8
翌朝。
学院の廊下を歩きながら、レティシアは小さく違和感を覚えていた。
何かがおかしい。
いつもと同じ光景。
いつもと同じ時間。
何一つ変わらないはずなのに、妙に落ち着かない。
理由は分かっている。
分かっているからこそ、考えないようにしていた。
視線を前へ向け、淡々と歩を進める。
だが。
曲がり角に差しかかった瞬間、無意識に足がわずかに緩んだ。
ほんの僅か。
自分でも気づかぬほど自然な動き。
そして。
何もいない空間を見てしまう。
「……」
一瞬の沈黙。
すぐに歩き出す。
だが胸の奥に、説明し難い違和感が残った。
(……今のは何……?)
ただの確認。
ただの偶然。
そう結論づけようとする。
にもかかわらず。
数分後。
再び同じことが起きた。
階段前。
視線が勝手に人影を探す。
意識などしていない。
探すつもりなどない。
それなのに。
「……いない……」
小さく漏れた声に、自分で息を呑む。
なぜ今、そんな言葉が出たのか。
完全に無意識だった。
「……違うでしょう……」
即座に打ち消す。
違う。
何を期待しているというのか。
だが心は正直だった。
どこかで、探している。
あの無表情で、理不尽で、常識外れの男を。
「……なぜ……」
理解不能。
論理が組み立てられない。
その時。
背後から不意に声が落ちた。
「何を探している」
心臓が跳ね上がった。
振り返るより早く分かる。
聞き間違えるはずがない。
「…………」
そこに立っていたのは。
いつも通りの無表情。
いつも通りの落ち着いた視線。
アークレイン・ヴァルハルトだった。
「……っ……」
一瞬、言葉を失う。
その反応に。
彼の目がわずかに細められる。
「やはりな」
静かな声。
逃げ場のない確信。
「探していた」
否定しようとする。
だが。
今この状況で、それはあまりにも説得力がなかった。




