青年は知らない
「俺も行きたいなー。噂のおにぎり屋さん」
マサムネの何気なさを装った発言に、
「ダメ!」
青年は断固として拒否しました。
「なんでだよー」
「減る!」
「減らねーだろ」
「お前が行くと、減る!」
そう言われると行きたくなるのが人間の常です。とくにマサムネは。
その日、青年に抜けられない会議があるのを知っていたマサムネは、さっさと街に繰り出しました。目指すは、再開発予定地のおにぎり屋さんです。
「いらっしゃいませ」
営業スマイルの先にいたのは、長髪で背が高く、鎧と剣を身に付けた青年でした。
軍人さん・・・?
めずらしいお客さんに、少し緊張する娘。
「あ。全然あやしいものじゃないよ。ここのおにぎりを友達に勧められてね、来た者です」
にこり。笑っても迫力のある男。
「は、はい。ありがとうございます」
「お勧めはどれ?」
「えと、そうですね。人気があるのは、鮭です。あと今日は焼きタラコも出ています」
「へぇ。焼きタラコか」
それはあいつも食べたことないな。
にやりと笑って、「その二つください」
竹の皮につつんでもらって、お金を渡します。
「その友達なんだけどさー。覚えてないかな。カードで買おうとした奴」
あの人だ!
知らず胸が高鳴る娘。
「バカだよねー。こんな店でカード使えると思ってんの」
男の冷たい言葉に、凍りつきます。
「ごめんね。あいつ、お坊ちゃんだから」
「え・・・?」
「知らない? ここの領主の息子」
この国では、その土地土地の領主が権力を持ちます。
政治も経済も、領主の承認なしで行うことができません。
「あいつ、再開発プロジェクトのメンバーなんだよね。ここには下見で来てるってわけ」
ここって予定地の中心でしょ。
再開発・・・。町内会で話題になっていたことを思い出しました。
観光客を呼び込むために、領主が土地を探している。
あの人は、ここを潰すつもりで・・・。
手の中にあったおにぎりを見つめます。
水が一滴、落ちていくのが見えました。
「もう食べられない」
「やりすぎちゃったかなー」
マサムネはおにぎりを頬張りました。
「だって、本当においしいからな」
ヤキモチ?
なんてね。