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王都でもっとも退屈な舞踏会だった。
少なくとも、レティシア・フォルンはそう思っていた。
侯爵家の長女。
容姿、教養、魔力、礼儀作法――すべてにおいて「完璧」と評される令嬢。
称賛は慣れている。
羨望も、嫉妬も、求婚も。
だが、それらはすべて予定調和でしかない。
「……また同じ話題」
扇で口元を隠しながら、彼女はため息を飲み込んだ。
その時だった。
「やっと見つけた」
低く、よく通る声。
振り向いた瞬間、空気が変わった。
そこに立っていたのは、王国随一の天才と名高い男。
アークレイン・ヴァルハルト。
公爵家嫡男。
剣術、魔術、戦術、すべてに秀でた化け物じみた才能。
加えて、非の打ち所のない美貌。
王都の令嬢たちの憧れの的。
……そして。
「私に、何かご用でしょうか?」
レティシアは完璧な笑みを浮かべた。
関わる理由がない。
社交界で顔を合わせたことはある。
だが、それだけ。
ところが。
「もちろん」
彼は即答した。
迷いも遠慮もない。
「君を口説きに来た」
――会場が静まり返った。
レティシアの思考も、一瞬止まる。
「……冗談がお上手ですね」
「冗談じゃない」
真顔だった。
恐ろしく真剣な目。
ぞくり、と背筋が震える。
「私はその手の遊びに付き合う趣味は――」
「遊びじゃない」
被せるように言い切られる。
「本気だ」
即答。
間髪入れない。
まるで長年の決意を告げるような声音。
(なに、この人……)
レティシアは動揺を表に出さない。
出さない、はずだった。
だが。
「なぜ、私なのです?」
完璧な令嬢としての対応。
合理的な質問。
アークレインは一瞬だけ考える素振りを見せて――
「好きだから」
また即答だった。
「……は?」
さすがのレティシアも声が漏れる。
「理屈が必要か?」
「必要です」
「君が完璧だから惹かれたんじゃない」
彼は一歩近づく。
「君が退屈そうな顔をしているのが気に入った」
心臓が跳ねた。
誰にも見抜かれなかったはずの、内心。
「その完璧な仮面の奥」
さらに距離が縮まる。
「全部、欲しい」
息が詰まる。
舞踏会の喧騒が遠のく。
「……お断りします」
反射的に返す。
当然だ。
こんな理不尽な告白。
受け入れる理由など――
「想定済みだ」
アークレインは微笑んだ。
余裕すらある笑み。
「だから、ここからが本番だ」
「……何の話です?」
「攻略」
さらりと言う。
「君は難易度が高そうだからな」
レティシアは初めて理解した。
この男。
王都の令嬢たちが騒ぐ理由。
そして。
誰も勝てない理由。
「逃げ場はありませんよ、レティシア嬢」
自信満々に言い放つ。
「俺は諦めが悪い」
完璧令嬢は、この夜初めて。
本気で頭を抱えたくなった。
(……とんでもないのに目をつけられた)
だが同時に。
ほんのわずか。
ほんのわずかだけ。
胸の奥が、熱を帯びたことを。
彼女自身だけが気づいていた。




