青年は出会う
その町には、一軒のおにぎり屋さんがありました。
父親から続くそのお店は、娘さんが一人で仕切っていて、小さいけれど、味は申し分なく、常連さんもいました。
昨日と同じ一日が明日も続き、娘さんは毎日おにぎりを握るのだと思っていました。
悲しみではなく、幸せとして、そう思っていました。
けれど、もちろんお話とはそういうものではなく、人生にはそういうお話がつまっているからこそ興味深いのです。
ある日、一人の青年がお店の前を通りがかるところから、お話が始まります。
昨日と同じとは限らない、明日とも違う一日の幕開けです。
青年は地味な服装ながら、上品さが伝わってくる、ぶっちゃけ領主の息子でした。
おにぎり屋のある一角は、再開発計画があがっていて、領主の息子は下見と称してお忍びで歩いていたのです。
お店のショーケースには、何やら見たことのない小さな黒い固まりがいくつもあります。
一体なんだろうと、好奇心旺盛の青年は、近づいていったのです。
「いらっしゃいませ」
娘は笑顔で応対しました。
「あの・・・これは、何ですか?」
流暢な言葉をしゃべっているけれど、旅人かしら。娘は思います。
「これはおにぎりと言って、伝統的な食べ物です。ご飯を握って、中におかずをいれて、海苔で巻きます」
旅人の応対にも慣れたものでした。
「はじめて見た」
青年は、にかっと笑いました。
背は高いけれど、あどけない表情、誰にも好かれるような雰囲気の青年に、娘も気持ちがよくなって、
「試食してみますか?」
おにぎりを一つ取りだしました。
「ありがとう」
青年はおにぎりを受け取り、がぶりと一口。
「・・・うまい!」
「よかった」
娘は自分自身が褒められたかのように嬉しくなりました。
「この・・・むぐむぐ、中身は・・・何ですか?」
「鮭という魚です」
青年はもちろんこの国の人間ですので、鮭は知っていました。
ご飯でくるむなんて・・・斬新だなぁ!
おにぎりそのものに感動した青年は、
「これはおいくらですか?」
あっという間に完食しています。
「鮭のおにぎりは120円です」
「マジで?!」
良心価格に驚く青年。思わず口調もくだけます。
「はい」
「それでこのお店はやっていけるんですか?」
「なんとか」
この辺の物価を頭に叩き込んでいた青年は、きっと高くすると売れないんだ、赤字覚悟でやっているのだ、と想像します。
「ではこれ、全部買います」
「・・・・え?」
マイケル買いに呆然とする娘。
「おいくらですか?」
「全種類、ということですか?」
「いえ。全部です。カードは使えますか?」
「カードは使えません。というか、全部は困りますし・・・」
青ざめていく娘に、お店のものが売れれば喜ぶと思った青年も、しょんぼりします。
きっと鬼のような親方が、ご飯を握れと責めてくるに違いない。
青年は妄想力が逞しくもありました。
「そうですか・・・今は持ち合わせがありませんが、今度また買いに来ます。その時は全部とは言いませんので、ご心配なく」
爽やかな笑みを残し、去っていく青年。
何だったんだとしばし立ち尽くす娘。
お土産にするのは難しいと説明したほうがいいかしら・・?
それとも旅のお供に、塩をたくさんかけようかしら?
何はともはれ、これが運命的な二人の出会いとなったわけです。