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第17話 「疑惑の刃と捨て駒の微笑」

 湿地帯は重苦しい霧に包まれ、足元はぬかるみ、何歩進んでも靴が泥に沈む。

 魔族の探索部隊は慎重に列を組み、鎧の男──隊長レヴァルが先頭に立って進んでいた。

 その背後で、蓮、凛、ロゼッタの三人は何事もない顔で歩いていたが、内心は気が抜けなかった。


「……あの、さっきから視線が刺さってるんですけど」

 凛が小声でつぶやく。

 振り返らずとも分かる。後方の魔族兵の一人が、ずっとこちらを睨んでいる。


「たぶん、潜入だって気づかれ始めてるな」

 蓮が小声で返す。


 その時、レヴァルが足を止めた。

「ここから先は危険だ。……それと、一つ確認しておきたい」

 彼の視線がロゼッタに突き刺さる。

「なぜ“人間の主”に仕えている? 裏切ったのか、ロゼッタ・ヴァニラ・ベート」


 空気が凍る。

 後方の魔族兵たちも武器に手をかけた。


 蓮が一歩前に出ようとしたが、ロゼッタは手で制した。

 そして──わざとらしく、笑った。

「裏切り……そう見えるなら、それでいいわ」


 魔族たちの視線が険しさを増す。

「だが、覚えておきなさい。私は今、この二人に命を預けると決めた。理由を知られたくないなら……力で黙らせるまでよ」


 挑発的な言葉に、数名の魔族兵が前へ出る。

 凛が慌てて剣を抜こうとしたその瞬間、ロゼッタが片手を上げた。

「待って、凛。ここは私に任せて」


 次の瞬間、彼女はわざと膝をついた。

「……あなたたちが私を疑うのは当然。なら、私を試すといい」


 レヴァルが目を細める。

「試す?」

「そう。私を先行させなさい。危険地帯に一人で足を踏み入れ、道を切り開く。

 それで戻ってこなければ、それが私の最期。戻ってくれば……あなたたちの疑いも少しは晴れるでしょう?」


 蓮が低く囁く。

「おい、それじゃ本当に捨て駒だぞ」

「いいのよ。こうでもしないと、彼らの懐には入れない」

 ロゼッタの横顔は、奇妙なほど落ち着いていた。


 結局、レヴァルは頷いた。

「……いいだろう。前方には“瘴気の結晶”が漂う危険地帯がある。突破できれば信用しよう」


 ◇


 ロゼッタは一人、霧の奥へと歩み出した。

 視界はすぐに暗くなり、瘴気が肺を蝕むように入り込んでくる。

「……なるほど。これは人間じゃ数分ももたないわね」

 軽く息を吐き、魔力で体を包む。彼女にとってこの程度の瘴気は大したことはなかった。


 しかし、ただ歩くだけでは“信用”は得られない。

 ロゼッタは瘴気の結晶を次々と砕き、その破片をあえて持ち帰れる程度に採取した。

 さらに、道中の魔物を短時間で無力化し、足跡を残しておく。

 ──これは、“本当に突破した証拠”だ。


 ◇


 数分後、霧の向こうからロゼッタの姿が現れた。

 手には砕けた瘴気結晶と、討伐した魔物の痕跡がついた布切れ。


「ご覧の通り、前方の道は確保したわ」

 そう言って差し出すと、レヴァルはしばらく無言でそれを見つめ、やがて武器を下ろした。

「……見事だ。少なくとも、口だけの裏切り者ではないらしい」


 魔族兵たちも武器を下げ、警戒の色を少し和らげる。

 その時、ロゼッタは蓮と凛にだけ見えるようにウィンクをした。

 ──作戦成功。


 こうして三人は、魔族一団の中で一応の立場を得た。

 だがその夜、焚き火を囲む影の中で、レヴァルは小声で部下に囁く。

「……あの女、やはり危険だ。信用はしない。監視を続けろ」


 その視線が、焚き火の明かりの奥で微笑むロゼッタに向けられていた。


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