第21話 「港外れの影」
夜の港町リューゲン。
昼間の喧騒は消え、波音と船の軋む音だけが静かに響く。
三人は人目を避け、港の外れにある古い倉庫群へと向かっていた。
「この辺りだな……」蓮が低く呟く。
凛は視線を巡らせ、足音を殺す。
ロゼッタは深くフードを被り、その赤い瞳を影に隠したままだ。
倉庫の並びを抜けると、港の突堤の先にかすかな灯りが見えた。
近づくにつれ、それが篝火であることがわかる。
火を囲むように、黒いローブの集団が円陣を組んでいた。十人ほどだろうか。
全員が低い声で呪文を唱えている。
「何をしてるんだ……?」蓮が目を細める。
「……儀式。しかも、魂を媒介にした召喚術式ね」ロゼッタの声は冷ややかだった。
その口調には経験者だけが知る確信があった。
円陣の中央には、黒く染まった石碑のような物が置かれている。
表面は不規則な模様で覆われ、見るだけで頭痛が走るような違和感があった。
凛は思わず額を押さえる。
「これ……見てるだけで気持ち悪い」
「それが“影の核”よ。影の眷属の世界とこの世界を繋ぐ媒介。……完全じゃないけど、もう半分開いてる」
その時、円陣の一人がこちらに顔を向けた。
仮面の奥から覗く瞳が、まるで獣のように光っている。
「侵入者だ」低い声が響いた。
「バレたか!」蓮が即座に剣を抜き、凛も短杖を構える。
ロゼッタはまだ動かない。深くフードを被ったまま、二人の背後で足を止めた。
黒衣の集団がじわじわと包囲を狭めてくる。
「おとなしく立ち去れ。ここで見たことは忘れるんだ」一人が言った。
蓮が一歩前に出る。
「悪いが、それは無理だ。お前らが何を呼び出そうとしてるのか、見過ごせない」
しばし沈黙が流れる。
そして、中央の石碑が低く唸り始めた。
黒い霧のようなものが噴き出し、篝火の光を塗り潰す。
霧の中から、長い腕と節くれだった指を持つ影が半分だけ現れた。
「っ……これが影の眷属……!」凛が声を呑む。
その瞬間、ロゼッタが一歩前へ出た。
彼女はフードを外し、月光の下に赤い瞳を晒す。
その瞳が光った瞬間、空気が一変した。
黒衣の集団の動きが一斉に止まり、数人は膝をつく。
「……な、何故……女帝がここに……!?」
震える声が夜気に響く。
「貴様ら……影と手を結ぶとは、よほど命が惜しくないらしい」
ロゼッタの声は低く、氷の刃のように鋭かった。
その圧は、魔族ですら本能的に跪く支配の気配。
仮面の下から冷や汗が滴り落ちるのが見えた。
しかし、集団のリーダー格が必死に声を上げる。
「退け! 今はまだ不完全だ、引くぞ!」
指示と同時に、影の腕は霧に溶け、石碑も黒い布で覆われた。
彼らは煙玉のようなものを投げ、瞬く間に夜の闇へ散っていった。
静寂が戻る。
蓮は剣を下ろし、深く息を吐いた。
「……助かったが、お前のあれ、完全に脅してただろ」
「脅しではないわ。あれは宣告よ」ロゼッタは涼しい顔で言い放つ。
凛は石碑のあった場所を覗き込み、眉をひそめた。
「……残滓が残ってる。これ、放っておいたらまた使われる」
「じゃあ壊すか」蓮が頷き、剣で石碑の土台を粉砕する。
黒い霧がふっと消え、空気が軽くなった。
三人は港の影を離れ、夜の街へ戻る。
だがロゼッタの表情はわずかに曇っていた。
「……影は一度嗅ぎつけた獲物を簡単には手放さない。これからが本番よ」
その言葉に、蓮と凛は無言で頷いた。
──今夜の遭遇は、ただの前触れに過ぎない。
ゆ




