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第20話 「黒き影の囁き」

 封印の洞窟を後にした一行は、山道を下って港町リューゲンへと戻ってきた。

 日暮れの港は赤く染まり、行き交う人々の喧騒が心地よい。

 だが、三人の表情はそれぞれに硬い。


 ギルドへ向かう前に、三人は港沿いの食堂に腰を落ち着けた。

 木の扉を閉めた瞬間、外の賑わいは遠のき、香ばしい魚の匂いが鼻をくすぐる。

 蓮は奥の席に座り、凛が注文を済ませると、すぐに本題へ入った。


「……あれ、完全には眠ってなかったよな」

「ええ。むしろ“呼びかけ”を受けていた感じ」ロゼッタが低く答える。

「呼びかけ?」凛が眉を寄せる。

「そう。封印の外からでも中からでもなく……第三の場所から。私も感じたことがない魔力だった」


 その言葉に蓮も腕を組む。

「じゃあ、あの封印を解こうとしてたのはレヴァルたちじゃない?」

「少なくとも、外部から干渉してたのは別口ね。魔族でも人間でもない……あれはもっと古い系譜の匂いがしたわ」


 会話の途中、料理が運ばれてくる。

 焼き魚の皮がパリパリと音を立て、香ばしい湯気が立ち上る。

 しかし三人とも食欲は半分くらいしかなかった。


「古い系譜って……まさか“影の眷属”とか言わないよな?」蓮が口にすると、ロゼッタの表情が一瞬だけ固まった。

 その変化を見逃さなかった凛が問い詰める。

「知ってるんだ?」

「……名前だけ。でも、私の時代……まだ人間と魔族が絶えず戦っていた頃に、影を操る異形の群れが現れたことがあったの」


 ロゼッタはグラスの水をひと口飲み、続けた。

「彼らは双方を滅ぼすために動いていた。日光も月光も関係なく動き、魂ごと喰らう……“どちらの歴史にも残らなかった”のは、彼らが証拠を残さなかったからよ」


 蓮は深く息を吐く。

「……そいつらが今、動いてるってわけか」

「可能性は高いわ。しかも、今の人間も魔族もあの存在を知らない。対抗手段を持っていない」


 凛は一瞬考え込み、それから真剣な目でロゼッタを見た。

「じゃあ……あなたはその存在を倒せるの?」

 ロゼッタは小さく微笑む。だが、その笑みはどこか苦かった。

「私なら“少しは”対抗できるわ。……でも、封印の器が完全に目覚めたら、私でも抑えられる保証はない」


 そこまで聞いた時、蓮は気付く。

 ──ロゼッタの過去には、この影の眷属と直接関わった何かがある。

 だが彼女は、それを今は語るつもりはない。


 食事を終え、ギルドへ報告に向かう途中、通りの影から視線を感じた。

 蓮が振り返ると、一瞬だけ黒いローブの人物が路地の奥へ消える。

「……つけられてるな」

「間違いない。さっきの気配……人間じゃない」ロゼッタの声が冷える。


 ギルドに到着すると、依頼の報酬と同時に、受付嬢から耳打ちがあった。

「最近、この町で“黒衣の集団”が目撃されています。港の外れで夜な夜な儀式のようなものをしているとか……」


 蓮と凛は顔を見合わせる。

「……そいつら、もしかして例の第三勢力かもな」

「放っておくわけにはいかないね」凛が頷く。


 ロゼッタは少しだけ視線を逸らし、それから二人の方を向いた。

「行くなら、今夜。奴らは月の位置を選んで動く。……私も同行する」

「おい、危ないぞ」蓮が思わず声を上げるが、ロゼッタは微笑んだままだ。

「危ないから行くのよ。それに──あの影の眷属が本当に現れるなら、私は放っておけない」


 その声には、いつもの気品とは別の、鋭い決意が滲んでいた。

 港町の夜はすぐそこまで迫っている。

 三人はそれぞれ武器を整え、黒衣の集団の潜む港外れへと向かう準備を始めた。


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