物語の力と彼らの役目
バスの旅は無事終了し、帰りにトラブルが起きることは何もなく、客を下ろすことに成功する。
「この度はワールズストレンジャー社の旅にご同行いただきありがとうございました♪ またのご利用をお待ちしております♪」
そうしてフィアネリスが旗を振って観光客を見送り、表通りから裏路地に帰る際にバスの中に沈黙が訪れる。トラブル対策チームであるスレイ達にとって、今日あった不思議な出来事が忘れられずにいた。そして同時に、なぜ自分達が魔想体の回収に選ばれたか、彼らの中で謎が渦巻いていた。
「さて、仕事も終えたところで、質問を聞く時間としましょうか、一つは、裏路地で戦闘になった際、自分達に与えられた力はなんだったのか、もう一つは、なぜ自分たちが魔想体の回収に選ばれたのか」
フィアネリスは指を2本たててトラブル対策チームの6人に見せる。それをみたスレイは聞き返した。
「あぁ、そうだよ、アレはなんだったんだ」
「順を追って説明しますか、まず裏路地で貴方達に与えられた力、あれこそが、魔想体回収の切り札となる力、"異世界の物語の転写"です
「異世界の物語の…転写?」
よくわからない言葉にサーシャが首を傾げる。続けてフィアネリスは言った。
「そうですね、では、皆様はこの異世界において、様々な英雄譚があるのはご存知でしょうか?」
「あぁ、それくらいなら、図書館で嫌と言うほど見た」
「私が使ったあの技術は、多くの異世界に存在するそう言った英雄譚から、英雄達の物語で使われる力を抽出し、それを貴方達に転写、英雄の力を自らの力として使えるようにすると言うものです
「抽出…転写?」
「おい、フィアネリス、この牛女にも分かりやすいよう説明しろ」
わかりやすい説明はしているつもりなのですがとフィアネリスはダリルの文句にぶつくさいう。
「要するに、私の術を通して英雄達の力を借りているのです」
「成る程、それならわかりやすい」
スレイはフィアネリスの説明に納得する。しかし何故あそこで異世界特別調査隊四課が選ばれたのか、四課は他の三課と比べて戦闘に特化してないボランティア部隊と聞いたはずだが…とスレイは思った。
「世の中には、知らない方がいい事もありますよ」
「お、おう」
フィアネリスの凄みのある笑顔に、スレイは黙り込む。そして、フィアネリスは二つ目の質問の答えを言った。
「二つ目の、何故あなた達が魔想体の回収に選ばれたのか、それは、私のこの物語の転写に耐えゆる肉体を持ち、なおかつ首輪をつけて飼いやすい裏路地の悪だったからです」
「首輪をつけて飼いやすい…だと⁉︎ お前の犬に成り下がった覚えはない!」
犬のような扱いを受けて、ダリルが黙らず立ち上がってフィアネリスに近づくが、フィアネリスがパチンと指を鳴らすとダリルの姿が変わり、再び四課の制服が着させられた、だが、その首には爆弾のついた首輪がついていた。
「なっ⁉︎」
「あまり舐めた真似をするとその場で殺しますよ、犬っころ」
首輪を取ろうとするダリルを嘲るように見ると、フィアネリスは言った。
「その四課の制服は処刑隊と呼ばれた別世界の四課の制服です。首輪が爆発すれば、周りのトラブル対策チームもろとも貴方は死ぬでしょう」
「ちょっと⁉︎ 待ってくれよ! 俺たちの人権は保証されるんじゃなかったのか⁉︎」
話が違うじゃないかとスレイは言う、だがその時、フィアネリスは残念そうに言った。
「ええ、人権は保証するとは言いました。しかし身勝手な行動をするなら別です。英雄譚には死を扱う物語だってありますからね。その気になれば、その場で槍で串刺し、なんてことだってできますよ」
フィアネリスが冷たい目線でダリルを、トラブル対策チームを見つめる。
