第22章 ネクストステージの開幕
マラソンに例えれば、
脇目も降らずに、只管トップを目指して走るか、それとも、周囲のランナー達に笑顔を見せながら中段やや後方をいくか、という話だ。
限界を目指して走りたい奴らは、まあ、トップ集団で争えばいい。
でもね。
そんなの御免だと思うのであれば、後方をゆっくりと走るのがいい。
実力よりも後ろの位置を走るのが最高に快適なはずだ。駆け抜ける爽快さを感じながら、周りの景色でも楽しんでいれば、栄光もない代わりに挫折もない。
肩を張って競い合う時代は、もう終わる。
我武者羅に働く時代も、もう終わった。
資本がなくても、インフラや設備を作れる時代が必ず来る。
資本がなくても、生産や管理がなし得る時代が必ず来る。
あくせくと働かなくても、世界中の人々が生活できるようになる。
資本主義の終末である。
面倒なことは、全部AIがやってくれる時代の到来だ。
多くのことを機械が自動的にやってくれる時代の到来だ。
より美しき、より快適な世界を築くために、最も邪魔なものは競い合う人間の本能となるだろう。
それに比べると、AIは良い。欲望もないし、文句も言わない。競い合ったりもしないはずだ。
今こそ、破壊と憎しみの連鎖から飛び立つ時なのだ。
やらされる世界から、好きなことをやる世界へとの変革とでも言ったらよいのだろうか?
ダラダラと生きながら、未知なるものへと夢を馳せれば、きっと新たな世界が見えてくる。社会の歯車と化した奴らには見えない世界だ。
例え、閃光の如き一瞬の命しかなくても、壮大な宇宙の彼方まで見渡すことができるかもしれない。
そして、その知識が新たな想像を産み出してくれるはずだ。
無限の可能性というのは、そういうものだ。
人類自体が、その可能性を狭めてしまってどうする?
もう、急ぐ必要などないのだ。
そろそろ、競い合い、無理して生きる馬鹿馬鹿しさに気づく時ではないだろうか。
ダラダラと暮らしながら、次のステージでも夢見て暮らすがよろしかろう。




