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白い茨の少年たち―――― 血

――――――お前はまだ、自分の役割に気づいていない。


    ―――――――お前は、ポーンだ。だが、ポーンは化ける。それを覚えておけ。








朝、鳴り響く携帯で目を覚ました。

朝というより、明け方に近い時間だが。


あのまま出てゆくべきかを考えていたのだが、どうしても少年の容態が気になって枕元に座り、随分長いこと、あの言葉を考えていたが、そのうちにどうやら眠ってしまったらしい。

ベッドサイドのテーブルに置かれた携帯を手に取り、どうするべきか迷っていると、突然その手を掴まれる。

驚いて顔を上げると、横たわったまま少年が手を伸ばして彼の手首を掴んでいた。

「…携帯」

寝起きで機嫌が悪いのか、横柄に要求のみを口にする。

それに応え、小さな移動体通信を手渡すと、少年は気怠く起き上がりもせずにそれを耳にあてた。

「……俺だ」

電話の相手は無論、分からない。

しかし少年の言葉から会話の内容は推して知れた。どうやら、呼んでいた人物が来られなくなったらしい。

徐々に不機嫌になったらしく最後は、好きにしろと言い放って少年は一方的に通話を切った。


「お前、まだいたのか」

さして興味もない様子で彼は言う。そして再び目を閉じた。

「昨日の事を考えていたんです」

聞いているのか聞いていないのか定かではなかったが、レンは一方的に少年に話しかける。

理由は分からないが、彼に聞いて欲しかった。

「父の事は、憎んでいるわけじゃないんです。ただ、許せないだけで」

「どう違うのか分からない」

返事が返ってくるとは思っていなかっただけに、そのことに喜びを感じる。

彼の気が変わらないうちに話しておきたかった。

「父のせいで母が出て行ったから。僕は父が許せなかったんです。…それから、もうひとつ」

どうして会ったばかりの貴方に、ここまで惹かれるのか分かりますか?

そう告げると少年は、うっすらと目を開いてレンの顔を見返す。

何故、と少年のほうからは聞かなかった。

「父はずっと、ある方法を探し続けています。僕が小さな頃からずっと。その探しもののせいで、家庭をかえりみなくなって母は出て行ったんですけどね。父の探しものは今もひとつ。"主のために、死を超える調和を"だそうです」


