3
「……完璧令嬢は、攻略対象外のはずでしたのに」
誰かがそう零したのは、学院の談話室だった。
視線の先。
レティシア・フォルン。
非の打ち所がない令嬢。
誰もが憧れ、誰もが距離を取る存在。
高嶺の花。
絶対不可侵。
――のはずだった。
⸻
「レティシア」
低く甘い声。
完璧な距離感を無視して隣に座る男。
アークレイン・ヴァルハルト。
王都最強。
理性の塊。
女嫌いで有名。
――のはずだった。
⸻
「なんでしょう、ヴァルハルト様」
淑やかな笑み。
だが視線はやや警戒気味。
この男だけは例外だと理解している顔。
⸻
「なぜ避ける」
「避けておりません」
「嘘だな」
即断。
一切の迷いなし。
⸻
「今、半歩下がった」
「細かすぎません……?」
⸻
談話室の空気がざわめく。
周囲の令嬢たちが固まる。
男子生徒が遠巻きに眺める。
完全に名物光景と化していた。
⸻
「君は俺を警戒しすぎだ」
「当然です」
即答したのはレティシアの方だった。
珍しく。
かなり珍しく。
⸻
「なぜ」
「なぜ、ではありません」
静かな抗議。
だが内容は重い。
⸻
「距離感がおかしいのです」
⸻
沈黙。
次の瞬間。
アークレインが真顔になる。
妙に真剣な顔。
⸻
「好意を抱いた相手との距離など」
「詰めるに決まっているだろう」
⸻
「決まりません」
「決まる」
⸻
完全な平行線。
周囲の人間が静かに引いていく。
⸻
「そもそも」
レティシアがため息をつく。
だがその頬はわずかに赤い。
⸻
「私は攻略対象ではないはずです」
「誰が決めた」
⸻
「え?」
「そんな設定、俺は聞いていない」
⸻
さらりと言い放つ。
王都最強の理不尽。
⸻
「対象外だろうが何だろうが関係ない」
視線が絡む。
逃げ場のない瞳。
⸻
「欲しいと思った時点で終わりだ」
⸻
談話室が完全に凍りついた。
令嬢たち絶句。
男子生徒沈黙。
⸻
レティシアだけが言葉を失う。
鼓動だけがうるさい。
⸻
「……横暴すぎます……」
かすれる声。
だが拒絶の響きは弱い。
⸻
「今さらだな」
わずかに笑うアークレイン。
危険なほど自然な笑み。
⸻
「君はもう十分巻き込まれている」
距離が縮む。
いつの間にか。
本当にいつの間にか。
⸻
「逃げられると思うな」
⸻
完璧令嬢は理解し始めていた。
攻略対象外など関係ない。
この男にはルールが通用しないと。
⸻
そして周囲も理解していた。
⸻
「あれはもう時間の問題だ」




