回り出すタイヤ
ワールズストレンジャー社に入って翌日、目覚まし時計が鳴る中、スレイは目を覚まし、時計を止めてベッドから降りる。
(まともなベッドで寝たのなんて久しぶりだな)
裏路地で廃屋の中で寝ていた時とは大違いだと考えると、スレイは支給された制服に着替える。制服は黒くてピシッとしたジャケットで,首元にはワールズストレンジャー社のイニシャルであるWSの文字が書かれている。
今日からこれを着て仕事をするのかと考えると、スレイは少しワクワクした。
着替えを終えて部屋から出ると、ルーデンスが早速待っていた。
「おっ、よく似合ってるじゃないか、隊長さん」
「ルーデンスさん,今日からよろしくお願いします」
「硬いこと言うなよ、ルーデンスと呼び捨てでいい、なんせお前は隊長だからな」
二人でエレベーターに乗り、一階の食堂に向かう。食堂では、様々なスタッフが料理を食べていた。
だが、食べていた料理は、よくわからないペーストやエナジーバーなどが詰められた、所謂ディストピア飯だった。
「赤字なのって本当なんだな、確かこの食品の製造会社って格安で栄養満点のディストピア飯を作る会社だったよな」
「俺は食えればなんでもいい」
うええと言いながら食べるルーデンスに対して、スレイは美味しそうにパクパクとディストピア飯を食べていく。
そうしていると、他のトラブル対策チームのメンバーもやってきた。
「朝が早いじゃないか、裏路地のネズミにしては熱心だな」
「同じ穴の狢の癖に尊大な態度ぶるなよ、今日から俺たちはチームを組むんだから」
上から目線のダリルに対し、ルーデンスは落ち着いた表情で飯を食べながら言う。
「みなさんおはようございます! 今日からよろしくお願いしますね!」
「ああ、よろしくサーシャ」
「朝ごはんの途中でしたか! 私たちの朝ごはんは……何これ、本当に朝ごはん?」
朝ごはんだと喜んでいたサーシャの顔が、配られたディストピア飯によって絶望の表情へと変わる。
「まぁまぁ、よいではありませんか、まともな食にありつける事自体、裏路地ではいい暮らしなのですから」
そう言いつつレインは顔色変えずにディストピア飯を食していく。美味しそうには食べないが、だがきちんと食べていた。
「本日よりよろしくお願いします、隊長」
「よろしく頼むよローランド」
ローランドもディストピア飯を受け取っては顔色変えずに食べていく、ルーデンス、ダリル、サーシャの3人は顔色を変えていたが、この3人は平然とディストピア飯をたべていた。
そして食事を終え、6人がビルから出て向かいの会社に向かうと、そこには、ピカピカに直された異世界渡航バス、ジャーニーが置かれ、同時に、フィアネリスに連れられた旅行客が集まっていた
「おはよう、フィアネリス,もしかして,早速俺たちに仕事か?」
「フィーネで構いませんよ、おはようございますスレイさん、皆さん。はい、今日から仕事です。と言っても今回は都市ミズガルズの観光ですが、ここ1番街から7番街まで観光に行きたいと言う客のですね」
「7番街! 娯楽に満ちた夢の街! 私たちも遊びに行っていいんですか?」
「いえ、普通に仕事なので遊びに行ってはなりませんね、諦めてください」
そんなーとサーシャが言う中、スレイはフィアネリスに聞く。
「そこに例のアレがあるのか?」
「いえ,今回はございません、今回はそうですね、新人研修といった形になるでしょう。7番街は娯楽の街であると同時に都市での犯罪数トップクラス、まずは貴方達の力を計らせてもらいます」
「お試しって事か、いいだろう、やってやるよ」
「ええ、期待してますよ、では、観光客の皆様〜、出発の時刻となりましたので当バスにお乗りしてください♪」
フィアネリスが手持ち型のWS社の旗を振りながら観光客を乗せていく。観光客を乗せたら、スレイ達もバスに乗った。バスの中は意外にも広かった。最新の魔導技術が使われているのか、外観のバスの大きさと中の広さは違っていて、多くの人が乗れるほど広々としていた。
そんな中に、観光客とスレイ達が乗り込む。シートベルトは流石に異世界渡航と安全を想定されてるのか,航空機のシートベルトのように4点式で、しっかりカチリと閉めると,深々と椅子に座り込んだ。
「本日の旅のガイドを務めさせていただきます、熾天使のフィアネリスと申します♪ よろしければ気軽にフィーネと呼んでも構いませんよ」
フィアネリスがマイク片手にそう言うと、観光客達は大喜びとなった、こんな絶世の美女がバスガイドを務めるのだから,そりゃあ客からは黄色い歓声も飛んでくるだろう。