「貴方が死んでも、貴方以外が死んでも、代わりになる裏路地の悪なんていくらでも調達はできます。トラブル対策チームなんて名前がついてますけど、実際のところ、このチームは囚人部隊です。貴方達の生殺与奪の権利は私が握ってるんですよ。勝手な真似は寿命を縮めますよ」
「じゃあ、魔想体の回収に俺たちが選ばれたのって…⁉︎」
スレイの考えを読んだのか、フィアネリスは笑顔でこう答えた。
「ええ、最初から貴方達に期待なんてされてません、ただ私の物語の転写に耐えられて、同時に体よく使い捨ててでも魔想体を回収できる駒である存在、それに該当したから選ばれただけです」
「そんな……」
「魔想体の回収には危険が伴いますからね、本来ならばイストリアの役目ですが、彼らは貪欲にも、リスクを負わずに回収してくれる業者を求めました。そして、莫大な報酬を対価にこのWS社が回収を担当する会社の一つになったのです」
フィアネリスの説明にその場の全員が項垂れながら座り込む。自分たちは使い捨ての駒、生きる権利こそ得られるが、その気になれば切り捨てられると考えると、スレイ達の中に絶望が浮かんだのだ。
「ですが、何も絶望するだけの話ではありません、魔想体の回収をこなしていけば、報酬で会社も成長し、表通りに進出、貴方達も晴れて表通りの住民となり、人権を本当に保障されることになるでしょう」
「けど! その為には命を賭けなきゃならないんだろ!」
フィアネリスが笑顔を崩さず説明する中、スレイは俯きながら叫ぶ。それを聞いたフィアネリスは笑顔を崩し、本気の顔で言った。
「ええ、どうしようもない悪の貴方達が、こんなゴミの掃き溜めみたいなところから出られるチャンスを与えられてるのです。全力で足掻き、もがき、死力を尽くして、命を賭けて魔想体を回収してください。でなければ、待ってるのは死です」
フィアネリスがはっきりとそう言うと、トラブル対策チームのメンバーは息を呑んだ。自分達は彼女に、この会社に抗えないと。
すると、スレイは静かに言った。
「分かったよ、魔想体の回収,俺たちが務めてやるよ、誰も死なせやしない、全員で表通りの住民になるんだ」
「はい、貴方達の活躍、陰ながら見守らせて頂きますね、トラブル対策チームの皆さん」
フィアネリスが笑うと、WS社の会社の前に丁度たどり着いた。運転席からリコッタが出てくると、先ほどの暗い空気をつぶすようにサプライズかクラッカーを鳴らした
「今日の仕事はおしまい、みんなお疲れ、初仕事大変だったでしょ? 社員寮でちょっとしたパーティーをする予定があるから、みんな楽しも?」
「ええ、そうですね、新しい"仲間"ですもの、盛大にもてなさなければ」
「使い捨ての駒と言っておきながら、よく言うよ」
だがパーティーには賛成なのか、スレイ達は社員寮の方へ行く。すると、そこではWS社の社員達が少ない人数ながらもスレイ達をもてなすようにクラッカーを鳴らした。
『みんなお疲れ! そしてようこそ! WS社へ!』
休憩室の机には表通りで買えるご馳走が少し並んでいた。丁度トラブル対策チーム6人が食べ切れる量だ。
「わぁ、こんなご馳走、いただいてもよろしいのですか?」
「高かったはずです、本当にいいのですか?」
「いいのいいの、これから君達には頑張ってもらうんだから、これは入社祝いと受け取って貰えばいいよ」
レインとローランドが遠慮する中、リコッタがいいよと言うと全員を座らせてはシャンパンを開けると、フィアネリスとリコッタ、そして6人のグラスに注ぐ。
「それじゃあ、同じ仕事をする仲間達にむけて、乾杯!」
「乾杯♪」
リコッタとフィアネリスが乾杯する中、他の6人は困惑するが、全員で目と目を合わせ、意を決したように頷くと、グラスを掲げた。
『このクソッタレな職場に、乾杯!』