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少女


うすい霧をひいている。

そこに存在すること自体を疑わせるような、現実味の無い空。

あわい太陽。

足元の砂は乾いて、一歩踏み出すたびに体重と同じぶんだけ落ち窪み、かたちを変える。


ふと、感覚がうまれた。

つめたい、ともあたたかい、とも形容しがたい、温度のない手が自分の右手を引いている。

その手を辿って、自分の前を歩く女の後姿に初めて気づいた。


遠い過去。

それでいて、既に通過した未来。

現実味を失って剥がれ落ちる時間のなかに、彼女は居た。




    <<17>>




前を歩く背中は、自分とそう変わらない若い女のもの。

肩をすこし過ぎた位の黒髪が、一歩あるくごとに静かに揺れる。

懐かしさを感じた。

例えば、ずっと昔に失くした指輪をみつけたときのように。


女はただ、無言でその手をひいて歩いてゆく。

「――――。」

呼びかけた。

正しくその名を呼んだつもりだった。

しかし、自分の呼んだはずのその名をどうしても思い出せない。

それでも女は歩みを止めた。


振り返る。

ゆっくりと。

見たことのない、けれど、知っている顔。

錯覚に過ぎない。が、女は確かに笑ったようにみえた。


「熱かっただろう?」


気遣いともとれる言葉は、しかし威圧的な響きを帯びていた。

何を指す言葉であるのか判断つきかね、ジゼルは黙って女を見返す。

ほの暗い、光の差さない闇の奥。

水音を掴まえては弾けて消えるフェアリーのように、ひどく足元はおぼつかない。

ひどく辺りが暗いことに、ジゼルは気づく。

黒髪の、若い女の姿。だがそれは、この目で視認したものではなかった。

闇。

なにも見えない。女の姿も、自分の姿も。ならば何故、自分はこの女を知っているのだろう。

「ジゼル」

女は、空気を振るわせることなくそのまま存在自身に語りかけるような力をもって、彼女の名を呼ぶ。

「自分の、内なる声に従っておいで。私はお前になにも強制はしまい。……だが、それでもお前は私を追ってくるのだろう」

その言葉で、なにかが弾けた、ような気がした。


――――自分の内なる声に従って生きなさい


それは、あのひとの言葉ではなかったか。

諦めとは程遠く、けれど何の執着でもない穏やかな目で自分を見下ろし、そう言ったのは。

「ニコルソン中将……」

自分の声はひどく遠く、発したそばから消えてゆく。

けれど、なにか求めるように伸ばしたその手を、包み込むように握る手。

その手のあたたかさを感じたとき、闇は一気に光へと感じた。






「ジゼル。……ジゼル!」

呼びかけは、誰のものか一瞬、わからなかった。

光は眩しく、容赦なく瞼の奥へと侵入をやめない。

自分の手を握り返す、大きな手のあたたかさ。

「中……将」

「ジゼル!大丈夫か!」

ほぼ覆いかぶさるようにして、自分の頬を叩く手。

そこで一気に意識は覚醒した。

「……アイザック。」

呟いてから、心配げに自分を上から覗き込む男を見上げ、無言で平手を打つ。乾いた音が響いた。

こんな体制からでは大した力も入らず、苦笑を誘うくらいのことしかできない。

「痛ぇな」

義理でそう言い返して、アイザックは身を引いた。

「なにが、あった」

声を発してみると、粉塵を多く吸い込んだらしい喉は掠れ、彼女は数度咳き込む。凍み入るような痛みがあった。

見渡せば、レスキューや消防が忙しく立ち回っており、もくもくとあがる黒煙は黒い空へと吸い込まれてゆく。

