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――コメディー――

攻略対象が前世の夫だった件

掲載日:2026/10/09

※転載、翻訳禁止です。

 その日、五歳のミフェール・シュセルムは家の庭で遊んでいた。

 庭にある木の上のかわいい小鳥が気になったので、近くで見ようと木に登ろうとした。

 侍女が駆け寄って止めようとしたが間に合わなかった。

 案の定、盛大に落ちた。


「うぅ……痛いよぉ……」


 地面に後頭部を打ちつけ、痛みが走った。

 侍女達の悲鳴が聞こえた。


(……あれ?)


 その時、もう一つの記憶が流れてきた。

 ――滝川咲。

 それが、ミフェールの前世の名前だった。


 咲は、日本人女性として生まれた。

 大学を出て、中小企業に就職した。

 二十四歳で結婚して、順風満帆な生活だった。

 そんな時、駅の階段で誰かが倒れてきて自分もそのまま落ちた記憶がある。

 多分、あのまま死んでしまったのだろう。


 咲は、漫画とゲームをこよなく愛するオタクでもあった。

 中でも学生時代にやり込んだ乙女ゲームがある。

 タイトルは「夢見る乙女の祈り届けよう」だった。


 ゲームヒロインは伯爵令嬢ブリッティ・ボルビン。

 彼女が王立学園に入学してからゲームは始まる。

 このゲームには五人の攻略対象がいる。

 第一王子、公爵令息、宰相の子息、天才魔導士、神官見習いと出会い、愛を育んでいくというストーリーだった。


 第一王子スレームルのルートでは、国政の重責と自身の幸福との葛藤。

 公爵令息クルナールートでは、孤高の騎士が少しずつ心を開いていく。

 宰相の子息ザビルスルートでは、家業と夢の狭間で揺れる姿。

 魔導士ログスルートでは、天才ゆえの孤独。

 神官見習いのジルオークでは、信仰と俗世との葛藤。


 そしてこのゲームには、悪役令嬢が存在した。

 名前はミフェール・シュセルム侯爵令嬢。

 金色の髪に紅色の目をしている。


(…………って、私じゃん!!) 


 攻略対象達のどのルートを選択しても、必ず彼女が絡む。

 ヒロインのブリッティに嫌がらせを重ねて、最終的には偽の証拠を作りブリッティを陥れようとする。

 しかし企みは露見し、学園の卒業パーティーの壇上で、攻略者対象達から公開断罪を受ける。

 そして修道院行きという末路をたどる。


(……冗談じゃないわよ……)


 ミフェールは、騎士にお姫様だっこをされながら決意した。


(断罪される未来なんて、ごめんよ。真っ当に生きてやるわ!)






 あれから五年の月日が流れた。


 十歳になったミフェールは、社交界デビュー前の子供達との交流の場として開かれるお茶会に両親とともに出席をしていた。 

 王都にある会場は、着飾った令息と令嬢達が行儀よくしていたり、楽しんで歓談したりしている。


 ミフェールはこの五年間、実に堅実に歩んできた。

 前世の記憶を思い出してからは、意地悪をしない、驕らない、見下さないを徹底した。

 侯爵令嬢だからと立場を利用して、人を困らせるような振る舞いはしていない。

 そのおかげか、シュセルム家のミフェール様は大変控え目で落ち着いているという評価だ。


(このまま平穏に人生を送りたいわー)


 紅茶に口をつけながら、そんなことを考えていたミフェールの視界に、ふと気になる光景を目にした。


 会場の一角から少し離れた木陰の辺りに、ひときわ目立つ少年がいた。


 銀色の髪に涼やかな青色の目をしている。

 幼いながらにその整い過ぎた容姿は将来、とんでもない美形になるであろうと予想できる。

 だがミフェールの目を引いたのは、その容姿ではなかった。

 彼を取り囲む複数の令嬢達の熱気だった。


「レスティグス様。今度、私の領地で収穫祭がございますのよ。是非、いらして頂きたいです」

「レスティグス様、わたくしお菓子を作りますのよ。今度そのお菓子を食べて頂けますか?」

「レスティグス様は剣術がお得意だとのこと。今度、見せて頂けませんか?」


 令嬢達が声をかける中、当のレスティグス家の嫡男、クルナー・レスティグスは眉間にわずかな皺を寄せ、面倒くさそうな顔をしている。


(あれ?)