少年が目を閉じた。

あれは、あなたのことだったんですね。レンがそうつぶやくと僅かに、微笑んだ気がした。

「父の人生は、今も貴方とともにある」

少年は何も言わなかった。そしてレン自身、よく分からない言葉だった。



父の言葉は今まで、よくわからないことだらけだった。

怪しげな宗教にでも染まっているのかと一時期は思ったが、そういうわけでもなさそうで、幼かったレンに分かったのは、父が"普通"ではないこと。

よくものを知っていたし、傷の応急処置やサバイバルに関する知識は子供の目から見ても関心するほどだった。

子供や妻に手をあげるようなバカな男ではなかった。どちらかといえば、物静かで思慮深い印象の男。

けれど、許せなかった。母を愛していたから。

「でも本当は、母と一緒にいる父が好きだったんですよね、僕は…きっと」

「なら、俺を怨めばいい」

眠ったのかと思った矢先、少年がそう答える。

「お前の母親からロニーを奪ったのは俺だ。お前には、俺を恨む権利がある」

「………恨みませんよ」

苦笑した。

目をあけて、少年がこちらを見上げる。

「何故?」

「母は、本当に素敵な女性だったんです。その母をないがしろにしてまで父が心を捧げた人を、恨めるはずがないでしょう?それは、母への冒涜になる」

それに父はたぶん、母のことを愛してたんですよ。ただ、それを表に現さなくなっただけで。

「そう思いたければ、思ってればいい」

寝返りをうって少年は背を向ける。

ようやくレンにも、この憎まれ口は癖のようなものだということが理解できてきた。

或いは人を寄せ付けないための、自己防衛本能にも似た。

それでも彼は自分に全てを捧げろと言う。

「だけどやっぱり、父の元には帰りたくありません」

「そうか」

「やっぱり、許すこともできません」

「そうか」

「だから……MLWに入れてください。父が母よりも選びとったというものを、僕もこの目で見たいんです」

背を向けている少年が、小さく笑う気配がした。

「お前、そんなに簡単に人生投げるなよ」

「一生捧げろって言ったのは貴方じゃないですか」

「だけどお前」

寝返りを再びうって、少年がこちらを向く。目に、あの強い光を宿して、まるで憐れむように、言った。

「お前は、まだ生きてるじゃないか」と。



電子音が鳴り響く。携帯ではない、部屋に備え付けのものだ。

「でろ、レン」

「あ、はい」

なんとも間抜けな返事をして、レンはフロントに繋がる受話器を取る。

2,3会話をして、

「リラ=イヴ、貴方に客が来ているようですが…」

「通せ」

通すようにフロントに告げると、2分としないうちに、部屋の扉が叩かれた。

「開けてやれ」

入ってきた男は4人。どれも南の、潮の香りがした。

「俺達と手を組みたいと言っておきながら、使者を変えるってのは礼儀に反してないか?」

まず口を開いたのはリラ=イヴ。

「その件については電話でも説明した通り、深く謝罪する。だが長老はもう、村から出ることができないほど衰弱しているんだ」

「そうか」

少年が、身につけていたナイフを、鞘ごと男たちに投げた。

「長老のためなら、命を差し出せるか?」

「長老のためにも、貴方のためにも」

「偽りはないな?」

「偽りなく」

少年が微笑する。花が咲いたように。

「そこのお前。…死んでみろ」

指をさされた男が一瞬動揺する。だが、ここに来た時点である程度の覚悟はできていたのだろう。

兄弟、お別れだ、などと言い合って4人と抱き合い、そして、ためらいなく自分の心臓にナイフを突き立てた。


「心臓か。また厄介なところを傷つけやがって」

兄弟、兄弟、と半泣きで彼を揺さぶる男たち。

「退け。邪魔だ」

躊躇いなく少年は男の胸からナイフを抜く。白い絨毯が赤く染まってゆく。

「レン、あとでこれ、掃除しろよ」

「えー……僕がですか……」

そんな抗議を無視して、少年は死んだ男の額に、両手首に、そして傷口に手を当てる。


瞬間、光が走った。


まばゆい光に包まれて、まぎれもなく、比喩でもなく、男は宙に浮かんでいた。

「戻ってこい。お前はまだ、戻れる。俺の声にしたがって、ついてこい」

何度か少年がそう呼びかけると、うっすらと男の目が開いた。

これには、残りの3人も腰を抜かすほど驚いたようだ。…当然だ。レンも呆然としてその光景をみつめていた。

宙に浮かんでいた男は、やがて、ふわりと絨毯に着地し、光が消えてゆくのと同時に、ふらつきながら自分の足でまぎれもなく立っていた。

「生きている…俺は…生きている!!」

「兄弟!!」

男たちがむせび泣く。大げさな、とでもいいたげに、少年は心底面倒くさそうに溜息をついた。

「奇跡の御業だ…!総帥!我々は、貴方がたに変わらぬ忠誠を尽くす事を誓います!有事の際には我々の力を惜しみなく差し出します!」

「そうか。それじゃあ契約成立だな。用が済んだらすぐ帰って長老に伝えろ。俺は眠いんだ」

今しがた死者を蘇らせるというとんでもない事をしたというのに、なんともないことで騒ぐなとでも言いたげに少年はベッドに潜ってしまう。

よって、彼らの惜しみない感謝の言葉や贈り物などはレンが必然的に受け取ることになってしまった。



「ようやく静かになったな。これだから南の人間は嫌いなんだ、五月蝿くてたまらねぇ」

「いやあなた…死んだ人間を生き返らせたんですよ!?そりゃ騒ぎますよ!」

「どうってことはない。抜け殻に魂を戻しただけだ」

「それが奇跡なんですってば!」

「おまえも煩い奴だな。もう寝かせろ…」

それきり少年は眠りに入ってしまう。

(死んだ人間を…いとも簡単に…)

