第3章 ボトムキープ
「勉強なんて、やりたくない。」
「学校になんか、行きたくない。」
それは、罪なのだろうか?
それとも、正常な感覚なのだろうか?
頂点を目指して駆ける姿は、実にカッコよくて、「自分もなれたらいいだろうなあ。」なんて思ったこともある。しかし、前述のようなナマケモノには到底できない芸当である。
そうかと言って、最底辺で蠢くクズにもなり下がるのもどうかと思う。
そこで、頭に浮かぶのはボトムを支えるという感覚である。
頂点を目指そうなんて、大それた考えは必要ないが、ボトムをキープしようとする気持ちは、たぶん、あった方が良い。
小学校の徒競走に例えれば、一番を目指す必要などないが、ビリにならない程度にやるべきことを熟す気構えである。
学校のテストなんかでも、同じである。
ビリにならないように走ったり、ビリにならないように勉強したりしていれば、当然、デットヒートになどならないし、最底辺に落ちることもない。
敵もライバルもいないような生ぬるい境地である。
競い合うなんてことは、必須ではない。他人のことなど気にする必要なんてないのだ。
大概の事は、気楽にやれば、全て問題ない。
ビリにならないように、イコール最下位グループにならないようにみたいな温い考えでいれば、優れた人間になどなれるわけもないし、脚光を浴びることもなく、ましてや、世間でもてはやされることなどあるわけがない。
褒められることがないのも当たり前。
しかし、それでよいではないか。ただ、極普通の人間でいることに満足すれば、何ら問題などない。
そんな調子でやっていけば、悩むことも少なく、苦労することもほとんどなく生きていける。
褒められることが、少々後ろめたいくらいに、適当にサボって生きていくのが丁度良い。絶対に無理などしないことである。
余裕を持って生きることと、ボトムキープが両立すれば、人は社会の中に埋もれて、流れに揺られながら、ノホホンと暮らしていける。
例え、その人間がどんなに異常なことを考えていても、どんなに悪徳な人格を内在していても、ただの凡人としての立ち位置を確保できる。
ダラダラと生きるためには、このボトムキープというのが重要なファクタの一つである。それを怠ると、悲惨な目に合うのが目に見えている。




