第2話 「霧の森の初戦闘」
赤い光は、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
やがて霧の中から現れたのは──骨だけの狼だった。
皮も肉もなく、ぎらつく赤い眼窩が不気味に揺れる。
【スケルトンウルフ】。腐臭こそないが、空気が重く淀む。
「……うっ」
蓮の眉がわずかに引きつった。
(骨が勝手に動くとか……やめろ、ホラーじゃねぇか……)
蓮はホラー系が大の苦手だった。夜の廊下もあまり歩きたくないタイプである。
今も霧と赤い光の組み合わせに、背筋がぞくぞくしていた。
「蓮にぃ、気をつけて……!」
「お前は後ろで構えとけ。回復は任せる」
苦手意識を押し殺し、蓮は静かに剣を抜く。
スケルトンウルフは一声も発せず、骨の足で地面を蹴った。
砂利が弾け、鋭い爪が一直線に蓮の胸を狙う。
「──【一閃】!」
蓮の剣が横に走る。
風を切る鋭い音と共に、狼の首が霧の中に飛んだ。
だが──骨はバラバラになりながらも、勝手に組み直されていく。
「……再生するのか……気持ちわりぃ……」
蓮の背中に冷たい汗が伝う。
「蓮にぃ、右!」
凛の声と同時に、もう一匹が霧を裂いて突っ込んでくる。
兄妹を囲むように三匹のスケルトンウルフが現れた。
骨の関節部分がカサカサと鳴り、虫の脚のように動く──
「ひぃっ……! 虫っぽい動きやめてぇ!!」
凛が顔を引きつらせ、慌てて後ずさる。
彼女は虫系が大の苦手だった。節足系のカサカサ音など聞くだけで鳥肌が立つ。
「落ち着け凛! ……俺だって怖ぇんだから!」
「えっ!?」
「うるさい! 行くぞ!」
蓮は恐怖を振り切るように、正面の一匹へ踏み込む。
「【無影剣】!」
視認すらできない連撃が骨を粉砕する。
しかしその間にも、背後から別の狼が凛へ迫る。
「──【聖域展開】!」
凛が地面に手をつくと、金色の光の膜が広がった。
膜に触れた狼の動きが一瞬止まる。その間に蓮が駆け寄り、骨ごと両断。
「助かった」
「虫っぽい動きだったけど……頑張ったよ!」
残る一匹が飛びかかってくるが──蓮は剣を鞘に納めた。
次の瞬間、稲妻のような速度で刀身が走る。
「【刹那絶刀】!」
狼の体は音もなく割れ、霧に溶けて消えた。
静寂が戻る。
蓮は息を整えながら、こめかみの汗をぬぐった。
凛も胸を押さえて深呼吸している。
「……なぁ、ああいうホラー系は、もう少し後にしてくれないか」
「私だって虫系やめてほしいんだけど!」
二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
◇ ◇ ◇
霧の森を抜けると、遠くに高い城壁と塔が見えた。
異世界での、二人の物語がいま始まる──。