だいぶ時間が経っているようだった。

振り返れば、どうやらそこから自分は救出されたらしい、大きくひしゃげたマンホールの蓋が転がっている。

「爆発だよ。あんた、よく無事だったな。……いや、無事でよかった、本当に」

その言葉には疑いようもなく安堵と気遣いが滲み出ていたが、彼女は無視した。

それは自分に必要のないものであり、無縁のものでもあるからだ。


陽は傾きかけていた。

アイザックの肩を押し返し、その肩を支えにジゼルは立ち上がる。立ち上がったところで、歩み寄る人影に気づいた。

中将との取次ぎに応じた若い下士官だが、すでにジゼルにとって記憶の中から消えかけている顔だった。

「連絡役を、頼まれました。ここは、電波が無い」

現れたウェインの言葉にアイザックは不審げに眉を顰め、懐から軍至急の携帯電話を取り出す。

そして間の抜けた声をあげた。

「はぁぁ?なんで圏外なんだよ。通信塔でも破壊されちまったか?…おい、まさか無線も通じねえってオチか?」

「はい。原因は不明ですがテレビもラジオも3ブロック先まで通じないんです。それで、僕が」

「うちの連絡役はどうしたんだよ」

「クロイツはお二人以外の全員、現在ミシェル隊長と共にガーデンズ・スクエアに」

「全員?」

聞いてねえぞ、とアイザックは眉を顰めるが、連絡の取りようがないのだから仕方ない。

構わずウェインは預かってきた数個のマガジンと銃機器を手渡し、サインを求める。

「確かにお渡ししました。それから、急がれたほうがいいです。獣が12体、出ています」

「ガーデンズ・スクエアって、確か今日はカウントダウンのお祭り騒ぎだろ。こりゃマジに急がなきゃやべえな」

これまた呑気に答え、アイザックは衣を翻す。すこし先に、ここまで乗ってきた愛用のバイクが止めてあるのだ。

無言でジゼルもその後を追って背をむける。


「ひとつだけ!」


背後からかかった声に、行きかけた足を止めた。軽く振り返ると、こちらを見つめるウェインの表情からは僅かの嫌悪と賞賛、嫉妬と羨望、そんな煩いものが滲み出ていた。

見ないことにする。それでもウェインは言葉を続けた。

「中将は、あなたにとって"正義"ですか……?」


僅かの戸惑いも、考えたそぶりも見られなかった。

答えが返ってくる事さえ、半分は諦めて問いかけた。しかし、彼女の唇はちいさく動く。

「彼は」

声のトーンはいつもと変わらず、しっかりと大地に根を下ろしたもののそれだ。

「父だ。それだけだ」


ヴォン、と重たいエンジン音。1500ccの排気、僅かな黒煙と共に遠ざかり、後部座席でジゼルが銃に弾を込めるのが最後に見えた。

――――父、などではない。

ふたりに血の繋がりも、時間の繋がりさえも無い。

けれどその答えだけが彼女のすべてであることは容易に判断できた。


親子の感情ほどに醜悪で理解不能なものは無いと、ウェインは思う。








     <<18>>





生き残ることは、死ぬ確立よりは余程高いのだから。










12月31日、夕刻。

新年を迎えるまでにあと数時間を残すのみとなったガーデンズ・スクエアでは、主に若い世代を中心として人々が集まり文字通りのお祭り騒ぎを繰り広げていた。

大統領のパレードでもここまで人は集まらなかったと思うほどに、見渡す限りの人の海。歩くこともままならない。

交通規制のパトロールの波を抜けて中心部に向かうと、東洋の"龍"を模した巨大な飾りを担いで踊る人々や大道芸を披露する男、布教に励む牧師やアイスクリームを持って歩く子供、実に様々な人々がカウントダウンを待ちわびていた。

