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第23話 影の呼び声

 港町ベルヴァインの夜は賑やかだ。

 だが、三人が泊まっている宿の近くは静かで、街灯の明かりだけが路地を照らしていた。

 夕食を終え、部屋に戻ろうとしたその時——蓮の背筋に冷たい感覚が走った。


「……来るぞ」

 低い声で告げると、凛も気配を感じ取り、腰の剣に手をかける。

 ロゼッタは目を細め、周囲を見回した。


 路地の奥から、黒い霧のようなものが溢れ出す。

 霧の中から現れたのは、全身を漆黒の外套で覆った人影。

 その足元には影が濃く渦巻き、まるで意思を持つかのように蠢いていた。


「——久しいな、ロゼッタ・ヴァニラ・ベート」

 低く響く声に、ロゼッタの眉が僅かに動いた。

「……お前は、“影の眷属”の一人か」

「我らは主の命を受け、お前を連れ戻すために来た」

「主……ね。あの方はもう、私を必要としていないはずだけれど」

「それはお前の勝手な思い込みだ。我らはお前の血も力も、再び我が一族のものとする」


 そのやり取りを傍観していた蓮が、口を挟む。

「悪いが、こいつはもう俺たちの仲間だ。連れ去られる理由なんてない」

 凛も剣を抜きながら前に出る。

「やる気なら、こっちも手加減はしない」


 だが、影の眷属はすぐに攻撃を仕掛けず、挑発めいた笑みを浮かべた。

「二人とも……自分たちが守ろうとしている者の罪を、本当に知っているのか?」

 その言葉に、凛と蓮は一瞬だけ反応する。

 ロゼッタが小さく息を吐く。

「また、その話……。過去は変えられない。けれど今の私は、私の意思で動いている」


「ならば、証明してみせろ!」

 影の眷属が地面に手をかざすと、路地の影が生き物のように伸び、三人を包囲する。

 瞬く間に黒い獣の形がいくつも現れ、赤い瞳を光らせた。


「蓮、凛、来るわよ!」

 ロゼッタが前に出て、影獣の一体を蹴り飛ばす。

 蓮は剣で二体の首を断ち、凛は魔法で炎を放って包囲を焼き払う。

 だが、影獣は焼かれても霧のように形を変え、再び立ち上がった。


「物理も炎も効きが悪いな……」

「影の眷属は本体を叩かない限り無限再生するわ!」

 ロゼッタの声に、蓮と凛は目配せをし、視線を黒衣の本体へ向ける。


 蓮が囮となり影獣を引き付ける。

 凛は詠唱を開始し、氷の槍を生み出す。

「——《氷槍連陣》!」

 放たれた氷槍が獣の群れを貫き、その間隙を突いてロゼッタが瞬間的に距離を詰めた。


「主のもとへは、二度と帰らない!」

 ロゼッタの蹴りが黒衣の胸を打ち、彼は大きく吹き飛ぶ。

 着地した瞬間、彼は影に沈み込むようにして姿を消した。


 残った影獣たちは黒い霧と化し、夜風に溶けていく。

 蓮が剣を納めながら言った。

「逃げられたな……」

 凛が息を整えつつロゼッタを見る。

「……あれ、完全に狙ってきてたよね」

「ええ。私を……“影の王”の元に連れ戻すために」

 ロゼッタの声には珍しく、かすかな苛立ちが混じっていた。


 蓮が静かに問う。

「影の王ってのは……お前の、昔の仲間か?」

 ロゼッタは数秒の沈黙の後、小さく頷いた。

「かつて私が従った……唯一、私を支配した存在よ」


 その言葉が、三人の間に新たな火種を落とした。

 港町の夜が、途端に冷たく感じられる。


「次は……逃がさない」

 ロゼッタの瞳が赤く光り、静かな殺意を帯びていた。


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