釣り合わない見返り
メイの死を受けて、対策チームは彼女の遺体と魔想体を、イストリアの回収班に受け渡す。だがその時、奇妙な事を言われた。
「特査四課が死神部隊であることは絶対に社外に口外しないように」
イストリアの回収部隊から言われたその言葉は、スレイ達に謎を生んだ。だがメイはこうも言っていた、"どうせ記憶処理が行われる"と。
スレイ達はこう仮定した。メイの言う通りボランティア部隊という姿は仮の姿で、本来の姿は記憶処理を施されるほどの禁忌と同類のことを行う部隊なのではないかと。
だとしたら、魔想体の回収にメイが呼ばれるはずがないと。
だが、死神と呼ばれた四課に配属されたメイでさえ死んでしまうほどの戦いなのかとスレイ達は思った。
今回の魔想体は小さなものだったためなり損ないの強さもメイ1人の犠牲で済むレベルだったが、今後より大きな魔想体を回収する時、また誰かが、今度はより多くの犠牲が出るのかと考えると、スレイ達は悩んだ。
「……メイ、憎たらしい奴だったけど、死んで欲しいと思うようなやつではなかったよな」
「あぁ、そうだな、あいつだって、家族がいたんだ、それなのに…死んでしまった」
バスへの帰り道に、物語の転写が解け、本来の姿となった彼らが歩いて帰る。スレイが振り返れば生命樹の光は元に戻っていて、フィアネリスが言うには街に蔓延っていた魔素も無くなったと報告も来ていた。
なのに、釈然としない結末になった。憎たらしくても、メイは一時を共にした仲間であった事を考えると、いたたまれないきもちになった。
「早く帰ろうぜ、バスに、フィーネが待ってるだろ」
「…そうだな」
振り返って生命樹を見ていたスレイを、ルーデンスが呼ぶ。スレイは振り返り、仲間達と共にバスに帰った。
ーーー
バスに帰ってスタッフ用多目的室に入ると、ニコニコ笑顔のフィアネリスとリコッタが待っていた。
「よくできました! 魔想体の回収! 貴方達ならばできると信じていましたよ!」
「やったよ! これで会社の経営も少しは良くなる!」
フィアネリスが拍手をし、リコッタが笑顔で喜んでいたが、対策チームの皆は素直に喜べなかった。人を1人犠牲にしてしまったのだからと、だがここでフィアネリスに言われる。
「犠牲になったのは四課の隊員1人、それで世界を救えたと思えばお釣りは大きい方ですよ。人1人の死で世界が救えたと思えば!」
「1人の死で世界が救えた⁉︎ 1人死んだんだぞ! 俺達じゃなかったとしても、別の組織であったとしても、1人犠牲が出たんだぞ!」
その言葉は、スレイを激昂させるに容易い言葉だった。スレイは怒りを露わにしながら壁の装甲板を叩く。
だがフィアネリスは冷酷な表情で、リコッタは申し訳なさそうな表情で言った。
「何を言っているのですか?世界と見知らぬ個人と天秤にかけて、貴方は見知らぬ個人のために世界を捨てるのですか? 見知った人ならともかく、見知らぬ誰かの死なんて、些細なものでしょう」
「それでも! 1人犠牲になったんだ! 犠牲に…してしまったんだ!」
「スレイ君…残念だけど、私達は裏路地の住人、例え誰かが死のうと関係ない世界で生きてる人達だよ、そんな私達が誰かの死を悼んだって…」
「そんな事は分かってる! 分かってるんだ! だけど…!」
スレイがそう悩んでいるとダリルが近づいてきて、スレイを殴った。周りの人は驚くがダリルはスレイの襟首を掴んで立たせては言う。
「隊長がなに人が死んだ事で悩んでいるんだ! 俺たちの仕事は、犠牲が当たり前の仕事なんだぞ! 寧ろこのバカ達の中から犠牲者が出なかった事を喜ぶべきじゃないのか!」
「それでも、お前だって悲しいだろう! 誰かが死ぬことに関して!」
「ああそうだ! だが! 俺たちはそこの天使らに首輪を繋がれてるんだ! 命懸けなのはさっき死んだあの女だけじゃなかったんだぞ!」
そう言われると、スレイは周りを見渡す。対策チームの全員は、顔を背けてはいたけれど、ダリルの言葉に何も言い返せずにいた。
「俺だって悲しい! 先ほどまで一緒にいたやつがいきなり死んだら! それがどんなに憎たらしいやつであってもだ! 俺だって…人間なんだよ!」
そう言うダリルだって涙を堪えていた。それを見たフィアネリスは滑稽ですねと笑いながら言う。
「貴方達はこれから、より大きな脅威と立ち向かうのですよ、現地チームとの協力は無論ございます、その際にいちいち現地の人の死を嘆いていては身が持ちませんよ、それともアレですか、まさかこの後に及んで『誰も死なせたくない』とか言い出す気ですか?」