 ミフェールは自分の心臓が飛び跳ねるのが分かった。


 あの眉間の皺の寄せ方……。そして令嬢の一人が距離を詰めた時に、無意識かのように自分の首の後ろを、指でトン、トン、トンと三度叩く仕草。


(あの仕草って……)


 咲の記憶の中に、まったく同じ仕草をする人物がいた。

 咲の夫である黒川真一だ。


 夫は、ぶりっ子といわれるような猫なで声で媚びるような話し方や接する女性が大の苦手だった。

 そういう相手に絡まれると、必ず眉間にわずかな皺を寄せ、無意識に首の後ろを三度叩く癖があった。


「なんか虫唾が走るんだよな、あの喋り方とかさ」と、よく愚痴っていた記憶がある。


(まさか……そんなことある? それとも偶然?)


 どうしても気になり、ミフェールの目は少年から離れなかった。


 やがてクルナーは、令嬢達に向かって「すまないが、失礼する」と冷たい態度で告げた。

 彼女達の間をすりぬけるように颯爽と立ち去ってしまう。

 残された令嬢達は落ち込んだり、むっとして頬を膨らませたりしている。


 クルナーはそのまま、同年代の令息達が固まってるテーブルへと合流した。

 友人らしき少年達が、彼に口々に何かを言っている。


「またかー、クルナー。氷の騎士様は相変わらず人気者だなぁ」

「うるさい」

「でもさ、何もあんなにあからさまに嫌そうな顔しなくても。あの令嬢達、ちょっと可哀そうじゃないか」


 クルナーはそれに答えず、右手で自分のうなじ辺りを撫でた。


(……あの仕草も……間違いないのかもしれないわ……)


 ミフェールは意を決した。

 紅茶をテーブルに置き、立ち上がった。

 侯爵令嬢としては大胆すぎる行動かもしれないが、確かめずにはいられない。

 そしてクルナー達のいる方向へと歩いていった。


 友人達と話しているクルナーの背後で、ミフェールは落ち着いた声を出して言った。


「レスティグス様、少しよろしいですか?」


 クルナー達の友人達が、一斉にこちらに振り向いた。

 今まで交流がなかった侯爵令嬢が自ら声をかけてくるとは思わなかったのだろう。

 ちょっとした驚きの気配が伝わってくる。


 クルナーは振り返り、ミフェールの顔を一瞥すると、これまでの令嬢達と同様にうんざりした感じで声を発した。


「……なんだ」


 やはりまた面倒な誘い文句なのかとその態度にあった。

 ミフェールは清々しいほどに言った。


「ポテチは、うすしおとコンソメのどっち派ですか?」


 クルナーの表情が一瞬にして固まった。


「「「???????????」」」


 友人達はポカンとしている。


 ミフェールは周囲の反応を気にせず、微笑んで続けた。


「ちなみに私は、うすしおの方がおいしいと思います」


(この世界にポテチというおいしい物がないのよね! 後で作りましょう!)


