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the old man――白い茨の少年たち――

夜神月くらい計算高い感じを出そうとしましたが、切なさのほうを最初に出すことにしました



ヴィオラの音が止んだ。


ややこしい書類を整理しながらその音色に耳を傾けていた男、アランは条件反射で顔を上げる。

茶色い髪の、北欧系の顔立ちをした男だ。年齢は、23か24か、といったところだろうか。

穏やかな声音で、「もう終わりなんですか?」と彼は問う。青い目が僅かに諦めに似たものを湛えていた。


天才的なヴィオラの弾き手――――セルジュと、アランが出会ったのはつい最近…とは言えない。半世紀以上前のことなのだから。

その頃から、セルジュは耳が聞こえなかった。

先天的なものらしく、また、ヴィオラ以外の事も何もできない。一人で風呂に入る、身だしなみを整える、食事をする。

そんなことがすっかりセルジュからは抜け落ちていて、MLW幹部の一人であるジェーン=フォードがセルジュの癖毛の黒髪をいつも洗い、食事の世話をし、そうしてセルジュは"ただ、ここに居る"。


セルジュに役目は無い。少年が気まぐれに拾ってきた男だった。

いや―――気まぐれというより、同情か。そうつぶやきかけ、アランは喉の奥に言葉を飲み込む。


セルジュの天賦の才は、貴族お抱えの音楽家たちの反感と嫉妬を買い、殺されてしまったのだから。

……墓を掘り起こす、なんて悪趣味なことを彼らの主人である少年がしなければ、セルジュもまた、ここに存在してヴィオラを再び弾く事は無かっただろう。


そんなことをアランが考えていると、ふと、セルジュが立ち上がる。

そして、なにかを待ちわびるようにドアの前まで歩いて、そのまま茶色いドアを見つめている。

「ああ…お茶の時間ですね」

そんなセルジュを途中まで見ていたが、アランもまた、書類を簡単に片付け席を立った。


彼らは、同じ血を体の中に入れている。

少年の血だ。

あの日JDに与えた事と同じこと―――いや、セルジュとアランの場合は完全に死んでいたので、もう少しややこしい事をしたようだが―――同じ血を持つ者同士、ある程度距離が近づくと分かってしまうのだ。

ましてや、始祖たる少年の位置など、探ろうとしなくともすぐに分かる。

もっとも、少年が本気で隠れようとした場合はどうなるか分からないが…。


熱心にみつめているセルジュの前で、アンティーク調の金のドアノブがカチャリ、軽い音を立てて開く。

そしてドアから入ってきたのは予想を裏切らず、すこし大きめの黒いコートを着た白髪の少年だった。


「続けろよ」


入ってくるなり、少年はセルジュに向かってそう促す。

耳の聞こえないセルジュは読唇術を持っているが、こと少年に関しては、唇の動きを水とも、なにを望んでいるか当てるのは得意なようで、彼は少年が言葉を言い終わるまでもなく嬉しそうに弓を取り上げた。


「相変わらず散らかってんな…。おまえ、書類整理ヘタなんじゃねえか?」

朝から書類の山に追われてうんざりしていたアランを、事もなげに少年は笑った。恨めしげに彼はぐったりテーブルに伏したまま少年をみあげる。



ビル、…というより、タワーだ。

合衆国1といわれる大都市の、ほぼ中心に位置する場所に建てられたタワーは、各階に様々な会社や銀行が入っているが、ここ十数年でそれらのほとんどを彼らMLWは買収していた。

名義を変えず、実験のみを買い取ることを許したのは、ほかでもない、この国の大統領との裏取引であったから、実際のところ会社の人間も、幹部クラスの極一部しか、自分の会社がどこに属しているのかを知らず、また、知っている人間はMLWに属した人間か、或いは協力者で成り立っていた。


そんなことで成り立っているような、正当な組織ではないから、取引の無い国や事情を知らない軍からテロリスト扱いをされる事もあった。特に今回は酷いが。

少年の血を受け継ぐもの、そして、始祖である少年の、人知を超える力―――時空間への悪影響を与えずに人一人を過去へ飛ばす、死んだ人間を蘇生するなど、現代科学を裏切り続ける、あってはならない存在だと、少年のことを忌み嫌い、とある発展途上国では瀕死の子供を助けたのに、部族のしきたりだと悪魔扱いをされる事もあった。

無理は無いのかもしれないが、自分たちの未知のものや、自分たちの信念に異を唱える者を、イコール、テロリスト・悪魔(さすがに悪魔は笑ってしまうが)と定義づける国家のあり方を少年たちは嫌っている。