色とりどりのアドバルーンと紙吹雪、垂れ幕に彩られた中心の時計塔。

道をアーチのように跨いだ横長の電光掲示板には、新年まであと6時間23分52秒、と記されていた。



「電波が飛んだのはこのせいですかね」

そんな大通りから一本抜けて裏に入り込むと、それまでの喧騒が嘘のように人の気配が無い。

裏道に足を踏み入れてすぐ、連れていた部下の一人がそんなことを言った。

遠くの喧騒は、建物一枚を挟んでやけに遠くから降り注いでくる。まるでテレビの向こうの夢物語のように。


そんな別世界のお祭り事を振り切るように、二人の部下は銃を手に取る。

それを横目で捉えながら、注意深くミシェルは弾を確認する。

「群集で携帯の電波が切れた事は説明がつくが、ラジオやテレビまでそうだとは思えん」

「ま、そりゃそうですよね……」

アイザックとは仲の良いらしいその部下は屈託なく笑い、早く終わらせて帰りたいですねと呟く。

すこし中東の血が混ざっているのだろう、彫りの深い顔立ちが印象的な男だった。ギョロリと大きな目は、一字一句すべての命令に従いますとでもいうように、自分に全幅の信頼を寄せていることが滲み出していて、ミシェルはそっと、目を逸らす。

自分の右腕であるあの男と似て優しさや気遣いに似た感情を自分に向けるこの部下が、この任務の後生きているか否かはミシェルにとってさして重要ではない。

「……出るぞ」

呟くと同時に、路地から裏通りへ駆け出す。

見慣れた軍服の裾が風をはらんではためいた。






*     *     *     *     *






最初の銃声が聞こえたのは、ミシェルのグループが4体め、クロイツ全体で合わせて9体めの獣を撃ち殺した時だった。


群集のすぐ近くという事で、パニックを抑えるためクロイツはサイレンサーを使用している。

信頼のおける老舗メーカーの、優秀な銃とサイレンサー。大騒ぎをしている群集には、ここで幾ら発砲しても聞こえることはない。

幸いな事に獣の出現ポイントは全て表通りから僅かに離れていた為、獣を表通りに出さないよう、そして逆に人々がこちら側へ迷い込まないよう、人員の配備も徹底していた。

こういった苦労は水面下で行われるのが正しいのだ。

だが、一発の銃声は空を貫き鼓膜を震わせその場に居た誰の耳にも届いただろうと、思う。


ただの一発だけならば、気の早い誰かが鳴らしたクラッカーの音だったかもしれない、或いは空耳だったかもしれないと、さして問題は無かった筈だ。

だが立て続けに2発、3発と続いた後激しくガラスの割れる音、そして勢い良く衝突したトラックが、すでに尋常ではない事態を語っていた。


絹を裂くような、女の悲鳴。金切り声。

炎上したトラックから駆け出してきた人物は炎に巻かれ、パニックに陥った群集に向かって走り、消火の為に数人の男たちが駆け寄るのと同時にぱたりと道路に倒れて動かなくなった。

