第5話 「グール調査依頼と昼下がりの料理屋」
昼前、ギルドの扉を押し開けると、カウンター奥で帳簿をつけていたミーナが顔を上げた。
「お帰りなさい。依頼は無事終わりましたか?」
「ああ」
蓮は討伐証明の袋を置く。中には、先ほどのムカデ型魔物の顎が二つ。
周囲の冒険者がざわつく中、ミーナは小さく目を見開き、微笑んだ。
「素晴らしいですね。……こちらが報酬、金貨三枚と銀貨五枚になります」
凛が金貨を受け取り、目を輝かせる。
「わぁ……本物の金貨だ! これで甘いものいっぱい買える!」
「……節約しろよ」
蓮は苦笑しながらも、妹の喜ぶ顔に何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
報告を終えたところで、ミーナがふと顔を上げる。
「そうだ……もし可能であれば、もう一つご相談が」
「相談?」
「はい。近くの村で“グール”の目撃情報がありまして……」
その言葉に、蓮の眉がピクリと動く。
「……グールって、あの、死人の……?」
「はい。ですが、現状では人や家畜に被害は出ていません。ただ村の近くを徘徊しているだけだそうで……原因の調査をお願いしたいのです」
凛が興味津々に身を乗り出す。
「へぇ……でも、どうして悪さしないんだろう?」
「それを調べていただきたいのです」
ミーナがそう言うと、蓮は小さくため息をついた。
「……よりによってゾンビ系か……」
妹はくすくす笑う。
「蓮にぃ、ホラー系ダメだもんね」
「……お化け屋敷とこれは違う」
そう言いつつも、声がわずかに震えているのは隠せなかった。
◇ ◇ ◇
依頼書を受け取り、二人はギルドを後にする。
昼過ぎ、街の中央広場近くにある料理屋の看板に目を留めた凛が、蓮の袖を引っ張った。
「ねぇ、お昼まだでしょ? 寄ってこ!」
「……まぁ、腹ごしらえしてからでも遅くはないか」
店内は木造の温かみある内装で、香ばしい肉とスープの匂いが漂っている。
二人は窓際の席に腰を下ろし、野菜の煮込みと焼き肉のセットを注文。
「それで……グールって、蓮にぃ的にはどれくらいヤバい?」
「見たくもないくらいヤバい」
「……正直だね」
凛が笑いながらパンをちぎり、スープに浸す。
「でもさ、悪さしてないんでしょ? もしかしたら話せるグールかも」
「そんなファンタジー展開……いや、異世界だし有り得るのか……」
食事を終える頃には、蓮の緊張も少し和らいでいた。
◇ ◇ ◇
午後、二人は村へ向かうため、馬車乗り場へと足を運んだ。
広場の端に停められた乗合馬車の前では、荷物を積み込む御者が汗を拭っている。
「お二人さん、村までかい?」
「ああ」
蓮が返事をし、二人は荷台の横に乗り込む。
車輪がきしむ音とともに、馬車は石畳を離れ、土道へと進んでいく。
遠ざかる街並みを眺めながら、蓮は胸の奥の不安を押し殺すように呟いた。
「……せめて、昼間に終わらせたい」
「蓮にぃ……夜になったら泣くかもね」
「泣かない」
即答するも、妹のにやにや笑いに視線を逸らす蓮だった。




