第15話 「特別任務、魔族の影」
港町シェルモアのギルドは、朝からざわついていた。
先日の盗賊団制圧劇は瞬く間に港町中に広まり、「赤き女帝」の二つ名まで勝手に付けられたロゼッタは、広場を歩くだけで魚屋や観光客に手を振られる始末だった。
「……あたし、観光名物になってない?」
「半分はもうなってるね」凛はクスクス笑う。
「やれやれ……」蓮は苦笑しつつギルドの扉を押した。
中に入ると、受付嬢マリーが手を振ってきた。
「凛さん、蓮さん、ロゼッタさん! ちょうどいいところに。ギルドマスターが呼んでます!」
「マスターが?」蓮の眉が上がる。
「えぇ。特別任務の相談だそうです」
ギルド奥の応接室に通されると、頑丈な机の向こうにマスターのダン・グレイソンが座っていた。短く刈った髭面に、片眼鏡が光る。
「よく来てくれたな。……盗賊団を生け捕りにした腕前、港中で噂になっているぞ」
「お恥ずかしい限りですわ」ロゼッタが優雅に礼をする。
ダンは真顔で資料を差し出した。
「今回の任務は、ただの魔物退治じゃない。港から北東の山間部にある〈アードベル村〉から救援要請が来た」
「救援要請?」凛が首を傾げる。
「村の近くに、魔族らしき一団が出没しているらしい。直接的な被害はまだ無いが……妙に規律だった動きでな。普通の魔物や盗賊とは違う」
蓮が資料をめくると、村の地図と周辺の見取り図、そして「魔族らしき者たち」の目撃証言が並んでいた。
『赤い瞳の女』『全身鎧の男』『背中に黒い翼を持つ影』──どれもただ事ではない雰囲気だ。
「依頼の内容は三つだ」
ダンが指を折る。
「一つ、村の安全確保。二つ、魔族一団の目的調査。三つ、可能であれば交渉または排除」
「……交渉って、相手が魔族だぞ」蓮が眉をひそめる。
「だからこそ、お前たち三人に頼みたい。特に──」
ダンの視線がロゼッタに向けられる。
「ロゼッタ殿。あんたは魔族の中でも高位のヴァンパイアだろう?」
「えぇ、女帝ですもの」ロゼッタはさらりと言い放った。
マスターはため息をつく。
「今の人間社会で、昼間に活動できる魔族は稀だ。太陽を克服しているあんたなら、彼らにとっても珍しい存在だろう。話をするきっかけになるやもしれん」
凛がふと尋ねる。
「そういえば、ロゼッタさん……どうして太陽の下でも平気なんですか?」
「あら、聞きたい? ──簡単よ。長い封印の間に、私の肉体は半分人間に近い性質を得たの。日光の耐性はその副産物、ってところかしら」
「副産物って……便利すぎない?」蓮が呆れる。
「でも完全じゃないのよ? 長時間浴び続ければ、さすがに肌がカサつくわ」
「それは日焼けじゃ……」凛が笑いをこらえる。
◇
任務を受けると、三人は支度を整え、ギルド前の馬車乗り場へ向かった。
港の香りを背に、丘陵地帯を越える街道を進む馬車は、二日かけてアードベル村へと向かう。
「しかし……魔族の一団か。嫌な予感しかしないな」蓮がつぶやく。
「私としては同族に会える貴重な機会よ。もちろん、話が通じる相手ならだけど」ロゼッタは窓から景色を眺めながら言う。
「通じなかったら?」凛が尋ねると、ロゼッタはにやりと笑った。
「その時は……また“任せて”もらうわ」
その笑顔に、蓮は無意識に肩をすくめる。あの盗賊団の末路を思い出したからだ。
凛は笑顔を見せつつも、心の奥では奇妙な緊張感を覚えていた。港町でのように、今回も簡単にいくとは限らない──そんな予感が、馬車の揺れと共にじわりと胸を満たしていった。




