表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/24

第18話 「封印の器と揺らぐ均衡」

 夜が明け、湿地帯の霧はわずかに薄らいでいた。

 魔族部隊は再び北へ進路を取る。目的地は“黒根洞窟”──魔族側の古文書に「禁忌の器」が眠ると記される場所だという。


 蓮は歩きながら、周囲の魔族兵たちの距離感を測っていた。

 昨日のロゼッタの単独行動で警戒は緩んだが、完全な信頼には程遠い。

 背後から感じる視線は、依然として鋭いままだ。


「ロゼッタ、大丈夫?」

 凛が小声で尋ねると、ロゼッタは口元だけで笑った。

「大丈夫じゃないけど、大丈夫に見せるのが得意なの」

「……ややこしいわね」

 そんな軽口を叩きながらも、彼女の瞳は常に周囲を警戒していた。


 やがて、黒々とした岩肌が地面から突き出したような洞窟が見えてきた。

 入口は半ば崩れ、黒い苔と蔦が絡みついている。

 その奥からは、冷たく湿った空気と、微かに魔力の匂いが漂っていた。


「ここか……」

 レヴァルが先に立ち、部隊を中へと導く。

 洞窟の内部は複雑な分岐が多く、足元は濡れた岩で滑りやすい。

 松明の炎が壁に揺らめき、影が不気味に伸びては消えた。


 数十分ほど進むと、大広間のような空間に出た。

 中央には黒い石の台座、その上に長方形の箱が置かれている。

 全体に赤黒い鎖が巻き付けられ、鎖の節々には封印のルーンが刻まれていた。


「これが……封印の器」

 レヴァルが低く呟く。


 ロゼッタは一歩近づき、じっと鎖を見つめた。

 その表情は、珍しく硬い。

「……この術式、見覚えがあるわ」

「どこで?」蓮が問う。

「私が封印された時と、ほとんど同じ……だけど、こっちはもっと古い時代のものね」


 凛が鎖に手を伸ばそうとした瞬間、ロゼッタが制止した。

「触らないで。これは“監視型封印”よ。無理に解けば、術者かその後継者に感知される」


 その言葉に、周囲の魔族兵たちがざわめく。

 レヴァルは険しい目でロゼッタを見た。

「なぜそんなに詳しい?」

「理由は単純よ。私も同じものを掛けられたから」

 堂々と答えるロゼッタの声には、一切の揺らぎがなかった。


 しかし、そこで一人の魔族兵が口を挟む。

「なら、あんたが封印を解けばいい。俺たちが手を出すより早いだろう」

「……簡単に言うわね」ロゼッタは苦笑した。

「これはただの封印じゃない。中身が暴れれば、この洞窟ごと吹き飛ぶわ」


 沈黙が広がる。

 その間に、蓮は箱の周囲を回り込み、壁の装飾を確認した。

 そこには古代文字でこう刻まれていた。

 ──『器は二度目の覚醒を迎えるなかれ。迎えれば、世界は三日で闇に沈む』。


「……嫌な予感しかしないな」

 蓮の低い声に、凛も表情を引き締める。


 その時、奥の通路から重い足音が響いた。

 現れたのは、全身を黒い鎧に包んだ魔族の男。

 背中には禍々しい槍を背負い、目は真紅に輝いている。


「やはり来ていたか、レヴァル。そして……ロゼッタ・ヴァニラ・ベート」

 その声は低く、洞窟全体に響き渡った。

「貴様がここにいるということは、この器の封印を解く気だな」


 レヴァルが一歩前に出る。

「……そのつもりだ」

「愚か者め。この器は我ら魔族でさえ制御不能だ。

 だが……お前が命を懸けるというなら、止めはしない」


 蓮は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 ──こいつ、器の中身を知っている。


 ロゼッタはわずかにフードをずらし、赤い瞳を露わにした。

「あなたが何を恐れていようと、私たちは引き下がらないわ。これは……ロイゼンの遺志でもある」


 その名を聞いた瞬間、鎧の男の目が大きく揺れた。

「……ロイゼン? まだ……残っていたのか」


 洞窟の空気が張り詰める。

 その隙をつき、レヴァルが蓮と凛に目配せした。

「今だ、位置を固めろ。もし交渉が決裂したら、即戦闘だ」


 そして三人と魔族部隊は、封印の器を挟んで鎧の男と対峙する。

 互いの手はまだ武器に届いていない。

 ──だが、その距離は息を一つ吸えば届くほど近かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