10
翌日。
授業の合間、レティシアはふと気づいた。
自分でも信じられない行動をしていたことに。
曲がり角を曲がると、無意識にあの男のいる方向をちらりと確認していた。
その瞬間、心臓が跳ねる。
違う、偶然だ、ただの視界の範囲だ、と必死に自分に言い聞かせる。
だが、視線は確かに追っていた。
反射的に、無意識に。
逃げるように慌てて視線を逸らす自分に、顔が熱くなる。
「……何をしているの、私は……」
小声で呟き、鞄をぎゅっと握る。
足も自然と早まる。
無意識の行動を必死で抑えようとしているのに、逆に目立ってしまう。
廊下の向こうに、アークレインが立っている。
無表情のまま、静かにこちらを見ている。
偶然? いや、絶対に気づかれている。
思わず体が硬直し、心臓の音が耳まで響く。
「……っ……」
息を整えようとしても無理だった。
理性で否定しても、体が正直に反応している。
視線が合うと、自然に目をそらしてしまう。
それなのに、彼は微動だにせず、ただ見ている。
「また見ていたな」
低く落ちる声に、思わず足が止まる。
必死で否定しようとするけれど、言葉は出ない。
顔だけは熱を帯び、心はざわつき続けている。
「……私は、別に……っ……意識しているわけじゃ……」
言いかけて、自分の声の弱さに気づき、さらに慌てる。
心の中では必死に否定している。
だが無意識の行動が、否定できない真実を物語っていた。
アークレインはわずかに眉を動かすだけで、何も言わない。
それが余計に焦りを生む。
言葉にしなくても、彼はすべてを理解している気がする。
「……あぁ……やっぱり……」
小さく息を吐く。
自分でも認めたくないけれど、確かに揺れている。
好意とはまだ言えない。
ただ、無意識に反応してしまう自分がいる。
胸の奥で、何かが確実に動き始めていることを、否応なく実感した。
アークレインは一歩近づく。
距離はほんの僅かだが、明らかに心理的圧力が増す。
「無意識だな」とだけ言う。
ただそれだけで、心はざわつき、思考がぐらつく。
「……っ……」
レティシアはわずかに後ずさる。
しかし足は完全に止まってしまう。
胸の奥が熱く、理性が言うことを聞かない。
彼が何を考えているのか、次の動きをどうするのか、すべてを読まれている気がする。
「自分の心を隠すつもりか?」
低く響く声。
問いかけるわけでも、命令するわけでもない。
ただ指摘されただけで、心の奥に沈んでいた感情が浮かび上がる。
「……っ……」
小さく息を吐き、胸の奥を見つめる。
揺れている。
いや、否定できない。
無意識に彼を意識してしまっている自分がいる。
「……私は……」
やっと、自覚しかけた言葉。
好意ではまだない。
だが、無意識に行動が先に出る自分を理解した瞬間、心は確実に動いていた。
彼の揺さぶりは、静かで、余計な力を使わず、でも確実に自分を動かしていた。
そして、その心理を理解した瞬間、レティシアは初めて、自分の心が完全には理性で支配されていないことに気づく。
胸の奥に、ほんのわずかな、けれど確かな自覚の光が差し込む。
好意という言葉にはまだ遠い。
だが、無意識に揺れる自分の心を認めることはできた。




