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妖奇譚

人魚

作者: 羅知火 夜鷹

凄まじい嵐の、次の日。

漁師たちの網にかかったのは、見たこともない魚だった。


それは、確かに魚なのだが、魚ではない。

上半身が、自分たちと同じ人間の形をしていたのだ。

だが、人間でいう脚のある部分・・・下半身には、魚の尾鰭が。

よく見れば、上半身の部分部分にも、鱗らしきものが存在している。

大きさは、人間の赤子くらいだろうか。

人間の形をとっている上半身も、まだ生まれたての赤子のように思える。


魚なのか、人間なのか、よく分からないソレ。

ソレをどう呼んでいいのか分からず、漁師たちはとりあえず、「サカナ」と呼んでい

た。


サカナをどうすべきか、漁師たちは悩んだ。

このサナカが、他の魚同様に食べられるのかが分からない。

かといって、海に帰していいのかも、分からない。


漁師たちは村で最も物知りな老人を訪ね、このサカナがなんなのかを尋ねることにし

た。




老人はサカナを見て、目を丸くした。

そして、声を荒げた。


「これは人魚だ、早く海へ帰すべきだ」



老人曰く、サカナは人魚、と呼ばれる存在で、海の神に愛されている海の生き物らし

い。

老人の言葉を信用している漁師たちは、サカナを海へ帰すことにした。




それを、じっと見ている老夫婦がいた。

老夫婦には子供がなく、子供を欲していた。

そして、偶然漁師たちが引き上げたサカナは、老夫婦が望んでいた子供、まさにそれ

だったのだ。


老夫婦は漁師たちに駆け寄り、サカナを海へ帰さず、自分たちの子供として育てさせ

てほしい、と懇願した。


漁師たちは渋ったものの、老夫婦があまりにも必死に懇願するために、サカナを老夫

婦へと預けることにした。

絶対に大切にするように、と条件を出して。





老夫婦はサカナを家へと連れ帰り、目に入れても痛くないほどに愛した。

何せ、長年望み続けてきた、子供が手に入ったのだ。

愛さないわけがない。

サカナは老夫婦の愛を一身に受け、これ以上となく幸せに暮らし、成長していった。


唯一、どう願っても許してもらえないことがあるとすれば、それは外に出ることだろ

う。


老夫婦は、漁師たちがサカナを海に帰そうとしていたことを知っている。

それが、村一番の物知りである老人の言葉ゆえであることも。

きっと、老人はサカナがまだ村にいると知れば、どんなことをしてでもサカナを海に

帰そうと・・・老夫婦から、最愛の子供を奪おうとするだろう。

老夫婦はそれを恐れたがゆえに、サカナを家に閉じ込め、村人との接触を禁じたの

だ。




だが、禁じられれば禁じられるほど、その禁を破ってみたくなるものだ。


それは、人間ではないが、人間として育てられたサカナもまた、同じだった。

家の塀の向こうを見ようとするも、魚の尾鰭を脚として持つサカナには塀の向こうを

覗くことはおろか、歩くことすらできない。



塀の向こうに広がる未知の世界に心を馳せている毎日。

それが、唐突に終わった。


それは、一人の少年の訪れ。

おそらくはサカナと同い年か、少し上ぐらいだろう。

少年は悪戯でサカナのいつも見つめていた塀を乗り越え、家の中へと入ってきた。


「あ・・・っ」

「っ・・・!?」


目があって、呼吸が止まったような気がした。

ドキドキと心臓が高鳴る。




サカナははじめて、恋というものを知った。





それ以降、少年はほぼ毎日サカナのもとへと訪れるようになった。

今まで憧れてきた、外の世界を知る少年。

少年に、少年から語られる外の世界に、サカナは強く惹かれていた。


いつか、自分もまた外の世界へ、と。

そう、本心から望んでいた。




なのに、それなのに。


彼女は、少年に裏切られた。




少年は、サカナのことを不気味に思っていたのだ。

そして、それゆえに、陰で化け物、と罵っていたのだ。


少年ははじめてサカナを見つけた際、その存在に驚いた。

驚きとともに、不気味さを感じたのだ。


自分たちとは異なる、魚の尾鰭を脚に持つサカナが。

自分たちとは異なり、身体に鱗をもつサカナが。

自分たちとは異なる、バケモノのようなサカナが。


サカナがとても恐ろしい異形だと、少年の本能が告げていた。



少年はある日、老夫婦の元を訪れて、言った。


「あなたたちがバケモノを匿っていると知っている。早く手放さないと、きっとあな

たたちが不幸になる」



老夫婦はサカナはバケモノではない、自分たちの可愛い子供だ、戯言を抜かすな、と

怒りを露わにし、少年を追い払った。


少年は老夫婦がサカナに騙されているのだと思い込んだ。

そして、老夫婦をサカナから助けようと、他の村人に、言ったのだ。


「老夫婦の家にバケモノがいる。老夫婦はバケモノに騙されている。バケモノを殺し

て助けなければ」



少年の言葉を、村人たちは信じてしまった。

老夫婦がサカナを家に閉じ込めておくために、あまり家の外へ出たがらないことを、

不審に思っていたから。





老夫婦の家を、村人たちが囲う。

口々にバケモノを出せ、殺せ、と訴える。


老夫婦は震えながらも、現状が理解できず、それでも途方もない恐怖に鬩ぎたてられ

て震えるサカナを抱きしめた。

絶対に子の子を守ろう、そんな意思があったからだ。



どれだけ訴えても家から出てこず、バケモノを出さない老夫婦に、村人たちは怒りを

露わにしだした。

そして、老夫婦はすでにバケモノの配下で、村を滅ぼそうとしているのだと思い込ん

だ。


老夫婦も殺さなくてはいけない、殺さなくては村が危ない。


村人たちは武器を振り上げ、無理矢理家に押し入った。

家中を探し回り、部屋をいう部屋を漁る。

中には金品を盗むものまで現れた。

だが、それを咎める者はいない。

家具を破壊し、食べ物を打ち捨て、家の中を荒らしつくす。


そして、老夫婦とサカナのいる部屋に、押し入る。


「いたぞ、バケモノどもだ!!」


声が上がる。

老夫婦は意味も分からず震えるサカナを抱きしめて、声を上げる。


「どうか、どうかこの子だけは助けてください。わしらは殺して構いませんから。ど

うか、この子は元の世界へ・・・海の世界へ帰してやってください」


老夫婦には助けを乞い叫ぶしか、手がない。


「駄目だ駄目だ! そのバケモノこそが村の最悪なんだ、殺さなくては村が滅ぶ!」


だが、村人たちは聞き入れない。



わけもわからぬ恐怖で声も出ないサカナへと、サカナを庇う老夫婦へと、村人たちは

武器を突き付ける。

そして、誰からとなく、手にした武器を、振り上げてきて・・・・・・



















動かなくなったサカナたちを見て、村人たちは歓喜の声を上げた。

バケモノを倒したぞ、これで村は安泰だ、と口々に声を上げる。


サカナたちの死骸は、海に捨てることにした。








波間をサカナたちの死骸が漂う。

それを見つけたのは、海の神だった。


人魚は海の神に愛された、海の生き物。


変わり果てた愛し子と、それを愛し育ててくれた育ての親たちを見て、海の神は怒り

狂った。

海の神の怒りは嵐を生んだ。

嵐によって生まれた大津波が、村ごと、サカナたちを殺した村人たちを海へと引きず

り込む。



その村は、海の神の怒りに触れて、海の外へと沈められてしまった。






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