与えられる力
誘拐された子供がいる場所を示す赤い点めがけてスレイ達は走る。幸い車などは使われてないのか、移動速度は遅く、スレイ達が全力で走って追いつけるレベルだった
「ねぇ! 今回の誘拐って一体誰がやったのかな⁉︎」
ふと、サーシャがそんなことをいい出す。それを聞いたローランドは真面目に考えて答えた。
「歓楽街である7番街においてこんな小さな誘拐、大型の銀行強盗と比べたら陳腐な物、やった相手を考えるとするならば、裏路地で日々の金を稼ぐネズミ程度の連中です」
「脅威としてはそこまで高そうじゃないな!」
「はい、ですがお気をつけを、ネズミでもスレイ隊長のように優れた戦闘センスを持った者もいます」
「忠告は聞いておくよ!」
そんな話をしていると、赤い点が裏路地に入っていくのがマップに映った。
「不味い、裏路地に入られた、下手に闇組織の支配領域で戦闘を起こすと大変な事になる!」
「だが仕事で取り返さなきゃならない客だろ! 覚悟を決めるんだ!」
ルーデンスがそういうと、一行は裏路地へと入る、ここからは闇組織が支配する領域だ、下手に戦闘を行えば、裏路地の掟で闇組織が襲いかかってくるだろう。
しばらく進むと、誘拐犯が見えた。脇に子供が入っているであろう麻袋を抱えて走っている。
「止まれ!」
ローランドが銃を向けるが、目標は人だ、下手をすれば人質である子供に当たりかねない。それを承知か、誘拐犯は走り続けた。
「ちぃっ! なんとかならないのか!」
「私に任せて!」
ダリルが舌打ちをするが、ここでサーシャは服の裏からナイフを取り出し、投擲した。そのナイフは綺麗に飛んでいき、誘拐犯の背中を捉える。
「んぐあっ⁉︎」
誘拐犯は刺された痛みでその場に倒れ、泡を吹く。
「ちょっとした麻痺毒が塗られたナイフだよ、質が悪いから下手したら死ぬかもしれないけど」
「そんな危ないものよく子供を抱えてる中投げれたな⁉︎」
「私は殺しのプロだよ? この程度の距離のナイフ投げくらい造作もないよ」
面接時ではあんなにビクビクしてたのに、実戦に出てみればかなり大胆なことをしたなとスレイは思った。ひとまず、落とした麻袋から子供を出す。
「怖かったよぉおおおお!」
「よしよし、今お母さんのところに返してやるからな」
スレイはそう言っては踵を返して裏路地から出ようとする。しかしすると、通ってきた道から男達が数人出てきた。
「おいおい,こんなところで騒ぎを起こして、何してくれてんだ、ここは俺たちの縄張りだぞ」
「道を開けてくれ、俺たちは急いでるんだ」
「通すわけにはいかねぇな、裏路地の掟、知らねぇはずがないだろ」
やはり戦闘は避けられないかと各々が武器を取る。当然ながら子供を守りながらスレイ達は武器を構えた。
「そのガキ、臓器にして売ったら金になりそうじゃねぇか、よこせよ!」
「渡すものか!」
鉄パイプを持った男がスレイに殴りかかる。スレイはそれを時間操作で体感速度を上げ、避け、殴りかかるが、パンチを喰らってもびくともせず、逆に殴り返された。
「がっ⁉︎ 何故⁉︎」
「裏路地の技術を甘く見たな! その程度の能力で勝てると思ったか? うん?」
喧嘩に強いスレイが初手で1発貰ったことに驚く。どうやら7番街の裏路地の闇組織の者は、1番街とは格が違うらしい。
「だったら!」
スレイは今度は地面を強く踏み、周囲の体感速度を遅くした、男の振られる鉄パイプの速度が遅くなる中、スレイは自身の体感速度を加速させ、数発殴る。連続の殴打だ、効果はあるだろう、そう思ったが、男には何のダメージも入ってなかった。
「俺らは特殊な手術で肉体を改造してるんだよ、テメェらのチンケな能力でやられるか!」
「だったら、武器ならどうだ!」
ルーデンスが手斧で殴りかかる。他の男が前に立つと、なんとその手斧を片腕で防いだ。
「斬撃も効かないだと⁉︎」
「高耐久合成皮膚だ、高かったぜぇ、これの施術はよう!」
男がルーデンスに剣で切る。ルーデンスはなんとか下がり、攻撃を回避した。
「打撃も斬撃も効かないなんて聞いてねぇぞ!」
「ちっ…面倒な敵だな!」
ダリルも剣で応戦するが、狙われた男は切られることなくダリルに銃を向ける。ダリルは自分の血液を飛ばすが、それが刺さってもまるで効果がなく、敵は反撃で銃を撃った。咄嗟に剣で攻撃を防ぐが、ダリルの剣は跡形もなく砕け散ってしまう。
「銃弾一撃で俺の剣が壊れるだと⁉︎」
「お前ら、7番街の裏路地を舐めてかかったな、見たところ他の街の人っぽいが、諦めて死にな!」
ダリルに向けて銃弾が放たれる。彼は避ける暇もなく目を瞑るがその時、弾丸がダリルに当たることはなかった。
