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第16話 「影と影の交渉」

 アードベル村は、小さな防壁に囲まれた静かな集落だった。

 だが、村長に案内されるまでもなく、村全体がぴりついた空気に包まれているのがわかる。通りすがりの子どもたちは、三人を見るとすぐに家の中へ駆け込んでいった。


「ここです。昨夜、あの丘の向こうに……」

 村長が指差す先には、黒い森が広がっていた。薄い霧が足元を覆い、奥から何かの気配がじっとこちらをうかがっている。


「今夜、奴らは必ず現れる」

 蓮と凛は互いに視線を交わし、静かに頷いた。


 ◇


 夜。

 村外れの平原に立つ三人は、月光の下で森の影を見つめていた。

 やがて霧が濃くなり、その中から五つの人影が現れる。先頭は全身を鎧で覆った長身の男。後ろには、背中に黒い翼を持つ影、そして赤い瞳の女がいた。


「我らは戦いを望まぬ。ただ、この地を通る許しを求める」

 鎧の男が低く響く声で言う。


 蓮は一歩前に出て、鋭く返した。

「それなら、なぜ村人たちを監視していた? ただの通過者にしては行動が怪しすぎる」


 鎧の男は表情を変えないまま答える。

「……人間が我らを恐れるのは理解している。だが、我らは命令を受けているだけだ」

「命令? 誰からの?」凛が食い下がる。

「答える義務はない」


 蓮は肩をすくめた。

「それじゃ、村を通すわけにはいかないな。こっちも命を預かってる」

 鎧の男の背後で、黒翼の影が一歩踏み出す。

「なら、力づくで通らせてもらおうか?」


 剣の柄に手がかかり、空気が一瞬で張り詰める。

 その時──背後にいたロゼッタが、ため息をつくように一歩前へ出た。


「もう見ていられないわ……」

 深く被っていたフードをゆっくりと外す。


 赤く輝く双眸、流れるような赤髪。月明かりを浴びて褐色の肌が艶やかに輝く。


「っ──!」

 魔族の一団が一斉に息を呑む。赤い瞳の女が膝をつき、鎧の男でさえわずかに頭を下げた。


「まさか……ロゼッタ・ヴァニラ・ベート様……!」

 黒翼の影が低く名を呼ぶ。


「えぇ。久しぶりに自分の名を口にされたわ」

 ロゼッタの声音は甘く、しかし鋭く響く。

「あなたたちの主は誰? 私に隠し事をして、無事に帰れると思っているのかしら?」


 鎧の男は沈黙したままだったが、背中の翼が小さく震えている。

 赤い瞳の女が口を開く。

「我らは……魔王直属の探索部隊。主命により、この地に眠る“封印の器”を探しているのです」


 ロゼッタの眉がわずかに動いた。

「封印の器……?」

「詳細は……魔王陛下より直接伝えるべきこと、と」


 蓮が小声で凛に囁く。

「なんだ、この空気……俺たち、完全に部外者扱いだな」

「でも、ロゼッタさんがいなかったら交渉どころじゃなかったね」凛も低く答える。


 ロゼッタは、静かに一歩前へ出た。

「……いいわ。あなたたちの命令は理解した。けれど、この村には手を出さない。それを約束できるなら、道を譲ることも考えてあげる」


 鎧の男がゆっくりと頷く。

「誓おう。この村人たちには一切の危害を加えない」


 その瞬間、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。

 だがロゼッタの瞳には、まだ鋭い光が残っていた。

「……ただし、あなたたちの行動、しばらく私が監視させてもらうわ。それで不都合は?」

「……異存はありません」


 こうして、一触即発の交渉は、ロゼッタの一言でかろうじて収束した。

 しかし、凛と蓮は互いに目を合わせる。

 ──封印の器。魔族の探索部隊。

 波乱は、まだ始まったばかりだった。


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