 沈黙。


 やがてクルナーは、半ば反射的に忌々しそうに口を開いた。


「いや、コンソメの方がおいしいだろう」

「「「???????????」」」


 友人達は更に混乱している。


 クルナーは言った瞬間、はっとした顔になった。

 目を見開き、まじまじとミフェールを見つめる。


 友人達は「いや、なんの話これ?」と周囲の友人と顔を合わせるが首を傾げている。

 クルナーとミフェールの間だけ、確かに通じたものがある。


 クルナーは平静を装いながら言った。


「……シュセルム嬢。少しよろしいか」


 そう言うと、返事も待たずに歩き出した。

 友人達が「え? クルナー? どういうこと??」と驚きの声を上げた。

 いつも令嬢を邪険するクルナーが、自分から場所を移そうと女性を誘うことなど、これまでに一度もなかったから驚いている。


 ミフェールは静かに頷き、その後を追った。






 庭園にある噴水の近くまでくると、クルナーは足を止めて振り返った。

 その表情には先ほどまでの冷たさは感じられず、戸惑いが見え隠れしていた。


「先程の事だが……」

「単刀直入に聞きます。レスティグス様は転生者でいらっしゃいますか?」


 ミフェールは、はっきりと聞いた。

 クルナーは息を呑んだ。

 困惑した顔で聞き返す。


「ああ、君もそうなんだな」

「はい、私は転生者です。前世の名前は滝川咲でした。結婚してからは黒川咲になりましたが」


 その名を口にした瞬間、クルナーの顔色が目に見えて変わった。

 驚きの表情でもあるが、涙を堪えるようなそんな表情だった。


「……うそだろ……咲が目の前に……」


 ミフェールは、じっとクルナーを見つめる。


「俺は……黒川真一だよ……」


 二人の間だけ時間が止まったような感覚があった。

 ミフェールの目にはじわりと涙が滲んだ。

 結婚して二十年位は一緒にいたのだ。

 不器用な所もあったが、心を許した相手には思いやりがあって優しい人だった。


「やっぱりあなただったのね。しん君」


 ミフェールの声は震えていた。


「ぐっ……」


 クルナーは胸を抑えて、少し顔が下向きになり赤くなっていた。

 ミフェールはクルナーの胸に飛び込みたい衝動に駆られたが、理性がそれを押しとどめた。

 ここは貴族社会の世界なのだ。

 婚約者でもないのに、そんなことなどできない。

 クルナーも同じ葛藤を抱えていたのか、両手を握りしめて口を開いた。


「咲……いや、この世界では……シュセルム嬢と呼ぶべきだな。また会えるとは思わなかったよ」

「私もよ。まさか、二人ともこの世界に転生しているなんてね。不思議なものね」


 二人は周囲に人目がないことを確かめながら、噴水の淵に並んで腰掛けた。

 それから互いに前世の記憶をすり合わせた。


「咲が亡くなってから、なんか色々と投げやりになってさ。不摂生だったからか、病気になった。そこから記憶はないけど、それで死んだんだと思う」


 と彼は苦笑いしながら語った。


「それで……そのぶりっ子が苦手なところは、この世界でも健在だったのね」


 クルナーは苦々しく肩をすくめた。


「ああいう媚びを売ってくる女性は、生まれ変わっても無理なもんは無理なんだって」

「ふふ、眉間の皺と首を触る癖で分かったわ」

「……見られていたんだな」


 クルナーは頬を染めて、気まずそうに視線を逸らした。

 その様子があまりにも前世のままだったので、ミフェールは思わず噴き出してしまった。

 二人で笑い合ったあと、ミフェールは真顔になり、意を決したように話を切り出した。


「それでね、私がこの世界について知っていることで大事な話があるのよ」

「聞かせてくれ」


 ミフェールは、この世界が前世でやり込んだ乙女ゲームの世界であることと、自分がその悪役令嬢というキャラで、卒業パーティーで断罪される運命であることを語った。


 クルナーの表情は、話が進むにつれてどんどん険しくなっていった。


「私はゲームのような行動を起こすつもりはないわ。でも実はヒロインが転生者で、嵌められるとういうものがあったり、強制力というのも考えられるのよね」

「ちょっと待て。つまり回避しようとしてもお前は将来、断罪される可能性があるということか?」

「ええ、それでゲームのシナリオ通りに進むなら攻略対象達に、大勢の前で糾弾されるわ。あなたを含めて……」

「俺が、お前をか?!」


 クルナーの声には、強い拒絶が感じられた。


「そんなこと絶対しないし、させるつもりもない」


 まっすぐにミフェールを見つめるクルナーの目には、迷いはなかった。


「前世で俺はお前の夫だった。今世でもお前が理不尽な目に合うのを黙って見ているつもりはない。協力する。断罪を回避する方法は一緒に考えよう」


 その言葉にミフェールは胸の奥が温かくなった。

 前世で長年連れ添った夫が、ここにいてまた自分の味方になってくれる。

 こんなに心強いことはない。


「ありがとう。レスティグス様」

「二人っきりの時は、クルナーでいい。俺もミフェールでいいか?」

「ええ、もちろん」

「その、今世でも俺達は……いや、まだいいか……」


 クルナーはそこで言葉を切り、耳まで赤くしながら視線を逸らした。

 ミフェールも、その先のことを察して、顔が熱くなるのを感じた。

 だが二人ともまだ、十歳。焦る必要はどこにもない。


「ふふ、まずは友人として断罪回避のお手伝いをお願いするわ。クルナー様」

「……ああ、そうだな。ミフェール、それにしても今世は、ボンキュンボンなんだな……前世は――」

「何か言いまして?」


 クルナーは圧を感じた。


「……いえ、なんでもないです」






 それからというもの、ミフェールとクルナーは表向きには親しい幼馴染として接していたが、裏では断罪回避のために準備を進めていった。


 ゲームのシナリオでは、悪役令嬢のミフェールはヒロインのブリッティに対して、物を隠したり、嘘の噂を流したり、階段から突き落とそうとしたりと、嫌がらせを重ねていく。

 今のミフェールは、まだブリッティ本人と一度もあったことがない。

 入学してから会う事になるだろうが、ストーリーの通りのことをしなかったとしても冤罪という可能性もなくはない。


「もし、ヒロインが冤罪をかけてくるような人だったら私が直接手を下さなくても、状況証拠だけで断罪される場合があるわ。後は、ある小説の話だけど、私の侍女が買収されて相手側についたり、友人が勝手にヒロインへ嫌がらせをして、それが私の指示だと決めつけられるとかね」