右へ、左へ、パニックを起こして駆け出す群衆。

置き去りにされて泣く小さな子供、転んで踏み付けられる若い女。

クロイツのCグループを任せられた隊員が息を切らせて表通りに戻ったときに見たのは、そんな地獄絵図のような光景だった。




「サー!サー・ミシェル!聞こえますか隊長!」

呼びかけも空しく、無線機から聞こえるのは抑揚の無いノイズのみ。

舌を打ち、隊員は部下に群集の逃げ道の確保を命じると、自分はミシェルと合流する為に走り出そうと、した。

――――刹那。

「うわぁっ!」

振り向いたそこに、黒々とした獣の姿を見止めて男は思わず声を上げる。

銃を向けるが、間に合わない。間に合わない――――と思った矢先、突如、背後からの銃声と共に獣の腹と胸、そして首に立て続けに穴が開く。

一拍を開けて鮮血が吹き出し、怒りの咆哮と共に獣が進路を変えようとしたその時、我に返った隊員の銃が獣の頭部を撃ち抜いた。


どさり、と重みを感じさせる音をたてて獣は後ろ向きに道路に倒れる。

獣が塞いでいた視界が晴れ、煙の向こう、ここから5、6メートル離れた場所でこちらに向かって銃を向ける金の髪の少女が、いた。



走り回る群集。

悲鳴。

ノイズ。

倒れた獣と血の匂い。

喧騒。


そんなものからまるで切り取られた空間に居るかの如く、少女は銃を構えたまま動かなかった。

黒い、やさしい印象のファーのついたコート。細身の手袋。まだ幼い顔立ち。

黒い編み上げのブーツの先には、すぐ近くで転がる獣。


彼女が、獣を背後から撃ってくれたのだという事はすぐに、隊員にも分かった。

だが、この場に相応しくない華奢な少女の姿は一瞬、隊員から冷静な判断力を失わせる。

長く伸ばした金の髪が風に靡いた。


空耳だ。

僅かの悲壮感を含んだヴィオラの独奏が聴こえる。

悲しげにみえる瞳を獣から隊員に移し、まるで音という音が削除された空間に居るかと思えた少女は、ゆっくりと口を開いた。


「――――ごめんなさい」


公用語では、なかった。

恐らくは隊員がこれまで生きてきた中で聞いた事の無い類の言葉。

民族語のようだった。それでも何故か、彼には少女の言葉が理解できたような気が、した。

何を謝るのかと。

そう、問いかけようとした瞬間。

少女が引き金を引いた。

撃たれたのが他でもない、自分自身なのだと隊員が気づいたのは、瓦礫と硝子の散乱した道路に背中から倒れ暗い空を眺めてからのことだった。



音が、戻ってくる。

悲鳴と、逃げる人々の足音と、揺れる地面と、そしてその中で不思議なことに、こちらに歩いてくる少女の足音だけがきこえなかった。

月のない暗い空を背に、少女がこちらを見下ろす。

手にした銃をゆっくりと、隊員にむける。

僅かに悲しげに見えたが、それでも少女は無表情なまま引き金に指をかけた。

不思議と、恐れは無かった。


それが、隊員のみた最期の光景だった。






     <<19>>





「どうなってんだよ……」

ヘルメットの奥で、アイザックが呟く。

さして速度の出ない渋滞の合間をぬって走るバイクの後部座席で、呟きはよく聞こえた。ジゼルは身を乗り出して前方を見る。

遠くから人々が、なにかを口々に喚きながらこちらへ走ってくる。

走ってくる、というよりは逃げてくる、という表現が正しかった。


「獣から逃げてんのか……?」

いや違う、とアイザックは自問を打ち消す。

ミシェルがそんなへまをするはずがない。人格は壊れているが、任務において彼は天才だと自分は知っている。

「アイザック」

ジゼルが座席の上に半立ちになり、アイザックの肩に腕を回す。

「走ってるときに立つんじゃねー!死ぬぞおい!」

「テメエがしっかり運転してれば問題ねえよ。…それよりアイザック、銃声だ」

「なに?……あんた聞こえんのか」

「メット取れ。そうすれば聴こえる」

なるほど、と納得しかけてアイザックは思わずブレーキをかける。

「走ってる最中にメット取ってんじゃねー!これでも60は出てんだぞ、オマエ、道交法って知ってるか!」

「止まるな。裏道に入れ、このままじゃ群集に突っ込む。それからスピード上げろ、私を時計塔の近くに降ろせ」

人の話を聞け、と言いかけるが彼女に対してその言葉は効力を発揮しない。

ひとつ舌打ちすると、掴まってろよ、と言い捨てアイザックはきつくハンドルをきった。

反動で車体が揺れる。手近にいたタクシーの車体を蹴って体勢を立て直す。

