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第22話 「夜風に紡がれる記憶」

 港の灯が遠ざかり、街の夜道を三人は歩いていた。

 海から吹く風が、ロゼッタの長い赤髪を揺らす。

 先ほどまでの緊張感は薄れ、足音だけが石畳に響いていた。


 不意に、ロゼッタが歩みを緩める。

 その横顔は、普段の勝ち気な表情とは違い、どこか遠くを見るようだった。

「……少し、昔話をしてもいいかしら」

 蓮と凛は顔を見合わせ、無言で頷いた。


「私は……かつて、ある大陸の北端にあった王国で生まれた。

 生まれながらにして吸血鬼——ヴァンパイアの血を受け継ぎ、幼い頃から“夜の女帝”と呼ばれたわ」

 その口調は淡々としていたが、言葉の端々に重みがあった。


 ロゼッタは続ける。

「私の家族は、同族にも人間にも恐れられ、同時に利用された。

 政治の駆け引きに巻き込まれ、同盟の駒として扱われる日々……それでも、家族がいる限りは孤独ではなかった」

 その表情がわずかに揺れる。

「……けれど、ある日を境に、全てが変わった」


 夜風が一瞬、冷たく吹き抜ける。

 ロゼッタの声が低くなった。

「人間の教会が、“吸血鬼の血は災いを招く”と喧伝し、我が一族の討伐を決定したの。

 彼らは昼間に、眠る家族の館を炎で包んだ……幼い弟妹の悲鳴を、私は今でも忘れられない」


 蓮は無意識に拳を握っていた。

 凛も唇を噛み、目を伏せる。


「私は生き延びた。でも……怒りと悲しみで我を失い、国を滅ぼしたわ」

 淡々とした告白の中に、深い自己嫌悪が混じっている。

「王城も街も、私の牙と眷属の軍勢によって灰になった。その日から私は、人間からも魔族からも距離を置くようになったの」


 ロゼッタは小さく息を吐いた。

「……それでも、私の側に残った者がいた。従者のロイゼンよ。

 彼は私の血を分けた忠実な部下であり……唯一、私を“女帝”ではなく“ロゼッタ”と呼んだ存在」

 少しだけ笑みが浮かぶが、それは儚かった。

「でも彼も、人間たちに捕らえられ、私を封印するための儀式に利用された。……あれから、私は長い眠りに落ちた」


 凛がそっと問いかける。

「……じゃあ、どうして今は太陽の下でも歩けるの?」

 ロゼッタは軽く肩をすくめる。

「完全な理由はわからない。ただ……封印の魔術式の副作用か、あるいは眠りの中で私の力が変質したのかもしれないわ。

 今の私は、太陽の光に多少の不快感はあっても、命を削られることはない」


 蓮が少し冗談めかして言う。

「便利になったもんだな。昔の自分が聞いたら嫉妬しそうだ」

 ロゼッタは鼻で笑う。

「ええ、昔の私なら間違いなく、今の私を血祭りにあげていたでしょうね」

 その軽口に、一瞬だけ三人の間に和らいだ空気が流れた。


 しかし、ロゼッタはすぐに真剣な表情に戻る。

「だからこそ、あなたたちと行動を共にする意味がある。

 私が再び怒りに飲まれる前に……誰かが、私を止める必要があるのよ」


 蓮と凛は、しばし言葉を失った。

 だが、蓮はやがて短く答えた。

「なら……その役、俺と凛で引き受ける」

 凛も頷く。

「一緒に行こう、ロゼッタ」


 ロゼッタはゆっくりと目を細め、初めて心からの笑みを見せた。

「……ありがとう。今は、それで十分よ」


 夜道を進む三人の背を、海からの風が静かに押していた。


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