第6話 「墓場のグール」
夕方前、馬車が村に到着した。
茅葺き屋根の家が並ぶ、小さく静かな村。出迎えたのは、白髭の村長と、やや日に焼けた逞しい体つきの男だった。
「遠路はるばる、ありがとうございます」
村長が深く頭を下げ、隣の男が口を開く。
「俺はエド。グールをよく目撃するのは俺です。具体的な場所と時間をお伝えします」
エドの話によれば、目撃は村はずれの墓場付近で、夜の九時ごろが多いらしい。数は必ず一体、しかも決まって東側の道からやって来ては、墓の間をうろつき、やがてどこかへ消えるのだという。
「被害は……ないんですよね?」
凛が首をかしげる。
「ああ。怖がって近寄らないだけだ」
そのやりとりを横で聞いていた蓮は、腕を組み、心の中で深くため息をついた。
(……よりによって夜の墓場とか、完全にホラーじゃねえか……)
◇ ◇ ◇
そして夜。
冷たい風が村はずれの林を抜け、墓場の草を揺らす。
墓石の影に身を潜めた蓮は、無意識に妹の袖を掴んでいた。
「蓮にぃ、手、震えてる」
「……うるさい」
そんな中、カサ……と草を踏む音が聞こえた。
闇の向こうから、ゆっくりと歩いてくる影。月明かりに照らされ、その正体が浮かび上がる。
灰色の肌、ところどころ腐り落ちた頬、虚ろな目──男性型のグールだ。
腐敗臭が風に乗って漂い、蓮は思わず顔を背ける。
(やっぱり見なきゃよかった……)
だが凛は一歩前へ出た。
何故だろう──このグールからは、敵意よりも、何かを求めるような気配を感じる。
「……こんばんは」
自然と声が出た。
グールはぎこちなく顔を向け、口を動かした。
低く濁った声で、言葉とも呻き声ともつかない音を必死に紡いでいる。
「……ぁ……ぉ……く……」
「何か言ってる……けど、聞き取れない」
凛が首を傾げると、蓮も警戒を保ちながら耳を澄ませたが、やはり意味は掴めなかった。
次の瞬間、グールはゆっくりと背を向け、墓場の奥へと歩き出した。
その仕草はまるで「ついて来い」と言っているようだった。
「……どうする?」
「行ってみよう」
凛の即答に、蓮は小さく呻いた。
「いや、待て、ホラー映画の死亡フラグだぞこれ……」
「大丈夫だって」
こうして、二人は腐敗臭を漂わせながら進むグールの背を追い、墓場のさらに奥、闇の中へと足を踏み入れていった──。