「なるほどな。そうすると、周囲の人間を全員味方に固める必要はあるな」

「そうなるわね」


 ミフェールはまず、自分の侍女を一新することから始めた。

 ミフェールの母であるシュセルム侯爵夫人に相談し、口が堅く忠誠心がある人物を厳選して雇い入れた。

 中でも、ミフェールより四歳上の侍女リディは、機転が利き武術も出来るそうだ。



「旦那様から、ミフェール様の身の回りに不審な動きがないように目を光らせてほしいと仰せつかっております。何かあれば、必ず私めにご相談下さいませ」 

「ありがとう、リディ。頼りにしているわ」


 クルナーは自らの立場を利用し、王宮や貴族社会の情報網に細かく目を配るようになった。

 公爵家の嫡男という立場は様々な噂話や動向がクルナーの耳に入ってくる。


 ミフェールはこの数年間、令嬢としての礼儀作法はもちろんのこと、剣術の基礎や護身術まで学んでいった。


「最初は父に淑女が剣術など学んでどうすると渋い顔をされたけどね」

「まぁ、ここじゃ普通はそうだろうな。いざという時に自分の身を守れるっていうのは悪いことじゃない」

「クルナー様が稽古をつけてくれたから助かったわ」


 レスティグス家は騎士の家系だ。

 ミフェールはお忍びでレスティグス家に遊びに来ては、クルナーから稽古をつけてもらった。

 剣の稽古中、二人は前世の思い出話をよくした。

 前世では、喧嘩の後にどちらが先に謝るかで意地を張りあったり、笑い合ったり、休日は二人で出かけて穏やかな日常を送っていた。


 二人は度々、どちらかの家に行くことが多かった。


「やっぱ、これうまいな」

「新作の味を作ってみたのだけど、食べてみない?」

「頂こう」


 ポテチを食べながら、二人は楽しく会話をしている。


 そんな時、ミフェールの母が娘とクルナーの様子を見て、こっそりと夫に囁いた。


「ねぇ、あなた。ミフェールとレスティグス家のご子息、随分と仲がよろしいですわね」

「ああ。あの氷の騎士と呼ばれるご子息がミフェールの前だけでは、あんな柔らかそうな表情をするとはな」

「将来のことは考えているのかしら」


 ちなみにレスティグス公爵夫妻も似たような会話をしていた。


「あの女嫌いのクルナーが、令嬢にあんな顔を向けて笑うところを見たことないわ」

「そうだな。昔から愛想のない息子だったが……シュセルム家のご令嬢だけは特別のようだ」

「これはもう、正式にシュセルム家へ婚約を申し込んでもよくてはなくて?」

「まだ気がはやいと思うぞ」


 そんなレスティグス公爵の顔は笑っていた。

 こうして両家の親達が、水面下で将来の縁組への期待を膨らませる一方で当の本人達は気がつかない。

 それから両家どちらも他から婚約の申し込みが来ていたが、気を使って本人達の知らぬところで丁重に断っていた。


 剣術の稽古は、積み重ねていく内に本格化していった。

 最初は素振りですらぎこちなかったが、持ち前の負けず嫌いもあって、着実に上達していく。


「ミフェールは筋がいいな。前世でもスポーツはそこそこできていたよな」

「あら、ありがとう。前世のスポーツとはまったく別物だけど、剣術もやってみると楽しいわ。あなたと一緒にってのが一番だけどね」


 その言葉にクルナーは言葉を詰まらせた。

 それから照れ隠しながら「よし。じゃあ、続けるぞ」と稽古を再開した。






 時が経ち、王立学園入学日。


 当日、ミフェールは大広間に集められた新入生の中に、その人物を見つけた。


 蜂蜜色の巻き髪に白緑の目。

 庇護欲を感じさせるような愛らしい顔立ち。

 ボルビン伯爵令嬢のブリッティ・ボルビン。


(彼女がヒロインだわ)


 ミフェールは彼女を観察した。

 彼女の視線の動きには、明らかに値踏みするようなものがあった。

 周囲の令息達を見定めている印象を受けた。


(ゲームとの感じが違い過ぎるわ。これは転生者確定かしら)


