第4話 「ムカデと叫び声と剣聖」
ギルドを出た蓮と凛は、赤髪の青年──ガイルと、長耳の弓使いエルナに連れられ、街道沿いの林へ向かった。
風は涼しいが、森の奥からは湿った匂いと、不気味なカサカサ音が漂ってくる。
「で、二人とも新人ってわけか」
前を歩くガイルが振り返り、にやりと笑う。
「虫嫌いの聖女と、ホラー嫌いの剣聖……面白ぇな」
「……その組み合わせで生き残れるかは、今日でわかりますね」
エルナが冷静に言う。
蓮はため息をつく。
「……わざわざ口に出すな」
「だって蓮にぃ、昨日の夜、ホラー映画の話だけで固まってたじゃん」
「お前だってムカデって聞いただけで顔色変わってただろ」
「だって足がいっぱい……うわぁぁ考えるだけで無理!」
そんな軽口を交わしていると、
「──来るぞ」
ガイルの低い声が響いた。
◇ ◇ ◇
林の奥から、地響きとともにそれは現れた。
光沢のある黒い外殻。節くれだった胴体がくねり、無数の脚が地面を引っ掻く。
頭部には鋭い顎──アーマード・センチピード。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
凛は一歩下がり、背中を木に押し付ける。
「お、おい、落ち着け! お前は後方で回復に専念しろ!」
「むりむりむりむり!! 絶対むりぃぃ!!」
ムカデが甲高い音を立てて突進してくる。
蓮は即座に前へ出て剣を構えた。
「──【一閃】!」
光のような斬撃がムカデの脚を数本まとめて切り飛ばす。
だが、外殻は硬く、体幹部分には浅い傷しか入らない。
「くっ、硬ぇな……!」
「蓮! 背後!」
エルナの声と同時に、別の茂みからもう一匹が飛び出す。
「……っ!」
振り返った瞬間、蓮の視界に“骸骨のような”ムカデの頭部が迫った。
一瞬、背筋を冷たいものが走る。
──骸骨っぽい顔、やめろ。ホラーじゃねぇかこれ……!
心の中で半泣きになりながら、剣を振り下ろす。
◇ ◇ ◇
「凛! 援護を!」
「むりぃぃぃ!! 足が……足がいっぱいぃぃ!!」
「お前、聖女だろうがああああ!」
「ひぃぃ……あ、【聖域展開】!」
凛が叫びながら杖を叩きつけ、淡い光のドームが仲間を包み込む。
ドーム内では体力がじわじわ回復し、ムカデの動きも鈍る。
それを好機と見たガイルが突進し、巨大な戦斧でムカデの胴を叩き割った。
「ふぅ……終わったな」
黒い体液が地面に広がり、二匹のムカデは痙攣して動かなくなる。
◇ ◇ ◇
「はぁ……はぁ……」
戦闘が終わっても、蓮と凛はまだ動悸がおさまらない。
ガイルは笑いながら肩を叩いた。
「悪くなかったぜ、新人。怖がりながらも動けたなら上出来だ」
エルナも頷く。
「ですが、虫とホラーの克服は早めにした方がいいですね」
蓮と凛は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「……当分は無理だな」
「……うん、無理」
こうして、兄妹の異世界での初討伐は、恐怖と悲鳴と少しの達成感で幕を閉じた。