「本日の旅ですが、日帰りの旅、7番街の歓楽街巡りとなっています。自由時間を設けて、お客様が楽しめる旅にするおつもりですので、どうか、お喜びください」
そう聞くと観光客達は7番街でどこを回ろうかと楽しみにしだした。そんな中、スレイ達は7番街がどんなところか話す。
「なぁ、7番街って娯楽に満ちた夢の街っていうけど,実際はどうなんだ?」
「その言葉に嘘偽りはありませんよ、犯罪件数がトップという話も本当の話です」
「レインは行った事あるのか?」
「いいえ? 僕は単純に組織でそんな噂が流れているのを知った程度です」
どちらにせよロクな目には合わなさそうだとスレイは思うと、ため息をつきながら椅子に座り込んだ。
「それでは、旅の始まりとしましょう、ボンボヤージュ♪」
バスの扉が閉まると、リコッタがサイドブレーキを下ろし、シフトレバーを切り替え、アクセルを踏む。すると、バスはゆっくりと大きな車体を揺らしながら動き始めた。裏路地をするすると通って表通りに抜けると、幹線道路に入り、7番街まで走っていく。
「わぁ…1番街の外なんていつぶりだろうなぁ、暗黒銀行員を殺して回った時以来かな?」
「喋るな牛女、次喋るとその舌を切るぞ」
ダリルがサーシャの胸が大きいことを蔑称にして、牛女と言っては剣を立てる。
が、ここでレインがその件を抑えた
「喧嘩しない、僕たちはチームなのですよ、仲良くしましょうよ」
「誰がお前らと仲良くすると言った、俺は仕方なく仕事をするまでだ」
「はいはい、威張るのはそこまで、どうせ戦闘になれば背中を預け合うことになるんですから」
そんな会話をしつつバスは7番街へ向けて走っていく。観光客は今のところはどんなところか楽しみにしながら都市の観光ガイドを広げていた。
そんな中、いつのまにかいたフィアネリスがじぃっとスレイを見る。
「なんだよ、俺の顔に何かついてるのか?」
「いえ、初めての仕事にしては落ち着いているなと思いまして」
「当たり前だろう、俺はこのチームの隊長だ、隊長がおどおどしてたら示しがつかないだろう」
「ふふ、その覚悟の表情、どこまで続くか、見定めさせてもらいますね」
フィアネリスはそう言うと車内放送のマイクを手に取り言った。
「間食を挟みたい方はどうぞお申しください、栄養食やお菓子の類の販売もやってますので、あと、トイレは車内後方の多目的室の方にございます、催しても安心ですのでぜひ利用してください」
そうフィアネリスは笑顔で客にサービスの説明をし、バスガイド用の椅子に座り直す。そんなフィアネリスの姿を見て、スレイはなんとも言えない、不思議な感覚を覚えた。
ーーー
小休止を挟みながらバスは走っていき、暫く経つと、7番街の地区へと入った。
「おお……」
スレイは初めて見る景色に驚く。あちこちに映画館やカジノ、都市でも有数の高級料理店が並ぶのを見て、新鮮な気持ちになる
「お客様にお伝えします♪ 当バスは7番街へと入りました。この景色を写真に収めるのは今のうちですよ♪ もう十数分したらバスは目的地に到着します」
目的地への到着という言葉を聞いてスレイはいよいよ覚悟を決める。WS社に入って最初の仕事、完璧とまではいかないが,こなしてみせようと。
そうして考えていると、バスは目的地に着いた。
「目的地の7番街ナイトウェイ前に到着しました♪ ここからは自由時間ですので、皆様は降車後、ご自由に行動を行っても構いません。ただし出発時間となる夕方五時までにはどうかバスにお帰りください。出なければバスは強制的に出発し、遅れた者はこの地区に置いていきますので」
そうフィアネリスが言う中、乗客達は7番街の歓楽街へとバスを降りて向かっていく。
スレイ達も降りようとするが、ここでフィアネリスに止められた。
「ああそうそう、貴方達トラブル対策チームにはこれを渡さなければいけませんでした」
そうして渡されたのはスマートフォン型の端末だった。
「これは?」
「WS社仕様のEフォンです。この端末に旅行客の場所が常時記されてますので、門限の時間に遅れそうな客がいる場合はこれを頼りに連れ戻してください」
「万が一トラブルに巻き込まれた場合は?」
「現場のあなた達の判断に任せます、まぁ心配はせずとも、私とリコッタさんがバスの後部多目的室にてあなた達と観光客を常時モニタリングしてますので、指示やサポートは逐次送りますので安心して業務に励んでください」
「分かった」
フィアネリスの説明を受け、トラブル対策チームの六人はバスの外に降りる。そこに広がる巨大でギラギラしたビル街の下で、スレイは言う。
「WS社トラブル対策チームの初仕事だ、無事に終わらせよう」