 入学後、ブリッティは早速行動を開始した。

 廊下でわざとよろけて、第一王子スレームルにぶつかりそうになったり、図書室で本を取ろうとして届かないふりをして宰相の子息ザビルスに助けを求めたりしていた。


 ストーリー通りといっていいほどに、イベントを連発している。

 その様子をミフェールとクルナーは物陰から観察していた。


「……ちょっと、あからさますぎでしょう」

「ああ……。俺、正直ドン引きなんだけど」


 クルナーが嫌そうな顔をしている。

 ミフェールは苦笑した。


「クルナー様は、ボルビン様に迫られたりしてないの? あなたも一応は攻略対象でしょう」

「何度か来ているけど、マジで勘弁だ。あの手のタイプは、生理的に無理なんだよ。お前を俺の隣にくっつけて視界に入れたくないくらいだ」


 ブリッティはクルナーにも言い寄ってはいるが、クルナーは彼女が来てもあしらい続けていた。


「レスティグス様、あの~、剣術の稽古の見学をさせて頂けませんかぁ? すごく素敵で、見ていたんです~」

「悪いが、邪魔だ」

「そんなぁ、冷たいですわ~」


 わざとっぽくしゅんと目に涙を浮かべるブリッティに対して、クルナーはゴミを見るような目を向けていた。

 かつて令嬢達に囲まれていてうんざりしていた頃以上の対応だった。


 一方で他の攻略対象達は、ゲームのシナリオ通りにブリッティにかまっていく様子を見せていた。


 第一王子スレームル・アウロトスは正義感が強く、困っている令嬢を放っておけない性分から、何かとブリッティを気にかけるようになる。


 宰相の子息ザビルス・ブライールは、ブリッティに相談されることが多く、彼女の相談役を担っているようだ。


 天才魔導士ログス・フィスリフは、ブリッティが「魔法が苦手でぇ」と困る姿に仕方なく、個人指導をし始めた。


 心優しい神官見習いジルオーク・ハミストンは、ブリッティの「実は悩みがあるんです~」と涙ながらに語り、彼女を献身的に支えるようになっていった。


 こうしてクルナー以外の四人が、順調にブリッティの周囲に集まっていったのである。


「いや、あいつらアホだろ。なんで、あんな演技に引っかかるんだ。明らかにわざとらしいだろ」

「なんでですかねぇ。わかりません~」

「や・め・ろ。あいつの真似をするな」


 ゲームでは最初に選んだ攻略対象で、そのルートのノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドとある。

