第12話 「港町の影を追え」
翌朝、交易都市バルディナの空は晴れ渡っていた。
ギルド前の石畳を歩く蓮は、隣を歩くロゼッタの長い赤髪をちらりと見やる。
「お前、本当に昨日の魔力消費大丈夫なのか?」
「この程度で疲れるほど、女帝はやわじゃないわ」ロゼッタは余裕の笑みを浮かべる。
「でも、昨日ギルドの厨房で三人分くらい食べてましたよね……」凛が苦笑する。
「ふふ、魔力の消費は食事で補うものよ」
三人がギルドに入ると、広間は朝の依頼受注で賑わっていた。カウンターの奥でリディアが手を振る。
「ちょうどいいところに。三人に頼みたい依頼があります」
「内容は?」蓮が身を乗り出す。
「港町シェルモアで“魚が大量に消える事件”が発生しています。倉庫荒らしかと思ったら、どうも魔物の仕業らしくて……」
依頼書には“港の防波堤付近で巨大な影を見た”という目撃情報が記されていた。
「海の魔物か……あまり得意じゃないんだよな」蓮は渋い顔をする。
「蓮、まさか泳げないとか?」ロゼッタがニヤリとする。
「泳げるけど! ただ、あの海の中から出てくる得体の知れないのがな……」
「虫と同じで、見た目で拒否反応出るんですよね」凛がクスクス笑った。
◇
馬車に揺られ半日、港町シェルモアに到着した三人は、港の香りに包まれる。潮風と魚の匂い、遠くから聞こえるカモメの声。
「バルディナより人が少ないけど、魚料理は絶品だって有名ですね」凛が目を輝かせる。
「事件解決の報酬とは別に、夕飯は期待できそうね」ロゼッタも口元を緩めた。
まずは漁師組合の長、ガルモンに事情を聞く。
「毎晩、倉庫の魚が根こそぎなくなるんだ。見張りを置いても、いつの間にか消えててよ」
「侵入経路は?」
「倉庫の床下か、海側の水門か……。ただ、俺たちも影しか見たことがない」
夜、三人は防波堤沿いの倉庫に潜むことにした。月明かりが水面を銀色に照らす。
「蓮、ちょっと緊張してる?」凛が小声で尋ねる。
「……海の中からドーンって出てくるやつは、本能的に警戒するんだ」
「ふふ、じゃあ女帝が守ってあげるわ」ロゼッタは冗談めかして肩を叩く。
静寂を破ったのは、低く響く水音だった。
倉庫の水門の奥、黒い塊がゆらりと浮かび上がる。
「来る!」蓮が剣を抜いた。
やがて水面を割って現れたのは、巨大なウナギのような魔物〈マリンスネーク〉。目はランタンのように光り、顎には鋭い牙が並んでいる。
「きもっ!」蓮が思わず後ずさる。
「蓮、今の顔面白すぎ」凛が小声で吹き出す。
「笑ってる場合か! 来るぞ!」
マリンスネークは水門を破壊し、倉庫の中へずるずると侵入。ロゼッタがすかさず〈ブラッド・バリア〉を展開し、通路を塞ぐ。
「蓮、頭を狙いなさい!」
「言われなくても!」
蓮が跳びかかるが、ぬるりとした鱗で剣が滑る。反撃の尾が蓮をはじき飛ばす。
「蓮!」凛が〈ヒール〉を詠唱。
「こいつ……力が強い」
ロゼッタは一歩前へ出て、掌に赤黒い魔力を集めた。
「〈ブラッド・ランス〉!」
鋭い血の槍が魔物の目を貫く。マリンスネークが苦痛に身をよじった瞬間、蓮が二段跳躍で首元へ剣を突き立てた。
「これで終わりだ!」
剣が深々と刺さり、魔物は水飛沫を上げて崩れ落ちた。
◇
翌朝、漁師組合から感謝と共に報酬が支払われた。
「助かったよ! これで安心して漁に出られる」ガルモンが笑う。
「よかったですね、蓮。海の魔物、克服できたんじゃないですか?」凛がからかう。
「……いや、たぶん無理だな」蓮は疲れた笑みを返す。
「でも、三人でやれば何だってできるわよ」ロゼッタは自信満々だ。
こうして、三人は少しずつ息の合ったパーティとして歩み始めていた。
次に訪れる依頼が、さらなる波乱を呼ぶとも知らずに──。