高揚したままのレンの心は、いつの間にか少年に釘付けにされていた。父が、そうであったように。




4日後。

着陸予定時刻を15分過ぎて、飛行機は国際便の滑走路に着陸した。

特別許可を貰っているのだろう、本来の場所ではないところからタラップが延ばされ、その下に長身の白人男性が待ち受けていた。

飛行機の窓からそれを確認した少年は、あからさまに顔を曇らせる。

「アランか。…あいつが来ると絶対、何か小言が待ってるんだよな」

ぼやいてタラップを降りると、手助けをするように下からアランが手をのばす。続いてナイトレイと、荷物を持ったレン。

3人を降ろすと飛行機は、再び滑走路を穏やかに走り、本来のスポットへと遠ざかっていった。


「お帰りなさい」

「ああ。交渉は成立だ。で、お前、一人か?」

胡散臭そうに少年は、長年連れ添った側近を見上げる。だが、いいえ、と彼は首を横に振った。

「ちょっとややこしい事がありまして、JDとその部下を空港の至る所に配備しています。………それから」

「言いたいことは手短にしろ」

先回りして少年がそう言うと、彼は少年の後ろに立つ白衣の男に視線を向けて、射抜くように見つめながら言った。

「パトリックの二の舞はごめんです」

―――――手当たり次第に仲間を増やすのはやめて下さい。

口に出さなくとも、込められた意味なら分かる。

ややむっとしたように少年は、後ろに立つレンを振り返った。

「こいつなら大丈夫だ。犬も同然だからな」

「その言い方がいかがなものかと思いますが」

初めてレンが口を挟む。苦笑しつつ。

そして、事も無げにアランにむけて言ってみせた。

「彼のためなら、いつでも死ねますよ」

その言葉に、今度はアランがむっとしたような表情をみせる。

「軽々しくそういう事を口に出せる人間ほど、信用できないと思いますが」

「そうおっしゃるなら、試してみますか?」

穏やかに言って、レンは静かに笑う。アランが一歩、彼に近づく。

そこで少年が極めて不機嫌な声を上げた。


「お前ら、唯一のルール、ちゃんと分かってんのか?」


MLWに規則は存在しない。縛られることを嫌う者たちの集まりであるからだ。

だが、そこで、たったひとつだけ定められた絶対のルール。

「仲間割れをした者は両方殺す、ですか」

「分かってんならやめろ。仲良くしろとは言わない。お前ら、建物内で互いに合わないように注意しとけ。そんだけでいい」

「私は別に、仲間割れをするつもりなどありません。ただ、二の舞はごめんだと思っただけです」

言って、背を向けたアランを追うように、少年も早足で歩き出す。無論、後ろの二人もそれを追った。

「待てよ。ロニー、覚えてるだろ?」

「…彼なら貴方が居ない間、クロイツと揉め事を起こしたらしいですが」

「なんだ、元気そうじゃないか」

「ロニーが何か?」

「あいつの父親だ」

ちらり、とアランは肩越しにレンを振り返った。それから、傍らを歩く少年を見下ろす。

「血の繋がりなんて、あてになりませんよ。現に、裏切ったパトリックだって、あなたに忠実だったフィリップの息子ですよ?なのに裏切った」

「まぁ無理に信用しろとは言わないさ」

この時間、離着陸に利用されていない、無人のゲート前を通りながら、少年は後ろを振り返る。

「レン」

「はい」

手荷物検査を通らない搭乗のため、ポケットの中にはナイフと銃が入ったままになっていた。

どちらか迷ってからナイフを取り出し、少年はレンに向かって投げる。

「お前、死んでみろ」

「………これはまた、唐突な」

ナイフをキャッチして、レンは苦笑する。至って慌てた様子は見当たらない。

逆に、珍しく動揺したのはアランのほうだった。日頃常に冷静でいる彼のこと、声さえあげなかったが、唇は色を失っていた。

「うまく死ねるかわかりませんけど…」

まるで、なにか手品を見せてみろと言われた時のように、レンは笑ってみせる。

そして、手にしたナイフを全く躊躇すらせずに、自らの喉元にあてて。

そして無造作に、引いた。


飛び散った血の赤は、不思議なことに、色彩を失ってみえた、気がした。


それはほんの一瞬のこと。

「馬鹿なことを!」

手にした荷物全てを放り出し、アランが走った。

力を失った体が床に倒れる前に、なんとか抱きとめる。後から後から流れる血が、そんな彼の服をも真っ赤に染め上げていった。

「何故、こんなことを!」

もう無理だ。手遅れだ。

ぱっくりと口をあけた傷口を、それでも手で必死に抑えながら、アランは少年に向かって叫ぶ。

「何故!」

満足げに、やさしい笑みを浮かべて、少年はふたりを見下ろしていた。

その柔らかい表情に怒りさえ感じ、もう一度、何故と彼は叫ぶ。

「だってお前、信用しなかったから」

言っただろ?こいつ、俺のためなら死ねるんだぜ?