 断罪の場だけは他の攻略対象も加わる。

 最初に選んだ時点でそのルートのみになる。

 だけど、ブリッティは複数のイベントを発生させている。


「でも、逆ハーレムルートなんて……なかったはずなんだけど、ボルビン様は明らかにそれを目指していると思うわ」

「まじかよ。もしそうだったら、気持ち悪い女だな。俺は好きな女性を共有するなんて無理だ。ていうかそんなアバズレは選ばない」


 ミフェールはブリッティの様子を眺めながら観察を続けた。






 学園生活が進むにつれ、ミフェールは意識的にブリッティの周りに集まる四人の攻略対象達とも、適度な距離を保ちながら交流をもっていた。


 第一王子スレームル・アウロトスは金髪碧眼で美しい容姿をしている。

 お茶会では適度に会話をする。


「シュセルム嬢。ボルビン嬢は苦労が多いようでな。力になってやらなければと思っている」

「さすが、殿下です。困っている方に手を差し伸べるのは、王族としてあるべき姿ですわ。

私は殿下のそういうところを尊敬しております」

「シュセルム嬢……」


 スレームルは感激した様子だった。

 ミフェールは良好な関係を維持するために、当たり障りない対応を心がけている。


 宰相の子息ザビルス・ブライールとは、実は幼い頃からの幼馴染だった。

 父親同士が旧知のなかであり、その関係で子供の頃に何度も遊んだ事がある。

 クルナーと三人でいることもあった。


「シュセルム嬢。妙にたくましくなったな。クルナーとの剣の稽古の成果か?」

「ふふ、ブライール様。もちろんですわ、日々精進していますからね」


 この気安さは、幼馴染ならではのものだった。

 ザビルスはブリッティの相談役を務めながらも、ミフェールに対しては変わらぬ友人としての態度だった。


 天才魔導士ログス・フィスリフは、人付き合いが苦手な無口なタイプだったが、ミフェールと魔法の合同授業でペアを組んだことがある。

 それがきっかけで、魔法絡みの会話をするようになった。


「シュセルム嬢は珍しいな。女性で俺の話を最後まで聞こうとする人間は少ないんだ」

「フィスリフ様のお話はとても興味深くて、つい聞き入ってしまいますわ」


 実際、ログスの知識は感心するものばかりで、つい色々と聞いてしまうほどだ。


 神官見習いのジルオーク・ハミストンは、素朴で優しい人物だ。


「シュセルム様、いつも礼拝堂の花をありがとうございます」

「いえ、ハミストン様。少し華やさがあるともっと心が落ち着けると思ったのです」


 ジルオークは誰にでも優しく接する人柄だ。

 ミフェールに対しても分け隔てなく接してくれる。


 ミフェールは攻略対象達と友人として良好な関係を築くことに成功していた。

 これは万が一でも冤罪がかけられた際に、彼らが容易にブリッティの言葉だけを鵜呑みにさせないための布石でもあった。


 そしてミフェールには気の置けない友人達がいる中で、特に仲がいい令嬢がいた。

 伯爵令嬢であるメルディー・ヒュリナである。


 メルディーは、細身で眼鏡が似合う知的な雰囲気がある令嬢だ。

 彼女は経営学や学問の話に夢中になるところがあった。


「ミフェール様は変わっていますね。剣術もそうですけど、魔法の方の知識も広げていますよね。でもそれでいて経営学も学んでいらっしゃいますし」

「好きでしていることですから」

「でもそんなところを尊敬しますわ。わたくしも、いずれは実家の商会を継ぐつもりです。ミフェール様と話していると別の視点が見つかって勉強にもなりますわ」


 こうした交友関係はミフェールは大切にしていった。






 学園生活に、暗い影が差し込んだのは二年生の頃だった。


 ある日、ミフェールに一枚の招待状が渡された。

 渡してきたのは、まさかのブリッティ・ボルビンである。


 直接声をかけてきたブリッティは、いつものように可憐な微笑みを浮かべていた。

 ミフェールは、その笑みの奥に隠れている黒いものを感じ取っていた。


「シュセルム様。今度、私の誕生日のお祝いを学園の温室で内輪だけでするんですけど、よろしければシュセルム様もいらして頂きたいです~」


(絶対、なにか企んでるでしょ。これ……)


 これまで、ミフェールはブリッティと交流をしたことはなかった。

 それなのに、内輪だけのお祝いに自分を招待するというのは、どうみたっておかしい。


「まぁ、光栄ですわ。喜んで参加させて頂きます」 


 ミフェールは内心の警戒を表には出さず、微笑んで了承をした。

 断れば、それはそれで感じの悪い令嬢という印象を周囲に与えかねないからだ。

 だとすれば自ら罠の中に飛び込んで、ブリッティの手の内を見極めてやろうと決めた。


 その日の放課後、ミフェールはすぐにクルナーに報告した。


「ボルビン様に誕生日会へ招待されたから、受けたわ」

「なんで受けるかな……」

「周囲に人がいたのよ。断れば悪印象がつくと思ったのよ」

「はぁ……お前とはまったく交流なかったはずだろ? ってことは何か仕掛けてくる可能性があるな」

「ええ、それで頼みがあるの。クルナー様には裏で動いてもらいたいのだけど――」


 ミフェールの立てた作戦はこうだった。

 誕生日会当日、自分は表面上は普通にパーティーへ参加する。

 その一方で、会場には信頼できる者達を配置し、会場や関係者の動きを徹底的に監視と記録をしてもらう。

 何が起きても必ず物的証拠を押さえられるようにするためだ。


「ああ、分かった。こちらでも調整する」


 そして、迎えた誕生日会当日。


 学園の温室では、色とりどりの花が飾り付けられている。

 招待された人達が和やかに歓談していた。

 スレームル、ザビルス、ログス、ジルオークの四人も揃って出席している。

 令嬢も何人かいる。

 ブリッティはその中心で、幸せそうに微笑んでいる。


「今日は皆様に来て頂いて、本当に嬉しいです~」


 和やかな時間が過ぎていく中で事件は起きた。


「きゃぁぁぁっ!」


 悲鳴が聞こえたのは、パーティーの中盤頃だった。


 声のした方を見るとブリッティが片手で口を覆い、床にへたり込んでいた。

 口を押さえた手には赤い液体が滲んでいた。


「ボルビン嬢! どうした! 大丈夫か?!」


 スレームルが真っ先に駆け寄る。

 ブリッティは震える声で訴えた。


「わ……私、飲み物を口にした瞬間……急に喉が焼けるように熱くて痛くて……うっ……」

「毒か?! 医師を呼べ! 至急だ!」


 スレームルは騎士に命令をした。


(いや……演技下手過ぎでしょ! なんで周りは疑問に思わないのよ……)


 ジルオークがブリッティに駆け寄り、治癒魔法を発動させた。

 会場は一気に騒然とした。


 そして、ブリッティは涙を流しながら、震える指を真っ直ぐにミフェールへ向けた。


「シュ……シュセルム様が……私のグラスに何かを入れるのを見てしまったんです……でも、気のせいだと思ったんです。だからそのまま飲んでしまって……」


 周囲の視線が、一斉にミフェールへと集まった。


(やり方が汚いわね! 許すまじ!)


