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白い茨の少年たち―――旅立ち

時は数日間遡る。



「飛行機酔い?」

空港を出たところでうずくまってしまった少年を、松葉杖の子供、ナイトレイは心配そうに覗き込む。

「だからムリしないで一度出たとこで休めばよかったのに…」

部下はナイトレイ以外誰もつけず、二人で国境を渡った。

無論、パスポートは偽造だ。

大勢は煩わしいのだと少年は言っていたが、携帯からしょっちゅう入る連絡や、その会話の内容から、人手が足りないのだろうとナイトレイは推測する。


「水、飲む?僕買ってこようか?」

「うるさい」

にべもなくはねつけられる。しかしそれも慣れているため、ナイトレイもめげずに話しかけ続けた。

「酔い止めの薬、買ってこようか?」

「黙ってろ」

「でも、どう見ても具合悪そうだよ」

「うるさい」

「もう!心配だから言ってんのに貴方、態度悪い!」

「黙れ。俺がボスだ。文句があるなら消えろ」

「またそういうつよがり言う…」


まだ小学生くらいの松葉杖をついた少年と、プラチナブロンド…というより白い髪の15~6歳の二人連れは、ビジネスマンでごった返す平日の空港ではとても悪目立ちしていた。

どう考えても保護者なしで歩きまわるのはよくないのだが、立ち上がろうにも少年はへたりこんでしまっている。


本当は、国境を超えた時点でこちらの組織のSPが迎えに来るはずだったのだが、少年が事前にそれを断ったのだ。

信頼関係を結べていない間柄で、車なんて密室はまっぴらごめんだ、と。

素直に受けていれば、今頃リムジンの中でくつろげたというのに。今更言っても仕方がない事であるし、少年の用心深さはこの世界で生きるのに必要なものでもある。

けれど。

「貴方ってほんっと我儘だよね。いいよ、ちょっとここで待ってて。せめて水だけでも買ってくるから!」

「よせ!離れるな!」

制止の声も聞かず、松葉杖を器用に操ってナイトレイは空港の中に消えた。

「あの、stupid boy(馬鹿野郎) !」

少年もすぐに後を追おうとしたが、途端に酷い脱力感にへたり込んでしまう。たしかに水だけでも飲んだほうがいいのだが、ナイトレイを一人にしてしまう事のほうが気がかりだった。

口元を抑えて再びうずくまると、「あの…」と聞きなれない声がした。


「大丈夫ですか?どこか具合でも?」

明らかに自分に向けて問いかけられる言葉。

無視してしまおうと思った。拒絶の声も脱力感に飲まれてしまっていて、少年は僅かに首を横に振る。

声の主は心配げに少年を覗き込み、正面に膝をついてハンカチを出す。まだ若い男だった。

「……………」

無言でそれを振り払う。

見知らぬ地での要らぬおせっかいなど、反吐が出るほど鬱陶しかった。

「すみません、警戒されるのも分かります。こんな世の中ですから。でも、僕は医者の卵なんです。なんでもないと思って放っておくと大病につながることもありますから、せめて横になられたほうが…」

「Get away fuck'in guy(どっか行け、クソ野郎)」

いらだちを感じた時、雑踏を押し分けるような鋭い声が少年に向かって呼びかけた。


「リラ=イヴ!」

少年の名。今ではMLW以外の誰もが恐怖し、呼ぶことをやめた名。

その名を呼んだ張本人は、自動ドアのところからまるで倒れこむように少年のところに戻ってくると、子供特有の小さな筋肉のない腕で、庇いこむように彼を抱きしめる。

「何話してたんだよ!あっち行け!この人に近づくな!」

買ってきたばかりの水の入ったペットボトルが転がった。

男の足元までゆるやかに転がったそれを、男は苦笑して、拾い上げる。

「大丈夫?何かされた?僕、"翔ぼう"か?」

囁きのつもりだろうが、しっかりと男の所まで届く音量で、ナイトレイは少年に聞く。少年は僅かに首を横に振った。

「あいつ、何?誰?」

「具合がお悪そうでしたので、つい。医学会の帰りなんですよ。だからつい、心配になってしまって」

代わりに男が自分で答える。

ナイトレイは値踏みするように男を上から下まで観察した。

医者だというには若すぎる。恐らくまだ20代前半。もしかしたら10代かもしれない。

「帰り」と言うが多分、国はここではないのだろう。現地人にしては肌が白すぎる。

東洋人とのハーフだろうか?少し眺めの黒髪と、眼鏡の奥の目の色が黒かった。

親切心で声をかけるタイプには見えない。

どちらかというと、硬質の冷たさを持った。……裏に、何がある?

だが。

「あんた、本当に医者なの?」

疑り深く、ナイトレイは聞く。余計なことを喋るなと、力なく少年が小突いてきたが、それをなだめてもう一度、医者なのかと尋ねた。

拾い上げたペットボトルをそっと、男はナイトレイの足元に置く。

「医者というより、医学部の学生です。医師免許を取るために勉強中の。顔色もお悪いですから、ただの飛行機酔いにはみえなくて」

「ほんとに、医大生なんだな?嘘、ついてないな?」

「ナイトレイ!」

もうこれ以上黙っていられないとばかりに少年が叱責の声をあげて、なんとかふらつく足で立ち上がる。そして、慌てて支えようとした二人を、力の限り突き放した。

「俺は別に、なんともない!ナイトレイ、余計なことをするとお前、一生ここに置き去りにするぞ!お前も、迷惑なんだよ!さっさとどこかに消えろ!俺の体はなんともない!」

そう叫んだ瞬間、ぐらりと体かかしぐ。

視界が大きく揺れて、男の腕が自分を抱きとめたのは分かったが、少年の意識はそこで途切れた。

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