかしその一歩はとても小さかった。
(……っ!!)
捕えねば。と、そう思い、駆け出すハズの足が重い。
自分が躊躇しているのだと気付くのは当然だった。
「ユリウス様!」
名前を呼ばれ、緊張が緩む。
振り返るとノアが近づいてくるところだった。
ユリウスはノアに曖昧な笑みを浮かべ、視線を戻すが……
すでにあの姿はなく、自分の瞳はいつもの日常しか映し出さなかった。
今回もお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)
作中の補足です。
このお話の中では、相手の瞳と同じ色を身につけたりするのは自分に好意を持ってほしいと示しています。
この前提がある上で、ノアがユリウスの食べた飴玉に反応するシーンについて。
ユリウスが食べたのは青い飴玉。
それを見て深読みしたノアは顔を爆発させたんですね☆
ちなみにユリウスはそういった隠された意味とか隠語には全く興味が無い為、知りません。