「やれやれ、心配だから来てみれば、やはり苦戦していましたか、観測通りですね」
そこには、銃弾を手で掴み、すりつぶしたフィアネリスが立っていた。
「フィアネリス!」
「はい♪ いつもあなたのおそばに、明るいバスガイドのフィアネリスでございます♪」
ダリルが驚く姿に、フィアネリスは笑顔で対処する。銃弾が防がれたことに男たちは驚いていたが、だが、フィアネリスは硬い表情になると言う。
「トラブル対策チーム、現状の貴方達では彼らを倒すことはできません」
「何ですって? 僕たちはまだ戦えます! 試せる手段もまだ色々あると…!」
「忠告は聞いておくべきですよ、レインさん、もう一度言います、貴方達では奴らを倒せません、仮に貴方が能力を使ったとしても」
フィアネリスの冷たい目線がレインに突き刺さる。
その時、レインは彼女の瞳を通して何か悍ましいものを見てしまった。そう、自分達が敗北する未来を。
「じゃあどうしたらいいんだ! 勝ち目がないなら、逃げるしかないのか!」
「いえ、勝つ手段ならばありますそれには、皆様の同意と協力が必要です」
攻撃を捌きながらスレイはフィアネリスの話を聞く。この状況を打開できるなら同意でもなんでもしたかった。
「わかった! 同意する! だからなんとかしてくれ!」
「はい、では、他の皆様もよろしいですね?」
『あぁ!』
「では、これより、"物語を転写"します。記憶に少々異物が混じり混みますが、耐えてください」
フィアネリスがそう言った途端、スレイ達の下に魔法陣が敷かれた。それが淡く光り、下から上まで通り抜けると、彼らの姿がトラブル対策チームのそれから変わった。
喪服の如き黒い軍の制服。裏路地の彼らには少し見覚えがあった、
「これって、異世界特別調査隊四課の制服⁉︎ なんで私達着てるの⁉︎」
「それが、今私が最速で観測できる"最大の物語"だからです」
「物語だと?」
よくわからない言葉を聞いてトラブル対策チームが疑問を浮かべる。だが、その直後、彼らはあることに気づいた。いつもの自分たちより、遥かに力が増していると。
「今お前がしたことで、あいつらが倒せるようになるんだな?」
「ええ、では,存分に戦ってください、トラブル対策チームの皆様♪」
そう言うとフィアネリスはふっと目の前から消える。神出鬼没で不気味な奴だとスレイは思うが、だがそれをすぐに気にせず、目の前の敵に向けて駆け出した。
「速い⁉︎」
「くらいやがれ!」
加速した時間の中で、スレイは先ほどと同じように男を殴る。いつの間にかスレイの両手につけられたガントレットが殴った衝撃で炸裂し、男の一人を吹き飛ばす。男は壁に強く叩きつけられると、クレーターができるくらい壁にめり込み、そのまま沈黙した。
「嘘……」
「…マジかよ」
これにはスレイ自身も驚いた。今まで自身の全力のパンチをしてここまでのパワーを発揮したことがなかったからだ。
ルーデンス達もあまりのパワーにポカンとするが、すぐに戦闘態勢を取り戻すと、駆け出した。
「なんだなんだ⁉︎ なんのマジックを使った⁉︎」
「俺も、知るかよ!」
ルーデンスが手斧から大型化した毒のついたバトルアックスを振るうと、先ほど攻撃を防いできた男の体が両断された。
「ぐほぁっ⁉︎ な…なんで! 俺の身体ぁ!」
「なんだかわかんねぇが、運がなかったな」
義手にいつのまにかついていた蜘蛛の脚を男の喉元に突き刺すと、そのまま放り投げる。
「来るな! 来るなぁああああ!」
「そんな銃弾! 無駄だよ!」
刀を持ったサーシャが銃弾を弾きながら接近すると、男のフェイタルブレードの適応部位を切り裂いた。瞬間、ざぱっといとも容易く男の皮膚は切り裂かれ、大量に血が溢れ出る。
「このまま戦い続けても犠牲者が出るだけ、続けますか?」
「ひ、ひぃいいいっ! こいつら、急に強くなりやがって! 逃げるぞ!」
「ま、待ってくれよー! 俺も死にたくねぇ!」
レインの笑顔の脅しに、この戦いを見て怯えた男達が逃げ出した。戦いが終わり、あたりに沈黙が訪れると、スレイ達の服装が四課の制服から元のトラブル対策チームの服装へと戻る。
「なんだったんだ、俺たちに宿った力は…」
「わかんねぇ、けど、表でも裏でも見たことねぇような技術が使われてるのは確かだ、急いでバスに戻るぞ、出発の時間が近づいてる」
「あ、あぁ」
そうしてトラブル対策チームは子供を助け出し、無事にバスまで戻れたのだった。
だが同時に、彼らの中で疑問が生まれた、ワールズストレンジャー社が抱える不思議な技術と魔想体の改修がなぜ自分たちに与えられたかについて…。