青年がほんとうに好きなもの
「お、おまえ、まさか」
竹の皮につつまれたおにぎりを、青年は指差しました。
「焼きタラコだよ」
「何それ。じゃねぇよ! 何勝手に行ってんだよ」
「なんで行くのにお前の許可がいんのよ」
マサムネの態度に青年は気づきます。
「お前、余計なこと言ってないだろうな?」
「余計って?」
「だから」
「例えば、お前が領主の息子ってこと?」
「痛てて・・・」
殴られた頬をさすりながら、マサムネは焼きタラコを頬張りました。
「さて。どうなるのかな」
青年が出て行った扉を見ながら、「焼きタラコ、うまっ」マサムネは呟き、
彼女ほしいなー。心から思ったのでした。
ドンドンドン。
夜なのに、お店のシャッターを叩く音がします。
治安が悪くないとはいえ、夜の訪問は滅多にあることではありません。恐る恐るシャッターを上げると、信じられない人が息を切らして立っていました。
「どうして・・・」
「ごめん!」
青年は膝に頭を打ちつける勢いで謝りました。
「・・・なんで謝るのですか?」
「自分のこと、言ってなかったから」
「・・・ここには、再開発のため?」
「この地域に来たのはそうだけど」
「帰ってください」
「聞けって!」
青年は娘の腕をとりました。
「このお店に来たのは違う! おにぎりが美味しかったから。ほんとうに、初めて食べたんだ」
「そうだとしても。あなたが謝ることじゃないわ」
青年と娘は目を合わせたまま、沈黙が走りました。
青年は謝罪の意思を。
娘は拒絶の意思を。
お互いの瞳に秘めたまま。
「信じてほしいのは」
青年が口を開きました。
「僕は、このお店のおにぎりが好きだ」
「わかってる。傷ついたのは、私の勝手な思い込みで」
「君のことも好きだ」
信じられない。娘は目を見開きました。
喜ぶべきことなのに、驚きが先立ち、不信感がわいてきます。
「再開発のことは関係ない。確かに僕は、プロジェクトのメンバーだけど、決定権を持っているわけじゃない。この地区の人と話し合って、合意の上で進めたいとも思ってる」
青年の真摯な声が、辺りに響き渡ります。
「僕は、はじめておにぎりを食べたけど、断言できる。君が作ったおにぎりだから、こんなに美味しく感じたんだ。梅干しだって美味しいと思った」
魔法にかかったみたいなんだ。
「・・私と、あなたでは身分が」
「その前に大事なのは」
娘の両手を、外側から強く握りしめます。
「君は、僕のことをどう思ってるの?」
暗い道の途中で、一軒のお店から明りがもれていました。
お店の前には男性と女性が立っていました。
二人は抱き合って、おでこを合わせていました。
お店の奥で、五人の子供達が覗いているのは、まだ秘密です。
もう少しだけ、二人の時間をあげましょう。
「今更なんだけどさ」
「はい」
「順番めちゃくちゃなんだけど」
「はい」
「名前、聞いてもいいかな?」
名前が入らないじゃないかーー!!
すみません。
改めまして。読んでいただき、ありがとうございました。
心ふるえるほどに嬉しかったです。
気力がたまれば、マサムネくんのお話を書きたいのですが・・・いつのことやら。
またどこかでお会いできたら、幸いです。