そう耳のすぐ横で囁かれ、唖然とする。


人のいない時間で良かった。

不気味なほどの静寂が落ち、アランは、愕然として腕の中の男を見下ろす。

彼は満足げに微笑んだまま死んでいた。その笑みは凶悪なほどに美しく、目眩に似た憤りを感じて彼は歯を食いしばる。

「アラン兄さん、そう怒ることないよ。この人が何も考えなしに、レンを死なせるわけないじゃん」

見かねたのか、ナイトレイが口を開いた。

「さすがにちょっと凄いね、血」

そうつぶやいて彼は、松葉杖を操りアランのすぐ隣に立つ。

「うっわ」

傷口を目の当たりにして思わず目をそむけ、助けを求めるように少年を振り返った。

「ねえ、もういいでしょ、アランもわかったと思うよ」

「余計な口挟むなよ」

言葉とは裏腹に少年は楽しげに笑って、3人のもとに歩み寄った。

「なぁアラン。お前を"迎えに行った"時のこと、覚えてるだろ?」

「………」

「だから、そう怒るなって。機嫌直せよ。大体お前が怒ってどうすんだよ?レンだって、納得して死んだんだぜ?」

「……」

「まぁ、いいけどさ」

携帯を取り出して、リダイヤルを押す。数秒後、相変わらずの抑揚の無い声でJDが電話に出た。

「お前、今空港に居るんだろ。次の便が出るまで、2階のDエリアの着陸ポートから人払いしとけ。今ちょっとすげえ事になってるから」

要件だけ告げて通話を着ると、膝をつき、アランの腕の中のレンの体を抱き寄せた。

「こいつ、幸せそうな顔してんな。このまま死なせてやったほうが本当は幸せなんだろうな。……おい、お前まだ怒ってんのかよ」

いい加減にしろよ、と少年はアランを見上げる。見返してきた目と目が合って、一瞬だけアランは視線をそらし、それから再び少年を見返した。

「……二度と」

「二度と?」

「二度と、こんなことはしないで下さい」

「…なんで」

無邪気に聞き返される。それも予測済みだったらしく、一層強い口調で彼は言った。

「どうしても、です。絶対に、しないと約束して下さい」

「分かった分かった。…別に、お前さえ最初から信用してくれたら俺だって、こんなことはしなかったんだぜ」

「誰のためでもなく。絶対に、やめて下さい。お願いですから」

「わかったよ。わかったからそこ、どけ。蘇生の邪魔だ」

押しのけるように彼を追いやり、少年はレンの体を横たえ、蘇生に入る。


「あの、さ」

蘇生をみつめながら、声のトーンを落として、ナイトレイがアランに話しかけた。

「この人さ、僕らのこと、一度信じると決めたら最後まで、信じてくれてるんだよ。だから、自分が信じてもらえないの、凄く辛いんだと思う。アラン兄さん、ずっとこの人の側に居たんだから、それわかってるでしょ?」

小さな子供に諭され、微かに彼は息を吐く。

「信じて、…ますよ。いつだって…」

「だったら、あんなこと言っちゃ駄目だよ。この人にとっては、タブーに近いんだって分かるでしょ?ほんのわずかでも、アランが自分を信じてないと思ったら、どんな手段を使ってもこの人、自分を信用させようとするんだよ。兄さん、それだけ愛されてるんだから、もっと、この人信じてやんなきゃ。僕らが信じてやんなきゃ」

それでも、彼は首を微かに横に振った、だけだった。

はぁ、とナイトレイの溜息が聞こえる。

「どこで教育を間違えてしまったのでしょうね、私は…」

自嘲気味につぶやくアランの視線の先で、蘇生が最終段階に入るのが、分かった。

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