契約成立
「なんですか、この…魔想体と呼ばれる物は」
スレイは目の前の物質に対して、本能的な警笛が鳴るのを感じながら、フィアネリスに聞く。するとフィアネリスはこう答えた。
「世界を崩壊させる物質です。崩壊とは言っても、形はまちまちなのですが」
「世界を崩壊させる、また突拍子もない話ですね、御伽話か何かですか?」
レインが笑顔を崩さずにそう答えるが、まぁ言うだけではわからないでしょうとフィアネリスは思うと、部屋のプロジェクターで画面を見せた。
その画面に映っていたのは…地獄だった。
「なに…これ」
思わずサーシャが言葉を失う…そこに映っていたのは、魔想体によって人々が狂ってしまった異世界や、本来の歴史から外れて暴走した異世界、崩壊を迎えてしまった世界と、さまざまな物だった
「魔想体について説明しますね、皆様は"なり損ない“についてはご存知でしょうか」
「あ、あぁ、確か、人が変化した怪物だって」
「異世界管理組織、イストリアが日々戦っている怪物のことですね」
スレイとローランドがそれぞれ答えると、フィアネリスは頷いた。
「そうです。魔想体はその異世界版。この物質が異世界にあると、その世界の歴史や摂理、人々の在り方などが崩壊し、やがて世界が滅亡へと向かいます」
「滅亡って,またとんでもない話だな。そう言うのはイストリアの仕事じゃないのか?」
「確かに、本来ならば異世界の管理を行うイストリアの役目なのですが、イストリア側で回収こそされてはいるものの,手が足りないと言う状況になってます。そこで、我々ワールズストレンジャー社に白羽の矢が立ちました」
「何故?」
「異世界旅行という名目で調査活動を行い、それを回収する事が効率がいいと考えられたのでしょう、それに、回収に成功すれば、膨大な報酬が約束されるとイストリア側から条件を持ちかけられました。我が社は現在経営難で、唯一ある異世界渡航バス" ジャーニー"の修理すらままならない状態。結果、我々は異世界旅行と同時に魔想体の回収という役目を背負う事を承諾し、貴方達はここに呼ばれたと会うわけです」
成る程、とスレイは納得する。要は会社の経営難をなんとかする為に巨大な博打をしようとしている、という事らしい。
だが博打にしてはあまりにもスケールがデカすぎる。世界の危機を起こす物質に対して今この場のたった6人でどうにかしろというのだ、あまりにも無謀すぎる。
自分達はイストリアのエージェントのような戦闘のプロフェッショナルじゃない。ましてや裏路地でちょっと知名度がある程度のならず者お尋ね者集団だ、そんな連中をかき集めてこんなものを回収するだなんて無理だとスレイは思った。
だが、その直後、フィアネリスからとんでもない言葉が飛んでくる。
「尚、この面接において契約を行わない場合は機密事項の漏洩と裏路地における違法行為により、貴方達は処刑されます」
「そんな⁉︎ 私は普通に生きてきただけなのにぃ!」
殺人鬼と一番物騒に称されたサーシャがそういうが、だがフィアネリスはこうも返した。
「逆に,契約を行った場合、あらかじめ送った手紙通りの待遇を行い、貴方達の人権は保護され、尚且つこれまでの違法行為を不問にしましょう」
「つまりは、半ば強制的に契約をしろ、という事ですか?」
「察しが良くて助かります」
それを聞いたスレイ達はうーんとうなった、ここまで生きてきた命だ、契約不成立で即処刑なんてされたくない。そう思うと、スレイ達6人は言った。
「わかったよ,死にたくないし、この契約、乗ってやるよ」
「あぁ、全く、とんでもない会社に入る事になっちまったな」
「勘違いするなよ、俺は命が惜しいだけだ、お前らの犬に成り下がるつもりはない」
「契約通りに仕事をこなせば,これまでの殺害記録も消えて、晴れて私もまともな生活に…やります!」
「もとより警備員として入るつもりでしたし、僕は普通にこの契約は賛成です」
「どちらにせよ、裏路地で生き残るにはこういう場所で働くしかない、契約します」
6人は雇用契約書を受け取るとサインし、晴れてワールズストレンジャー社の社員になることが決定された。寄せ集めの6人だが,どれも頼りになる者ばかりだ。
と、ここでフィアネリスがこんなことを言い出した。
「トラブル対策チームとして貴方達は配属されるわけですが、隊長となる者が必要ですね…」
隊長、そう聞いて、スレイは隣に座っている五人を見る。
