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ざわめきが戻らない談話室。
だが当の本人は、それどころではなかった。
「……時間の問題、ですって……?」
誰かの囁きが耳に残る。
聞こえないふりをしたかった。
だが、無視できない。
「妙な顔をしているな」
隣から落ちる低い声。
原因そのもの。
「……誰のせいだと思っているのですか……」
完璧令嬢にしては珍しい反応。
少しだけ棘を含んだ声音。
「俺だな」
迷いのない肯定。
まったく悪びれない。
「否定してください……」
「事実を曲げる趣味はない」
さらり、と返される。
あまりにも平然。
腹立たしいはずなのに、なぜか調子を崩される。
(この人は本当に……)
理解不能。
常識が通じない。
それは最初から分かっていた。
だが、最近少しだけ違ってきている。
「君は妙なことを気にする」
視線が向けられる。
真っ直ぐすぎる瞳。
「時間の問題だろう」
「なぜ断定できるのです」
「簡単だ」
即答だった。
一瞬の間もない。
「君が俺を拒絶しないからだ」
「……っ……」
言葉に詰まる。
反射的に否定できない。
それが何より問題だった。
「迷惑だと思うなら、離れればいい」
淡々とした口調。
感情が読めない。
だが妙に核心を突く。
「だが君は離れない」
違う。
違うはずなのに。
咄嗟に言い返せない。
(離れない、のではなく……)
その理由を考えかけて、思考が止まる。
「……私は」
ようやく絞り出す。
理性を保つための言葉。
「別に、特別な感情は……」
「知っている」
重ねるように遮られる。
「今はな」
一瞬、鼓動が跳ねた。
「……今は、とは……?」
無意識に問い返していた。
聞くつもりなどなかったのに。
アークレインがわずかに目を細める。
「いずれ変わる」
「どうしてそんな……」
「君だからだ」
意味不明。
説明不足。
だが、なぜか妙に胸がざわつく。
理解できないはずの言葉なのに。
否定しきれない違和感。
完璧令嬢はまだ知らない。
これは恋ではない。
好意でもない。
ただ、静かに始まった侵食だった。




