第11章 心の奥底に棲むもの
他人の心の中など、見えはしない。
だから、怖い。
「もしかしたら、あいつは俺を嫌っているのではないか。」
では、自分の心の奥底は見えるものなのだろうか?
冤罪という言葉を聞いたことがあると思う。
無実の人間に罪を着せてしまうことである。
何ら悪くないのに、濡れ衣を着せられてしまった者の不幸は計り知れない。日本においても、長年無実の罪で拘禁された例がいくつかある。
しかし、冤罪というのは、そのような国家的な問題だけではなく、普通の人間の周囲にも存在するものなのだ。
確たる証拠もないのに、誰か、もしくは組織や物のせいにする。
「きっと、そうに違いない。」
「きっと、あいつらの陰謀だ。」
「きっと、この薬のせいで、病気になった。」
「きっと」って、何なのだろうね。
おそらく、たぶん、もしかしたら、いずれにしても、確証がないということ。
そんな妄想で、悪者を作り出すことほど罪深いことはない。
妄想の果て、闇の中に疑心暗鬼は目覚めるものだ。
心の奥底に棲むものがいる。
まるでコンクリートで封じ込めたように、理性や論理で押し固めた心の奥底には、自分すらも知らない魔物が眠っている。封印され、忘れ去られてしまった邪悪な魔物だ。
そこから、漏れ出す邪悪な思想が世界を狂わす。
また、あるきっかけで、結界が破られ、魔物が猛威を振るうこともある。
風もない静かな夜に、そっと、自分の心の奥底を覗いてみると良い。起こさないように、そっと、そっと、覗くことをお勧めする。
そこには、悪鬼がいるはずである。
追い詰められて、どうにもならなくなった時。
あるいは、恐怖の限界を越えた時。
悪鬼は目覚め、人は狂気に走る。
妄想の果てに、心の闇に目覚めし悪鬼は、この世の破滅を具現化する。
そうならないように、心安らかに暮らせることを祈りたいものだ。
どんなに追い詰められたとしても、悪鬼を目覚めさせてはいけない。