「隊長? 俺はパスだ、そういうのは向いてない」
「こんな雑兵どものお守りなんてごめんだ」
「あ、あはは、私,殺しのセンスはあっても隊長をするセンスは…」
「僕には指示を出す立場は向いてないと思うんですよね、笑顔ばかりの隊長って変でしょう?」
「失礼ながら,私も部隊を指揮する力はあまり持ち合わせていません」
そう言って5人は隊長になるのを拒否した。残ったのはスレイだけだ、フィアネリスはスレイの方を向いてじっと見つめる。
「スレイさん、貴方に隊長をこなすことができますか?」
「やったことはない、けど、やれというなら……あーくそっ、しょうがないな、わかった、俺がやる」
「ありがとうございます、では、トラブル対策チームの隊長はスレイさん、それでいいですね?」
5人にフィアネリスは聞くが、5人は意義なしと言わんばかりに何も言わない。それを見てフィアネリスは笑顔になると、6人に言った。
「では本日より、トラブル対策チームとして、宜しくお願いします♪ あ、社員寮は向かいのビルですので、受付で寮の鍵をもらったら早速利用してもらっても構いません。ようこそ、ワールズストレンジャー社に」
フィアネリスは一人一人に握手を交わすと、部屋から消えていく。面接官も一礼をすると、部屋から出て行った。
「じゃ,これからよろしく頼むよ、隊長さん」
「足だけは引っ張るなよ」
ルーデンスからエールを送られ、ダリルからは冷たい目線を刺され、スレイははぁっとため息をつく。
面接も終わり、自由な時間になると、スレイは早速鍵をもらい社員寮へと入って行った。
自分の部屋へと向かおうとするが、ここで、休憩室に誰かがいるのを発見する。
「ん? もしかして、君が今日から入るトラブル対策チームの人?」
「あぁ、成り行きで隊長をする事になった、スレイ・エルメルトだ、君は?」
「私はリコッタ・マリエール。異世界渡航バス、ジャーニーの運転手をしてるの、気軽にリコって呼んでいいよ」
「あぁ,よろしく、リコ」
互いに自己紹介を交わし、スレイはリコと少しの間時間を送る。
「へぇ、裏路地の便利屋だったんだ、スレイ君って」
「リコはどんな理由でこの会社に?」
「私? 私は親が借金まみれで蒸発しちゃって、その借金返済のためにこの会社で働いてる」
「高給と聞いたが、本当に給料はいいのか?」
「裏路地の方では結構高給だよ、表通りには勝らないけど、きちんと給料あるし、ボーナスもあるし、休みも取れる、会社としてはちゃんとしっかりしてるよ」
どうやら待遇の話は本当らしい、そこを聞いてスレイは安堵すると、次の話に移った。
「あのバス…えっと、ジャーニーだっけか、運転手は君一人だけなのか?」
「うん、あの子の運転手は私だけ、ついでに言えば、会社が保有するバスもあの子だけ」
窓の外から会社の方を見ると、傷だらけのバスが映った。
「なんであんなに装甲に覆われてるんだ? 普通バスってもっとこう,四角くて窓とか広いだろう」
「一つは,異世界渡航に耐えられる頑丈な車体である為、そしてもう一つは,異世界における脅威から身を守る為」
「身を守る為って、何もここまで頑丈にしなくても…」
「それが必要なんだよ、魔物に襲われてバスが壊されたら元の世界に戻れなくなって大変だし、客が死んだらそれはそれで大問題だし、今までは問題はその程度しかなかったけど、けどこれからは,問題がさらにもう一つ増える」
「それって、魔想体の事か?」
察しがいいねとリコッタが言うと、魔想体について話し始めた。
「魔想体さえ回収できれば、会社の赤字も借金もパーになるんだけどなぁ、でも君たち6人が必要になるくらい、回収は難しいんだと思う」
「言っておくけど、俺は人と素手でしか戦えないぞ、魔物やなり損ないの相手とかだなんてとてもできない」
「そこは大丈夫、フィーネがなんとかしてくれるから」
「フィーネ?」
「フィアネリスのこと、彼女がなんだか不思議な力を持ってして、君達を手助けしてくれるみたい」
ただの天使のバスガイドじゃなかったのかとスレイは思うが,一体どんな手助けがされるのだろうと考える。
「まぁとにかく、運転手は私、バスガイドがフィーネ、んで警備員が君達、これからは同じバスで旅をする同僚として、よろしくね」
「あぁ、よろしく、リコ」
そうしてリコと話を終え、スレイは自分の部屋へと入り、休むことになったのだった…。