 ミフェールは驚愕した表情を作りながら、内心では冷静に頭で考えを巡らせていた。


「ボルビン様、それは事実と異なりますわ。私はそのグラスには一切触れておりません」

「そんなっ……でもっ! 私は確かに見たんです! シュセルム様が、実は私を快く思っていなかったのは知っていました」

「あら、どうしてそう思うのですか?」

「私が周囲の婚約者候補達に守られて嫉妬しているから……」


(ん?)


 えっ?と周囲も困惑した。


「……あなたの婚約者候補とは、一体どなたですの? 私は知らないのですけど」

「スレームル様、ザビルス様、ログス様、ジルオーク様、クルナー様です! 皆様に愛される私を疎ましく思っていたのです!」 


 周囲は唖然。

 名を呼ばれた当人達も呆気にとられていた。


(いや、クルナー様はあなたのそばにいたことないでしょ。にしても血を吐いてる風なのにピンピンしていることに、誰もつっこまないのかしら。治癒魔法かけたから大丈夫だと思ってる?)


「だから、私に毒をっ!」


 周囲は困惑しつつもミフェールに視線を向けた。


「いや、私はボルビン嬢を婚約者候補にしたつもりはないのだが……それと名を呼ぶのも許可をしていない。それにシュセルム嬢が……本当にそんなことを?」

「殿下、信じて下さい。私は身に覚えがございません。第一、なぜ私があなた方に愛されているからといって、彼女に嫉妬するのでしょうか。私、まったくそういった目で見た覚えはありません」


 周囲もたしかにと二人を見る。


「そのことですが、私は一部始終を確認していました。実は学園内で不審な行動を起こす者がいると学園内に報告があり、調査が必要な場所は監視対象となっています。現在この会場も監視対象となっていました。そして先ほどの件、その証拠となる映像があります」