ただ―――アランは小さくため息をつく。

人の口に板は建てられないから、部下は慎重に選ぶ必要があるのだ。そこのとこをろ少年が理解しているのかどうか。ため息ひとつでは収まらない。



「パトリックが捕まりましたよ。どうするんですか」

軽い嫌味をこめてそう言うと、少年は小さく肩を竦ませた。

「お前にしろJDにしろ、他に言うことはないのか?口をそろえてパトリックパトリック。視野が狭すぎんだよ」

「……貴方の視野が広すぎるんです。私達は貴方ほどグローバルに生きていないんですから、たまには合わせて頂けませんかね?」

グローバルというか…確かに世界規模で少年は動いているが、更に時間系列までも含まれる。となると、自分たちの視野はあまりにも彼にとっては小さいものに思えるのだろうが。

やれやれと、アランは立ち上がる。

脱いだコートを少年が投げ捨てる前に、受け取って皺を伸ばし、椅子の背にかけた。


「まあ、そう騒ぐなよ。あいつ一人いなくなったところで、どうってことないさ。研究班のトップをすげ替えろ。確かナンバー2はチーフのパトリックを嫌ってたろ」

「いやそれは確かに内部の解決ではありますけど。それより情報が軍に漏れますよ?パトリックはどう見友、口がかたいとは思えませんから」

「だから、放っておけ。大統領の取引がある限り、軍は俺達に手なんか出せないさ」

そう言って、お行儀悪くテーブルに腰掛け、続ける。

「それに、漏らして困る情報なんか、俺があいつに渡すと思ったか?」

ヴィオラの間につぶやいた彼は挑戦的な目でアランを見上げている。

……周りも、…本人ですら、少年には信用されていると思い込ませておいて、肝心の情報は何一つ渡していないらしい。

まあ、そうでなければトップでいられるはずもないのだが…相変わらず計算高い。

「喉がカラカラだ。暖房強すぎるぞ」

そんな彼は、もうパトリックの話題など終わらせてしまったのだろう。備え付けの冷蔵庫を覗いている。

「リラ=イヴ。何百年私に貴方の行儀の悪さを指摘させるおつもりですか?…本日は、フレールサミール社のダージリンをご用意してあります」

「遅いんだよ。時代の変化ってやつについてこいよ?」

少年は、アラン―――過去、自分の執事と家庭教師を務めていた男に、ペットボトルに入った炭酸飲料を突きつける。

「いけません。栄養バランスも良くありませんし、骨が脆くなります。何より、貴方には一流のものを召し上がっていただかなければ」

「またそれかよ」

「ええ、あなたの母君であらせられる、ソレイユ様のご命令は、今でも護る価値のあるものです」

ちっ、と少年が舌を打った。

「勝手にしろ」


少年が、アランと一番最初に別れた時。

その頃少年はあまりに幼く―――気づきもしなかった。

今ではわかる。アランは、自分の母―――身分違いとはいえ幼馴染らしい―――に、懸想していると。

あれから何百年時が流れただろう。

たった一つの願いさえ、叶えられずに、世紀を越して、また越して。

「セディ……」

セドリック、と、父親の名を少年は、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

遺体がある場所さえわかれば、骨でも灰でも残っていれば、また、逢えるのに…そのための力なのに。


いつの間にか、傍に、唯一の女性幹部であるジェーンが立っていた。

長い金髪をタイトにまとめ、縁の細い眼鏡をかけた、見る者にきつい印象を与える美人だ。

だが、ジェーンはその見かけの通り冷酷ではない。……少なくとも、少年にとっては。

そっと無言でジェーンが差し出したハンカチを、少しためらった後、少年は手にとる。いつの間にか目にうっすらと涙が浮かんでいたようだ。

アラン達に気づかれないようそっとそれを拭うと、ジェーンを見ようともせず差し出して返す。

余計な言葉をかけてもらいたくないのだろうと察しのよいジェーンは思ったらしく、眼鏡の縁をなぞり、機械的に告げる。

「紅茶の準備が済んだようです。お茶うけには、苺のタルトとチョコレートシフォン、どちらになさいますか?」

「どっちでもいい」

ぶっきらぼうに少年は答えたあとで、アランに対する八つ当たりなのジェーンも巻き込んでしまったな、と少し申し訳ない気持ちで顔を上げると、

「では、お好きなだけ、お取りしましょう」

と、優しくジェーンは微笑して見せた。


顔立ちは全く違うのに、……いつか見た、母の笑顔にどこか、似ていた。


「あくまで執事ですから」に影響を受けてなど…いないっ

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