窓をあけて運転手が罵声を投げかけてきたが、無論取り合わなかった。


クロイツの軍服は便利だ。

裏道への規制をすんなり通り抜け、割れたビンやチラシの散乱する裏通りを、バイクはスピードを上げてゆく。

がちゃりとスライドをかける音を背後に感じ、俺のも、とアイザックは自分の銃を後ろに渡す。

遥か前方の建物の向こう、ガーデンズ・スクエア中心部のほうで爆発音と黒煙が上がったのはその時だった。

「獣、じゃねえよな。何の仕業だ」

「爆弾テロだろ。物好きなんだ」

「なにも大晦日にンなことしなくったって、なあ、特別手当出せってんだよ。こっちは安月給で命売ってるってのによ」

「暇よりは好きだろ、危険が」

スピード狂は車輪の上だと饒舌だ。

軽口を叩いては笑う、言葉が風に流されないのが少し不思議だった。


やがて遠くで上がっていた黒煙が近づき、足音と悲鳴もそれに比例して大きくなる。

上空で遠くプロペラ音が聞こえた。誰が要請したのか警察のヘリが向かってきているようだ。

それを合図に一本裏道を走っていたアイザックはハンドルを切り、表通りへと出る。

途端に人波が目に入る。

逃げ惑う人々の合間をぬって走るために彼は少しスピードを落とした。


「頭、下げてろ!」

突如、後ろでジゼルが叫びアイザックの頭を押さえつける。

「お前、今ハンドルミスったら死ぬ!」

抗議の声に重なるように、頭の上で発砲。耳につんざく銃声に反射的に彼は身を竦める。

「うるせー!」

銃を受け、進路、裏通りへと入る細道で倒れこむ人物が一人。獣に襲われたのだろうか?顔の造作や男女までは分からない。

倒れこむそれの横をすりぬけてバイクは走る。そしてまた、銃声。

頭の上でジゼルが銃を撃つので、ハンドルに全体重を預けるようにしながら足で車体を押え込み、なんとかアイザックは転倒する事なくバイクを走らせている。

「俺じゃなかったら死ぬっつの、くそ!」

悪態をついても彼女の耳には届かない。三度銃声がして、今度こそアイザックにも見えた。


遥か前方から、人波や建物の影になりながらこちらに向けて銃を構える数人の人間。

――――この距離から当たるはずがない。よほどの狙撃手でない限り。

そうふんで、アイザックはスピードを落とすことなくぐんぐん近づいてゆく。

よく見れば、彼らが発砲しているのはこちらだけでなく、もっと遠くでは、到着した警官隊とも銃撃戦を繰り広げている。

何がどう転んでも味方でないことは確かだった。

ここから見える範囲で彼らは銃を持ち替え、再びこちらへ照準を合わせてくる。

「俺、防弾チョッキ着てねえんだけど」

勘弁してくれよ、と泣き言を言いながら彼はスピードを上げる。

死ぬ覚悟などさらさら無かったが、それと、任務を放棄する事とは全く別物だ。

「安心しろ、アイザック。私も着てない」

「その安心の意味がわかんねえよ。くそ、突っ込むぞ!」


積み重ねられた木箱の裏から発砲していた男たちのど真ん中に、突っ込む。

あがる悲鳴。腰を抜かしたように倒れる男たち。

だが、通過点に過ぎない。彼らは警官隊にでも任せておこう。

アイザックはその囲いを突破し、更に奥、中央通り、時計塔へ向かう。

男たちはようやく我に返ったらしい、ぐんぐん遠ざかっていく後ろのほうで発砲音が聞こえたが、すでにもう命中範囲でない距離まで遠ざかっていた。


ここまで走ればすでに逃げ惑う人々もまばらで、取り残された人々はビルや瓦礫の影で頭を抱えているか、あまり見たくはないが地面に伏せて死んでいるかのどちらかだった。

更に加速する。巨大な時計塔は距離感を麻痺させながらも、黒煙を上げながら目前に迫っていた。


「後で」

また、後で。短く呟き、ジゼルが後部座席から飛び降りた。

「ほんとに非常識な奴だな!今更だけど!」

重量が狂い車体は僅かに揺れる。それを瞬時に建て直し、右手でハンドルを握ったまま彼は左で銃を抜く。

右膝をシートにかけ、不安定な姿勢のままで前方に二階建て程の高さの瓦礫を捉える。

「保険、下りるよな……」

自信なさげな呟きと共に彼は勢いよくバイクを飛び降りた。

跳ね上がった軍服の裾がすとんと下に落ちるまでに二人、こちらに銃を向けた男を撃ち殺す。

1秒未満、こんなにも簡単に人は死ぬ。

乗り捨てたバイクが勢いのまま瓦礫に突っ込み派手に炎上するのがみえた。



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