戻らない日々
大切な親友との時間は、永遠に続くと思っていた。
でも気づけば、あの日々はもう戻らない――。
高校生の二人が過ごした友情の物語を、短編として描きました。
少しでも胸に残る余韻を味わっていただければ幸いです。
高校1年の春、私(優里)と深雪は運命的な出会いをした。私と深雪は同じクラスになった。話したらすぐに意気投合し、急激に仲良くなった。
お互いのことを話しているうちに、実は小学校も一緒で、話したことはなかったが、顔見知り程度にはお互いを知っていたことがわかった。
「小学校のときは、クラスも違ったし話したこともなかったんだよね。でも私転校生だったのによく知ってたね。私は、クラスの子から深雪のこと聞いたことあったからなんとなく知ってたけど。」
「だって、優里は交通事故に遭って学校休んでたでしょ? それもあって割と有名人だったから」
「なんか微妙だなぁ……それ」
「ていうか、私のことどんなふうに聞いたことあったの?」
「うーん、同じクラスに彼氏がいるって。」「あぁ、彼氏って言っても一緒に帰ってただけだけどね。」
私はカバンから鏡を取り出して、昨日美容室で切られすぎた前髪を整えながら話を続けた。
「私深雪と同じクラスになれて良かった。クラス違ったらまた顔見知りで終わってたかもしれないもんね。すごい不思議」
「いいよね。運命みたいで。」
お弁当の卵焼きを頬張りながら、深雪が大人っぽい笑顔でメガネをクイっと上げながら言った。
「そうだね。」
深雪は、私よりもなんとなく大人びていて、姉妹だったら、深雪がお姉ちゃんで私が妹という雰囲気。性格もけっこうさっぱりしていて、私より背は少し低いけど頼れる姉御という感じだ。
高校1年生で、私は彼氏すらいたことがなかったのに、深雪は小学校の時から彼氏がいたし、小学校の時に友達になってたら、尊敬すらしてたと思う。初めて私に彼氏ができた時は、たくさん相談に乗ってくれた。まぁ、その彼氏とは半年くらいでお別れという形になってしまったけど。
友達になってからの私たちは朝登校する時も、下校する時も、お互いバイトに行くまでの時間はいつも一緒に過ごしていた。学校の席順が近くになれないと、席の番号を交換してでも、クラスメイトと交渉してでも近くの席になれるようにしていた。
もちろん選択授業も同じものを選んでいた。
唯一、土日はお互いバイトがフルタイムだったこともあり、ほとんど遊んでいなかった。けれど、バイト代が入って余裕がある時はカラオケに行ったり、早く学校が終わるとご飯を食べに行ったりしていた。
お金がない時は、コンビニでジュースを買って、ベンチで話したりして過ごした。
お互い感じていたことかもしれないけど、とにかく一緒にいると安心できたし、なんでも話すことができた。大好きで、少しでも多くの時間を共有したいと思える大親友だった。
――そんな日々を過ごす中で、私はバイト先の大学生の男の子と付き合うことになった。私は真っ先に、親友の深雪に紹介しようと、三人でお茶をすることにした。
「かっこよくて、優しそうな彼氏だね」
「うん、すごく優しいよ。深雪にも仲良くなってほしくて。そのうち深雪の彼氏とダブルデートとかできたら楽しそうだなぁ」
深雪はいつものようにメガネをクイっと上げて、どこか気だるそうに大人びた笑顔で答えた。
「彼氏、本当に優里のこと大事そうにしてる。良かったよ。安心した。ダブルデートはしないけどね」
「えぇー」
私は嬉しかった。大好きな彼氏を大好きな深雪に褒めてもらえたことが。
「そういえば、百合前髪横分けに変えたんだね。大人っぽい。」
「うん、彼氏に前髪ない方が可愛いって言ってくれて…変えたんだ。」
「そうなんだ。」
これからもっともっと、楽しい日々になるんだろうとワクワクしていた……はずだったのに。
――優里、今日もお迎えか。てことは、一緒に帰れないよね。
車に乗り込む優里の姿を見て、声をかけるか迷っているうちに、車は走り去ってしまった。
優里の彼はすごくいい人だ。私も何度か三人でご飯食べたりお茶したりして会っている。何より優里が幸せそうで、そこは安心してる。
けれど、独占欲が強いのか、毎日のように迎えに来るせいで、一緒に帰ったり遊んだりする時間がほとんどなくなってしまった。
周りの友達も私と優里が喧嘩でもしているのかと勘違いするほどに。
優里のことは今でも親友だと思ってるし大好きだ。でも、あまりにも彼氏を優先する優里に少し苛立ちもあった。そのせいで、無意識に私が優里を避けてしまっているのかもしれない。
空気を察してなのか、優里からも私に話しかけて来なくなってしまった。
こんな状態は嫌だ。もう戻れないのかな……。
――最近、深雪と全然話せていない。なんでこんなふうになってしまったんだろう。喧嘩をしたわけじゃないのに。
ただ、きっと原因は私にあるんだろう。私は彼と付き合ってから、いつも彼を優先してしまっている。
彼は、私のことを大切にしてくれている。
毎日のように学校まで迎えに来てくれて、バイトの後も家まで送り届けてくれる。私がバイトがなくて、彼がバイトの日でも、バイトの後に私に会いに来てくれたり、自分がバイトがない日でも、私のバイトの後迎えに来てくれる。
そんなふうに私との時間を最優先にしてくれる彼の気持ちに、私も応えた。その結果、深雪との時間はどんどん減っていった。
別に悪いことをしているわけじゃない。でも深雪にとっては、自分との時間はどうでもいいんだと思われてしまったのかもしれない。
そんな深雪との関係が心に引っかかっているのに、どうすることもできない歯がゆい気持ちのまま、時間だけが過ぎていった。
