第18章 憎しみに囚われた人間は美しく見えない
いろいろな要因により、人は憎しみを抱く。
憎しみを抱くような不幸な目に合わなければ、それが一番幸せであろう。
でも、時に、不条理極まりない理由で、家族を失ったり、大切なものを奪われたりすることもある。
そんな時に、人は誰か、もしくは、何かを憎むわけである。
戦争、交通事故、犯罪、災害など、憎しみを生じさせる要因は誰の傍にも転がっている。
この世界はロシアンルーレットのようなものかもしれない。
どんなに品行方正に生きていても、大きな不幸に巻き込まれることもある。また、悪行の限りを尽くしていても、最後まで無事に生涯を全うできることもある。
そんな中で、大きな不条理に見舞われ、人を憎むようになった人間ほど、哀れで醜いものはない。
もし、そんな悲運に見舞われたとしても、人を憎まないようになれれば、世界は美しくなるだろう。
でも、人を憎むなと言うだけで解決するような問題でもない。人間というのは、憎しみを抱かないようにはできていないのだ。
憎しみは連鎖する。
連鎖は連鎖を産み、更に深い憎悪を産み出す。
そうなってしまえば、絡み合った鎖は解けることはない。
たぶん、どちらかが消滅するまで解けることはない。
人を憎まない心。
それは、なかなか人間が到達できない至上の境地なのかもしれない。
それでも、そこに続く道が見えないこともない。
合言葉は、許容と慈愛、そして、信頼だろうか?
それは、とても、美しい道であり、そんな境地に達することができれば、完全なる傍観者としてダラダラと生きることもできるだろう。
今のところ、そちらに向かう兆しは見えないが、少しだけ、期待しておきたいと思う。