 そう名乗りでたのは、給仕係に扮していたレスティグス家の者だった。

 本来は学園内の催しの配置は学園に申請が必要だった。

 必要な給仕係は学園から内容を確認次第、決まった人数を手配される。

 実は、このパーティーが始まる前、学園に協力してもらいレスティグス家の手の者を周囲の給仕係や騎士を配置させ監視の目を張り巡らせていた。


 そして、魔導士のログスにブリッティ・ボルビンの行動に不審な点があることを相談し、監視用の魔道具の設置に協力してもらっていた。


 前に出た給仕係は記録した魔道具を懐から取り出し、その場で映像を再生して見せた。


 映し出された光景に会場の中がどよめいた。



 映像の中で、ブリッティは周囲の目を盗んで、後ろを少し向き角度を変えて口に赤い何かを入れた。

 そして正面に戻り、何食わぬ顔でグラスの飲み物を口に含んだ。

 その後、わざとらしく声を上げて床にへたり込んだ。


「これは……」


 スレームルは息を呑む。


 他の三人も驚愕の表情で映像を見ていた。


「ボルビン嬢……これは、どういうことでしょうか」


 ジルオークが信じられないという顔で声を出した。

 ブリッティの顔からは、みるみると血の気が引いていった。


「っ……違います! この映像は捏造です」

「……この魔道具は捏造はできない」


 ログスが冷静に指摘する。

 彼は元々、ブリッティの魔法が苦手という主張に僅かな違和感を感じ取ったらしい。

 基礎的な魔力操作の能力があるのに、なぜか苦手な素振りをしているように見えたという。


 そこに、クルナーが現れた。


「レスティグス様! 私を助けに来てくれたのですね!」

「違う」 


 クルナーはブリッティを冷ややかな目で見ていた。


「実はそれだけではない。数日前、ボルビン嬢が学園と取引のある商人と接触し、口でかんで出る赤い染料を入れた粒の依頼をしていた記録がある」


 クルナーが前に出した書類には、依頼内容が書かれており、商人とブリッティの署名があった。


 完全に追い詰められたブリッティは、涙ながらに言い訳を重ねようと必死だった。


「違うんです! これはきっと、シュセルム様が私に罪をきせようと仕組んだことなのです!」

「そうまでして、シュセルム嬢を陥れたいのか」


 クルナーの目は厳しい。


「皆さん! 信じて下さい!! これは――」



 周囲の目はとても冷たかった。

 証拠を提示しても言い訳ばかりだった。


「ボルビン嬢……」


 ザビルスが痛ましそうな表情でブリッティを見下ろしていた。


「君のことを皆、心配し誠実に接していたはずだ。それをこんな形で裏切るとは……失望したよ」

「っ……」

「シュセルム嬢に冤罪をかぶせようとしたことは、断じて許されることではない。このことは、詳しい調査をさせてもらう」


 スレームルはそう言い放った。


 ブリッティはその場から崩れ落ち、泣き喚いた。

 だが、慰める者はいなかった。






 ブリッティの企みは正式に学園と王家へ報告された。

 後日、正式な聴取が始まった。


 聴取されたブリッティは意味の分からない事を何度も言ったそうだ。

 攻略対象の五人を自分は彼らに愛されていて全員が自分の夫になるのだと、聴取を取った官僚を呆れさせていた。


 調査内容ではミフェール・シュセルムに対し、虚偽の告発を行い、彼女を陥れようとした証拠が複数の証言と物証によって明らかにされた。


 これによりブリッティは学園から退学処分が下された。 

 その後、彼女は精神的な病気だろうと監視のもと医療機関に入れられた。


「シュセルム嬢」


 スレームルがミフェールの元へやってきた。

 その表情には深い反省の色が浮かんでいる。


「私は、彼女を甘やかしすぎていたようだ。まさか彼女があのような思考の持ち主とは思わなかった。私も含めあの四人も彼女を婚約者候補にしていないのに、彼女の頭の中ではなぜかそうなっていることに驚かされたよ。君にも迷惑をかけた」

「殿下、お気になさらないで下さい。その……中には変わった思考の方もおりますからね。気づきにくかったのもありますでしょうし。これからも殿下とは誠実な関係を築いていければと思いますわ」

「ああ、これからもよろしく」


 それからザビルス、ログス、ジルオークもミフェールを巻き込んだことへの謝罪をされた。


 ミフェールは全員に穏やかな笑顔で応じた。






 騒動から数週間後、学園に平穏な日常が戻ってきた。


 学園の庭園でミフェールとクルナーは二人でいた。



「意外にあっけなく終わったわ……」

「相手が馬鹿すぎだんだ……」



 クルナーはミフェールの隣に腰掛けている。

 こうして二人でいることがたまらなく心地よかった。


「これで断罪も回避できたし、他の方とも良好な関係が維持できてよかったわ」

「ああ。それとだな……俺達の関係についても……そろそろはっきりさせたいんだが……」


 クルナーは真剣な眼差しでミフェールを見つめる。

 その言葉にミフェール心臓が大きく跳ねた。


「クルナー様……」

「前世で、俺達の結婚生活は二十年だった。お互い、笑いあって喧嘩もした。それでも一緒に居続けた。今世でもお前と一緒にいたいことは変わらない。だから――」


 クルナーはその場に片膝をついた。

 ミフェールの手を取り、真剣な目で見つめた。


「ミフェール・シュセルム嬢、愛している。今世でも夫婦として共に歩みたい。だから結婚してほしい」


 ミフェールの目にじんわりと涙が滲んだ。


「はい……。もちろん、私も愛しています。喜んでお受けいたします」


 二人はどちらともなく、ゆっくりと顔を近づけた。


 それから数週間後、レスティグス公爵家とシュセルム侯爵家の間で、正式な婚約が発表された。

 学園中がその知らせを聞き何人かの令嬢は悲しい嘆きを上げ、中にはああやっぱりかと言っている者もいた。


 スレームルはミフェールの元へきて祝いの言葉をくれた。


「二人の仲は、気づいていた。なぜまだ婚約していないのだろうと思っていたくらいだ。君達は隠してたつもりでいたかも知れないが、いちゃいちゃしている風にしか見えなかった」

「気づきませんでしたわ……お恥ずかしい……」


 スレームルはそんなミフェール見て、穏やかに笑った。


「やっとか。もう一人の幼馴染として、ミフェールの幸せを願っているよ」

「レスティグス殿、シュセルム嬢を悲しませることをさせないでくれよ」

「お二人の未来に神の祝福がありますように」


 ザビルス、ログス、ジルオークも二人を祝福した。


 学園を卒業後、二人は盛大な結婚式を挙げた。

 式場となった大聖堂では、大勢の人達に囲まれて祝福された。


 純白のドレスに身を包んだミフェールを見て、友人達は綺麗だと言ってくれた。

 式の最後にお互い微笑み合い、誓いの口づけをした。


 夜、二人きりになりクルナーはミフェールを抱きしめて言った。



「今世ではもっと長生きしような」

「ええ、そうね」


 こうして二人はまた夫婦として人生を共に歩んでいくことになる。






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なぜ「うすしお」と「コンソメ」だけ!? 私は断然「のり塩」派!! ちなみにキノコよりタケノコww
十歳であることを強調した後に出てくる主人公のボンキュンボン(ボンキュッボンの誤字?)設定が気になる…年齢のわりに異常に発育が良くてロリなのにナイスバディなのかそれとも肥満体なのか。前者なら何故その設定…
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