私たちはとうとう、離れ離れになってしまった。高校3年生。
もうすぐ卒業だ。
3年間同じクラスで過ごしていたのに、この1年ほとんど会話を交わすことすらなく、今は別々の帰り道をそれぞれ歩いている。
――卒業式・深雪
とうとう卒業式の日がやってきた。優里は、卒業式が近づくにつれて学校を休む日が増えていった。
体育館に並べられた優里の席を見つめながら、優里と過ごした楽しかった日々を思い出してしまう。
今日で、最後なのに。
涙を抑えきれず肩を震わせている卒業生たちが深雪の目に映る。その姿を人ごとのように感じてしまうのは、優里のいない卒業式を受け入れられないからだ。
「もう会えないのかな……」
今日で終わりという確信と不安で胸が苦しくなる。無意識に顔を上げると、窓から見える桜が私たちの卒業式を祝うように風に吹かれて散っていた。桜舞う光景がとても切なく見えてしまう。
私たちは運命的な再会をして大親友になれたはずだったのに、こんなに寂しい卒業式を迎えることになるなんて。
式が終わると私は体育館の入り口で、居るはずのない優里の姿を探していた。
――卒業式・優里
結局、深雪と仲直りができないまま卒業式を迎えてしまった。自室で、深雪と撮った写真を見つめていた。
卒業式の空気の中で、深雪との距離を感じることがとても憂鬱に思えて欠席してしまった。私の中に深雪と一緒に過ごした楽しい日々が甦る。
写真には満面の笑みで、深雪と肩を寄せて写っている。
私が欠席したことを、深雪は気づいているだろうか。
あまりに自然に、私たちの関係は崩れてしまった。
もし喧嘩をしていたら。喧嘩することができていたら、仲直りができていたのかもしれない。
「深雪……話したいよ。」
私は心の中で、どうしようもなかったと言い聞かせながら、それでもただ後悔した。どうやって仲直りすれば良かったのかもわからないまま、後悔していた。
涙が溢れて止まらなくなっていく。今日までは気づかなかった。大きな喪失感と孤独。
もし仲直りができていたら、今日という日が違う一日になっていただろう。二人で泣きながら、思い出がたくさん詰まった校舎の前で笑い合いながら、夜ご飯を食べる約束をして、どこかでゆっくり……。
高校最後の帰り道に、明日からは一緒に登校できない切ない気持ちを共有しながら、語り合えていたのだろう。
外では、卒業式を終えたであろう中学校の卒業生の笑い声が、遠くに響いていた。私は、その声を聞いた時……気づくと学校に向かって走り出していた。
校門の前に着くと、たくさんの卒業生たちが泣き笑いしながら先生と話をしたり、友達同士で肩を寄せ合って肩を震わせている。
その中に、深雪の姿を見つける。
「深雪!」
深雪は泣いていなかった。気づいてない。
もう一度声をかける。
「深雪!」
(ふと私を呼ぶ声の方に目をやると、優里が私の方に向かって走ってくる。)
「深雪、卒業おめでとう。」言ったと同時に涙が溢れる。
(優里が私の目の前に立ち止まった瞬間、目元が熱くなって、涙が溜まっていくのを感じる。優里の姿を見て、安心したと同時に切なさが込み上げてくる。)
「優里も、卒業おめでとう。」深雪の目に一気に涙が溜まり、そしてこぼれ落ちた。
(止まることなく流れてくる涙を鬱陶しく感じながら声を絞り出す。)
優里が涙で少し腫れぼったくなった目を細めて満面の笑みで、一番伝えたかったことを言葉にする。
「これからも、よろしく。」
「親友だからね。」
(涙を拭ったせいで、少し斜めになったメガネをかけ直して笑顔で答える。)
私たちはいつものバス通りを二人で手を繋いで歩いた。この時間を宝物のように大事に大事に踏み締めて。
――数年後
私たちは卒業後、どちらともなく連絡を取り合い、再会していた。
あの日は年甲斐もなく、手を繋いで歩いたことは今考えるとちょっと二人の世界に入りすぎていた感はある…。
でもあの時は、子供の頃に戻ったような感覚に近かった気がする。
仲良しの友達と離れずに歩こうと自然と手を繋ぐような。
深雪はメガネからコンタクトに。私は逆にコンタクトからメガネに変わっていた。見た目の雰囲気が変わったことに少し寂しさを感じた。
「やっぱり私たちは運命だったね。」
「知ってた。」
久しぶりに会った季節は春だった。
カフェテラスでコーヒーを飲みながら見える景色は、あの卒業式の日のように、学生たちが卒業証書を手に泣いたり笑ったり、別れを惜しむように肩を寄せ合っている。
そして、未来を夢見ながら新しい自分になれると信じて輝く季節。
高校の時ほど一緒にいる時間はないけれど、最近は毎週のように会って、たくさん話をしている。
すれ違った頃の話もしたけれど、お互い口に出たのは「寂しかった」という一言だけだった。
結局いろいろ余計なことを考えて、必要のないすれ違いの時間を過ごしてしまっていた。ただ素直に「もっと一緒にいたいね」と話せていたら、解決していたのだろう。
これからの時間は後悔がないよう、過ごしていこう。
一度過ぎ去った日々は、もう戻らないのだから……。
最後までお読みいただきありがとうございました。この物語は、すれ違ってしまった二人の友情と「戻らない日々」を描きました。誰にでも、大切なのにうまく伝えられなかった想い、取り戻せなかった時間があるのではないかと思います。読み終えた後に少しでも、心の中で大切な人の姿を思い出していただけたなら、とても嬉しいです。
次回は、「大好きな人〜彼がくれた幸せの物語〜」で登場した大輔視点の恋愛物語を投稿予定です