フィアネリスはスレイの前に立つとはっきりと言った。
「今は自分達が生き残った事を喜びましょう、もしかすると一歩間違えれば死ぬ人は自分達だったかもしれない、それが誰かと置き換わったのだから、今は生きている事を喜んでください、そして、この仕事で犠牲者が出ないなどとは決して思わないでください。この仕事での犠牲者は、明日は我が身なのですから」
そう言ってフィアネリスはスレイに手を差し伸べた。
「まずは初仕事、よくやり遂げてくれました、この中から誰も犠牲者を出さずに。イストリアから莫大な謝礼金が来ていて、この都市からも感謝状が来ています、あなた方のおかげで、多くの命が救われたのです」
スレイはその手を取ると、しっかりと握りしめた。自分が生きている感覚を確かめるように。他の対策チームの仲間を見た。みんな、生きてる事にほっとしているように頷いていた。
「任務お疲れ様です。バスの旅は明日で最後になります。本日は休んで、明日は休暇を満喫したらいかがでしょう」
「……そうするよ」
フィアネリスの提案に乗ると、スレイ達は寝台のある部屋へと向かった。それを見送ったフィアネリスはリコッタと会話する。
「裏路地で生きてきたアウトローにしては、皆情にあついじゃないですか、あそこまで皆一貫しているなら,いいチームになりそうですね」
「フィーネ、本当はみんなが帰ってきたことにホッとしてるでしょ」
「ええ、勿論、私達と共にある人達が誰か一人欠けたら、悲しいですからね」
「素直じゃないんだから、でも、なんだかんだ優しいね、ここのみんな」
「ええ、ただの首輪をつけなきゃ飼えない犬っころかと思ってましたが、認識を変えねばなりませんね、彼らは、人です」
そうしてフィアネリスとリコッタは互いに申し訳なさそうな笑顔を見せると、バスの運転に戻ったのだった…。
ーーー
翌日、休暇をとっていいと言われ、植物都市で休みを満喫するスレイ達、彼らは都市の内部で行けるところはすべて行っていた。
「次はどこいこうかなぁ」
「おい牛女、食べるのを回るのはいいが、景色くらい少しは楽しませろ」
「ダリルがまた牛女って言ったー! スレイ隊長怒ってー!」
「あ、あぁ…」
スレイがダリルの前に立つ。するとスレイは昨日のことを思い出した。殴ってまで自分を叱ってくれたことを。
「……ええと、昨日は、ありがとう」
「…気にするな、俺なりのスジを通したまでだ」
「なんで隊長ダリルに感謝してるの! 牛女って言ったの怒ってくださいよー!」
「まぁまぁ、この後りんごアイス奢ってあげますから、そう怒らず」
「今日は休暇で来ている、喧嘩はやめるんだ」
サーシャが騒ぐのをレインとローランドが抑える中、スレイとダリルは昨日のことを話す。
(最初はどうなるかと思ったが、いいチームになりそうだ)
ルーデンスはタバコを吸いながらそう思った。
その後も、スレイ達はいろんなところを回った。博物館、公園、図書館、様々な場所を行けるだけ言った。食べられるものも食べられるだけ食べた。そして、そうこうしているうちにバスへの帰投時刻へとなっていた。
「皆様、お疲れ様です、休暇は楽しめましたか?
フィアネリスがニコニコ笑顔でそう答える。すると、スレイはほうっと息を吐き、答えた。
「ああ、楽しめたよ、それなりにね」
「それならよかったです。では、帰りましょうか、私たちの都市へ」
そう言ってはバスに乗り、指定の席に座る。するとバスの扉はしまり、リコッタがバスを動かし始めた。
「皆様、長旅お疲れ様でした♪ 当バスはこれより都市ミズガルズに戻ります、数十分後に転移予定ですのでシートベルトをしっかりと着用して座っていてください♪」
フィアネリスが笑顔でバスガイドする中、隣でルーデンスがタバコに火をつけながら言ってきた。
「どうだ? 少しは心の整理はついたか?」
ルーデンスも思うところはあったのか、窓の外を見ながらそう言っていた。それを聞いたスレイは答えた。
「あぁ、確かに……人は死んだ、けど俺たちは生きてる。今はそれだけを、喜ぶべきだと思う」
「そうだな、メイの犠牲があったから、俺たちは生きてる、あいつに感謝しようぜ、んで、あいつの分まで生きてやろう」
夕焼けが照らすバスの中で、ルーデンスはタバコを吸い終わると、吸い殻を箱に捨て、スレイは彼と共に窓の外の景色を眺めるのだった。
「大丈夫だ、俺たちは生きてる、お前は、隊長として良くやった」
「…………そうだな」
2人で見る夕焼けは、彼らを優しく迎えてくれているようで、眩しかった。